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諒太と一緒に昼休みや放課後を過ごすようになって一か月ほどたったぐらいのときのこと。彼を家に呼んで自分の集めた文庫本を見せていた時に、諒太が急に
「治哉は石持ちだよな」
学校では暗黙の了解のように
「うん、あんまり進行していないけどね」
当たり障りのない程度で話を返す。これはあまり続けてはいけない話題だ。そう思って最近映画化された本の話を振ろうとしたら、諒太が急に真剣な表情で僕を見つめてきた。
「初日に生徒会長から呼ばれたと思うけど、気を付けて。バッチを持っている人間は信用しちゃいけない。生徒会長もだ」
小さな声で、早口でそうつぶやく。確かにあの日聞いた話からバッチを付けている人間は、あのいわくつきの一族に何らか加担しているようで避けてはいたが、生徒会長からは悪意のようなものは感じていなかった。
「あの一族については話を聞いただろう。
諒太の勢いに気おされて、思わずうなずく。生徒会長からもらった緑のバッチはまだ一度もつけていない。入学式の日からなんとなく机の引き出しの奥にしまったままにしていた。
「きっとほかの奴らも勧誘してくるだろうけど、聞き耳を持っちゃだめだ。特に黄色のバッチを付けている奴らには近づいちゃいけない。二階堂は黄色のバッチを持つ人間が石持ちになったら将来の就職口を保障するとか噂を流していて、ステージ1の生徒を中心に囲い込んでいる。実際石持ちになると就職が難しくなるとは言われているから、保険のようにみんなやすやすと黄色のバッチをつける。そのせいで黄色のバッチを付けている生徒はステージ2に入るとむしろ喜んだりする。お祝いだ何だいってはしゃいでるやつらを何回か見たことがあるが、馬鹿みたいだよな。人間として生活しにくくなるだけなのに」
入学式でのバッチの色の比率を思い出す。黄色がやたらと多かった気がするのはそのせいか。
「黄色を付けている生徒が多いから二階堂が目立つけど、実際のところカウントされる石持ちを一番囲い込んでいるのは赤だ。学園内にはいないけど、三条の長男が一番
つらつらと内情を話してくる。これは……。
「青はあまり
「諒太、ちょっと待って。なんでそんなに詳しいの」
思わず話を遮る。入学式の日、わざわざ呼び出されて話を聞いたので四日谷のお家騒動については石持ち以外はあまり知られていないかと思っていた。
「みんな言わないだけで、結構噂として聞こえてくるんだ。俺は幼稚舎から四日谷学園に通っているから他よりも詳しいほうかもしれないけど。入ったばかりの転入生は知らないことのほうが多いだろうけどね」
こともなげに言う。学内では周知の事実なのか。
「だから四日谷の一族だけでなくて周りのやつらみんな治哉と一組の帽子をかぶっている女の子については注目してる。どこに入るのかって」
僕よりもずっと目立つところに石ができた向居さんは、まだ友達をうまく作れていないようだった。バッチも付けているのを見たことがない。
「なあ、治哉。四日谷の一族はステージ2を自分のところに取り込むにはトランサーにするのが一番早いと思っているんだ。スイッチャーがどうやってトランサーにするかわかるか。とにかく興奮させるんだ。拷問じみた方法で死の恐怖を感じさせたり、薬漬けにされたりするなんてことも聞いたことがある。二階堂の双子は囲い込んでいる人間を使って暴力沙汰もたびたび起こしている」
入学案内に書いてあった津田翔斗の事件を思い出しぞっとする。高校生男子に集団リンチされるなんてたまったものじゃない。
「あともう一つ、気を付けなければいけないのが性的興奮だ。お前童貞だろう。高校生の性欲に任せてうかつに女に触るなよ。ステージ3に入るぞ」
中学の時は恋愛ごとやこの手の話をするときはいつも茶化されるような雰囲気があったが、諒太はいたってまじめな顔をしていた。下ネタとして堂々と話を降られてくる分には返答のしようもあるのだが、まっすぐと目を見つめられてどんな表情を作ればよいのかもわからなくなった。返す言葉が見つからなかった口が変にゆがむ。
「おい、真剣に聞けよ。ステージ3に入ると体の負荷も一気に上がる。石の進行も遅いなら、ステージ2といえども普通の生活ができるんだ。できれば高校にいる間は彼女も作るな。近づいてくる女がハニートラップである可能性だってある」
一気にまくしたてるように話した諒太はそこで言葉を区切り、僕から目線を外すと出していた麦茶をぐっと飲みほした。僕に背を向け本棚に視線を移すと、数冊の本を手に取りパラパラとページをめくり黙り込んだ。
「ねえ、どうして急にそんな話をしたの。諒太がこんなにしゃべるなんて珍しいよね」
諒太の背中に向かってできるだけ明るく問いかける。気のせいでなければその時の諒太の後姿は何かにおびえているように見えたのだ。
「……どうしてって、治哉は石持ちだから心配なんだよ」
すん、と音がして諒太はそれきり何も話さなかった。僕はそのまま一緒に黙り込み、諒太が持ってきていた文庫本の裏表紙のあらすじを眺めた。純文学の文章が苦手な僕はつるつると文字が頭の中を滑るような感覚を覚え、結局その日は読書に集中することができなかった。
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