二階堂邸の茶室
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二階堂邸は東京の高級住宅街の一角にある。広い庭園のついた平屋で、綺麗に目の詰まったい草の香る畳の部屋がいくつも連なっている。その本邸から渡り廊下をはさんだ庭の端に小さな茶室が存在する。
二階堂の四兄弟は皆、幼いころに茶道を習わされたものの大体が小学校半ばで早々に音を上げ、今でも続けているのは次男の淳史のみである。そのため、ほとんどこの茶室は彼の個人部屋と化していたが、月に一度ほど、淳史の号令で他の三人もこの茶室に集められている。大体が宝石人種確保についての進捗報告だ。その日もいつもと同様に兄弟それぞれに声がかかり、一人、また一人と茶室に集合した。
まずやってきたのは長男の巴瑞季。手にはスナック菓子を二袋持ち、口の中ではチョコバーを咀嚼している。小さなころから偏食化の大食漢で、両親もそれをとがめることをしなかったのでぶくぶくと肥え続けた。今では百キロを超える巨漢となっている。
その次に三男の和史が音漏れのするイヤホンを付けながら敷居をまたいだ。かなり大柄の鋭い眼光の持ち主で、幼少のころから悪目立ちをするタイプだった。中学に上がるころには素行の悪い連中とつるみだし、最近は親の金で買ったバイクで暴走族の真似事のようなことをしている。不良仲間からの人望は厚く、学園内のはみ出し者は大体彼から黄色のバッチを受け取っている。
和史が茶室に入ってから二十分ほどたった後、長女のみづきがスマホをいじりながらようやく入ってきた。脱色した髪をパステルカラーの派手なシュシュで二つにまとめている。遅刻したことに悪びれる様子もなく、茶室に入ると早々に足を投げ出し、化粧ポーチからロングタイプのマスカラを取り出して丁寧に塗りだした。
茶室で先に茶を点てていた淳史は三人の様子にため息をつきつつ、みづきに茶碗を差し出した。淳史は兄弟を茶室に呼ぶときは練習と称しては抹茶を点ててふるまっている。
「茶を点ててからだいぶ時間があいてしまったじゃないか。さっき入れなおしたからこれを飲みなさい」
「えー、別にみづき抹茶好きじゃないもん。お茶菓子もないしぃ、なんでいつもこれ飲まなきゃいけないのさー」
出された茶を一瞥もせず、みづきはマスカラを動かし続ける。その様子を見て和史がイヤホンを取りたしなめた。
「おいみづき。せっかく淳史が点てたんだから文句言わずに飲めよ」
妹相手にもかかわらず鋭い視線で睨み付け、低い声でうなるように言う。みづきは少しむくれながら茶碗を手に取った。
「もー、かずくん怖いよー。いっつもあっくんの味方ばっかりしてさー」
えーんと泣きまねをした後、抹茶を飲み干しまずそうに舌を突き出す。作法も何もあったもんじゃないその姿に淳史の右目がひく、と動いた。
その様子を見てか、バリバリとスナック菓子を食べていた巴瑞季が声を出す。
「もういいじゃん、やろうよ。今日はどうせ例の転入生についてでしょ」
手と口からパラパラとスナック菓子のかけらが落ちる。いつもこの会が終わるたびに淳史は神経質に畳の目を掃除しているがきりがない。
眉間を指で押さえながら気持ちを落ち着かせ、淳史は着物の裾をただし正座した。
「そうです、兄さん。転入生の件です。この間和史と一緒に荻原君に接触しましたが、途中で悠人が邪魔をしてきまして」
「悠ちゃんやるなー」
ちゃちゃを入れるようにみづきが高い声を上げる。
「みづきがいつまでたっても動かねぇから俺らで行ったんだろうが。一年の転入生くらい同学年のお前がどうにかしろよ」
かみつきそうな勢いで和史が凄む。それを気にもとめずにみづきはポーチから今度はリップクリームを取り出して唇に塗りだした。
「だぁって、みづきそんなに
みづきは従兄弟だから結婚できるんだよー、と他の家の人間にもすぐに媚びる。誰からも相手にされていないことはわかっていそうだが、それでも気にする様子もない。
「ああ、でもほらみんな無理しなくていいんじゃないかなぁ。相変わらずバッチは黄色が一番多いしさ」
うんうんと巴瑞季が自分の言葉にうなずく。そのほとんどがステージ1でカウントにすらならねぇだろうが、と和史は心の中で毒づく。
「そうですね、兄さん。でもせっかく二人もフリーの石持ちが入ったんですから、せめて一人くらいはこちらに入れておきたいなと」
淳史が優しく巴瑞季に応える。長男に対して淳史はかなり甘く接しているようだが、彼曰く傀儡はこれくらいのほうが扱いやすいとのことだった。
和史はかつて淳史と二人で話したときのことを思い出す。愚鈍な兄はお飾りとしておいておき、馬鹿な妹は駒として使えるときにだけ使え。四日谷のすべてを俺たち二人でおさめるぞ。そういった双子の兄は愉快そうに微笑んでいた。和史は淳史の笑った顔が好きだった。狡猾に目を細め、口元を緩ませる。美しい女のような顔だちが蛇のようにゆがむその瞬間。まるで似ていない双子の兄は自分よりも体が小さく、腕っぷしも強くない。ただ笑っているときの彼は絶対的な強者のオーラをまとっているようでひどく頼もしく感じられた。そしてそんな彼と同じ時に生を受けたことが、無性に誇らしく思えた。
――お前が俺を導いてくれるなら、俺はお前を守る。
一度も淳史には直接伝えたことはないが、和史はずっとそう思っていた。
「みづき、お前に頼みたいことがある」
穏やかな声色のまま、淳史はみづきに向き直った。
「えー、みづき、あっくんじゃないから難しいことはできないよぉ」
駄々っ子のようにバタバタと足を動かす。
「いや、何も特別なことをしてほしいわけではない。荻原君にはこのままなし崩しに青に入られても面白くないからね。荻原君に悠人と柳楽良太の関係についてそのまま教えてあげればいいだけだ。特に嘘をつく必要もない。簡単だろう。同じ学年だし、女の子だからそこまで警戒はされない。これはみづきにしかできないことだよ」
「わかったよー、そんくらいならできると思う」
しょうがないなぁ、とみづきは鼻をふくらましながら了承した。普段はその立ち居振る舞いや格好を淳史からはとがめられることが多いが、いざ何か指名されて頼まれるとみづきはすぐに機嫌をよくする。にこにこと満足げに笑いながら巴瑞季のスナック菓子へ手を伸ばし、乱暴に一掴み取ると一気に口に入れる。ぽろぽろと畳の上に屑がこぼれ、巴瑞季がああ、もったいない、と情けない声を出した。
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