2
生徒会室は一階の隅にあった。やたらと重そうな両開きの扉は古臭く、奥まったところにあるせいか少しじめじめとした雰囲気もある。部屋に入るのをためらっていると後ろから足音が聞こえた。振り返ると大きめの緩いニット帽を深めにかぶった女の子が立っていた。
「あなた、二組の人?」
どうやら一緒に呼び出されたもう一人の生徒のようだ。大きな目と女子の割に少し高めの身長でなんだか威圧感がある。ニット帽から少しはみ出ている顔周りの髪の毛を指先でくるくると丸めながら僕を値踏みするように見つめてきた。
「う、うん。僕は荻原――」
「入るよ」
同じ年頃の女の子に自己紹介を遮られたことにショックとほんの少しばかりの恐怖を覚え、小さくなりながら彼女の後ろについていく。彼女――向居さんが大きな生徒会室の扉を二回ノックした。中に聞こえているのだろうか。
十数秒の居心地の悪い静寂の後、部屋の中から小さな物音が聞こえた。重そうに見えた扉は案外簡単に開き、午前中の入学式で挨拶をしていた生徒会長が顔を出した。
「急に呼びつけて悪かったね。さ、中に入って」
優しそうな声と言葉のわりに、顔は全く笑っていない。細いフレームの眼鏡のせいで神経質そうな印象を受ける。確かに生徒会長という肩書が似合いそうな人だ。
部屋の中は廊下にいた時の印象とは違い、日の光が差し込むきれいに掃除された清潔な空間だった。机や椅子は少し年季の入ったものだったがきちんと手入れをされている。生徒会長に促されてそのうちの一脚に腰を掛けた。
「荻原君と向居さんだね。入学式初日に急に放送ですまない。ちょっと君たちには話しておかなければならないことがあってね」
部屋の窓を開けながら生徒会長が話し始める。風が吹き、外から桜の花びらが入り込んできた。生徒会長はそれを見て不快そうに眉を寄せ、ひらいたばかりの窓をすぐに閉めてしまった。
「僕は
扉近くに戻り、その近くの壁にあるスイッチのうちの一つを押す。ブーンと換気扇が回る音がし始めた。
「君たちはステージ2だろう」
凛とした声が響いたあと、隣にいた向居さんの喉がひゅっとなるのが聞こえた。多分彼女も僕が肩を震わせたことに気づいただろう。薄い眼鏡越しの目が僕を、いや僕の石をじっと見ているような気がした。
「君たちの格好は目立ちすぎる。もう春なのに季節にそぐわないニット帽やネックウォーマーなんてつけていたら目立つさ。学外ではそれでもいいかもしれないけど、大体の事情を分かっている学内の人間にはすぐにばれてしまうよ。目立ちやすいところに石が出てきてしまったのはかわいそうだと思うが。悪いが石を見せてもらってもいいかな」
向居さんの帽子の下に石があるのか。横目で彼女をうかがう。どこに――?急に彼女が椅子から立ち上がり、おもむろに帽子を取った。右耳の上の部分にごつごつとした大きな緑色の石がついている。
「だいぶ大きいね。いつから石がでてきたの」
「これでも中三の秋です。進行はかなり早いとは言われたけど」
帽子を握りしめた彼女が振り返る。次は僕だと言わんばかりに大きな目で睨み付けてくる。しぶしぶとネックウォーマーに手をかけ、首から外す。後ろを向き、少し伸ばしていた髪の毛を手で押し上げた。
「僕は少し首の付け根から見えているだけでそこまで進行していないです。入学前の診断では進行の様子も見られないので投薬なしの経過観察になりました」
「そうか、二人ともありがとう。隠さず状態を話してくれて助かったよ」
生徒会長は口角を上げたが、目は相変わらず少しも笑っていなかった。
「じゃあ僕も事情を話さないとね。一族の恥部をさらすようで本当は気が進まないんだけど仕方ない」
外の風が強くなってきているのか、立てつけの悪い窓がガタガタと揺れる。足元まで差し込んでいた日の光が小さくなり部屋が少し暗くなった。
「この学園の経営母体は、四日谷財閥で現在は僕の父の
確かに四日谷財閥系列で四日谷の名前を使っているのはこの学園くらいしかない。一氏は医療、二階堂は金融とメーカー、三条は福祉でそれぞれ大きな会社やブランドを持つ。
「四日谷財閥のトップが
急に肌が粟立つのを感じた。自分が
「コレクターといってもね、よく聞くえぐい噂話のようなことをしていたわけではない。むしろ保護活動みたいなことをしているんだ。国がその存在を認めないからできるだけ自分の手の届く範囲に集めて人間の生活をさせようとしていてね。まぁ外から見たらコレクションしているように見えたんだろうけど」
露骨におびえた僕と不快そうな表情を隠さない向居さんを見て、生徒会長が慌ててフォローをした。
「長くなってしまうけど、最初から話そうか」
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