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「さて、じゃあ改めてよろしくな。荻原」

やたらと響く低い声で名前を呼ばれ、びくと肩を震わせる。この人本当に僕と一つしか違わないのか。相変わらず睨むような目つきでこちらをじっと見つめている。

「まあ大体わかると思うけど、俺、頭悪いから単刀直入に言うわ。お前、二階堂につけよ」

どうせ勧誘だとは思ったけど、こんなにストレートに言われるとは思わなかった。刺さるような視線を感じつつも、顔を上げることができない。どうしよう、どう答えたらいい。いっそこのまま黄色につけば見逃してくれるのだろうか。混乱してうまく考えがまとまらない。額から冷や汗が流れるのを感じていたらはぁ、と大きなため息が聞こえてきた。

「別にとって食おうってわけじゃねぇからそんなびびんなよ。どうせほかの家の奴らに俺らが無理やりお前をステージ3にするとでも言われてんだろ。本当にくそみてぇな奴しかいねぇな。適当な噂を流して足を引っ張ってきやがる」

「それはお前の素行が悪いせいだろう」

少し高めの落ち着いた声が入ってきた。すらっとして線の細い、穏やかな顔つきの少年が和史の隣に座る。

「ああ、遅れてきた割にずいぶんな物言いだな」

「うん、ごめん。委員会が長引いちゃってね。」

僕の真正面に座る二人はどちらも黄色のバッチを付けている。和史の双子の兄だろうか。それにしてはまるで似ていない。典型的ないかつい不良と、優等生風の美少年。

「君が荻原君か。初めまして。僕は二階堂淳史。このいかつい奴の双子の兄。似てないだろう、わかると思うけど二卵性なんだ」

そういってにっこりと笑う。いかにも女生徒にもてそうなタイプだ。対極的なイメージの双子を前についぽかんとしてしまったが……先ほどの淳史の言葉。委員会が終わったのなら、諒太も帰っているころのはずだ。諒太もT駅から電車に乗り換えだからここの場所を伝えれば迎えに来てくれるかもしれない。淳史と和史が会話をしている間に助けを呼ぼうと、机の下でスマホを取り出した瞬間、

「ねぇ、握手してもらっていいかな」

先ほどと変わらない笑顔のままの淳史から声をかけられた。びくびくと右手を差し出し、淳史の手を握る。

「よろしく。ああ、細い手だね。和史と握手しちゃったら折れちゃいそう。ねぇ、君まだステージ2でしょう。そんな細い体だと、不良に一発殴られただけでステージ3に入っちゃいそうだね。心配だなぁ」

握られたままの右手に左手を添えてくる。淳史の冷たい両手で包まれているのに、右の掌がじっとりと汗ばんでくるのを感じた。淳史の横では相変わらず和史が睨みをきかせいる。

「うちのおじいさんの厳命でね、四日谷の一族は宝石人種ジュエロイドを守らなきゃいけない。でもやっぱり守れる人数は限界があるからね。二階堂は黄色のバッチを付けている生徒だけはしっかり守るよ。ねぇ、荻原君。黄色のバッチを付けてくれないかな」

淳史は僕からそっと手を放すと、胸ポケットから箱を取り出した。蓋を開けるとそこには新品らしい黄色のバッチが入っていた。

「あの、いったん考えたいとか、そういうのは……」

おどおどと言葉を返す。だめだ、緊張してうまく言葉をつなげない。和史のほうからちっと舌打ちが聞こえ体を小さく縮こませる。やっぱりまずかったか。足元が情けなくがくがくと震えてきた。

「ああ、別に構わないさ。でも先延ばしにしてる間については俺たちも守ってあげられないからさ。ほら、バッチを付けていない生徒を大っぴらに守ろうとすると、黄色バッチを付けてくれている生徒たちに示しがつかないから。だからその間は十分に気を付けてほしいな。学園内でも、登下校の時間も、休日も」

間違いない、脅されている。どうしよう。誰かに助けを求めようにもここは学外で、周りの人間は一般人だ。自分が宝石人種ジュエロイドであることをさらすわけにいかない。それに奥まった席だからほかの客からもこちらの様子はほとんどわからないだろう。ただ高校生が会話をしているようにしかみえないはずだ。心臓の音だけがバクバクと聞こえてうるさい。目をぎゅっとつむったその時――。

 後ろからぐいと肩をつかまれて振り返ると、そこに女生徒を連れたスポーツマン風の男子生徒が立っていた。

「おい淳史、和史。またそんなことして脅してるのか」

男子生徒が双子に向かって凄む。淳史は一瞬眉間にしわをよせ、和史は露骨に嫌そうな顔をして肩をすくめながら声を上げる。

「あーあーあー、めんどくさい奴きちゃったよ」

スポーツマン風な男子生徒は女生徒に何か耳打ちして先に帰らせせると、僕の腕をとり初対面の癖にやたらと心配そうな表情を向けてきた。

「大丈夫か。どうせこいつらに何か嫌なことでも言われてたんだろう。もう遅い時間になるし早く帰りな」

呆然とする僕をよそめにサクサクと帰り支度を整えさせ、僕をずるずると出口へ引きずる。

「荻原君」

淳史が急に僕の名前を呼び、はっと振り返る。

「またね」

張り付けた様な笑顔を向けてこちらに手を振る。和史は不満そうな顔をしたまま、机の上に置かれたままとなっていたバッチを手に取るとずんずんとこちらに向かって歩いてきた。僕の手に乱暴にバッチを握らせたと思うと耳元に口を寄せてこうつぶやいた。

「なぁ、本当に怖いのは誰だと思う」

ぎりぎり聞き取れるような小さな声。

「欲に忠実な人間のほうが底が知れて気が楽だぞ。だから俺らにしておけ」

急にそのようなことを言われてぎょっとする。どういうこと、とその言葉の意味を確かめる間もなく、腕をぐいと引かれ店の外へ出た。店内に残っている和史は僕を本当に心配しているような表情でこちらをじっと見つめていた。

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