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四日谷照彦は第二次世界大戦において家族を失い、天涯孤独の身となった。終戦後、まだ子供だった彼は生きるためには金が必要であると早々に悟り、とにかく一人でも生きていけるようにと文字通りなんでもやった。成人してすぐ金持ちの男を出資者につけ、機械部品製造の会社を立ち上げた。高度経済成長期にも重なり会社は急成長を遂げ、照彦はいろんな業界へ手を伸ばす。ちょうどそのころ、たまたま入ったカフェでアルバイトをしていたとも枝を見初め結婚。まさに順風満帆の生活を送っていた。
三人の娘にも恵まれ、幸福な生活を送っていたころ、路地の隅で占いをしていた老婆に急に話しかけられた。「あんた、人を不幸にする顔をしている」と。いつもならそんな怪しげな言葉に耳を貸すことはなかったのだが、たまたまとも枝が第四子を妊娠中で悪祖に苦しんでいた時だったため、足を止めてしまった。言われるままに名前や生年月日を伝えると老婆はとにかく改名を進めてきた。
「四の数字が付くのはいけない。あんたがその数を持っている限り、周りに不幸が付きまとうよ」
占い代として二万円を請求されたところで目が覚め、照彦は金を投げ捨てるように渡してからその場を立ち去り、その老婆のことはすぐに忘れてしまった。
その後、とも枝の容態は日に日に悪くなっていった。やせ細っていく妻を心配した照彦は病院をいくつか回り、とある病院での血液検査でとも枝が
母体の症状とは逆にお腹の子はすくすくと育ち、臨月に差し掛かかろうとしていたころ、とも枝がステージ2に移行した。首筋から石が見えてきたのである。とも枝が
しかし、勇が生まれて一か月後、照彦の会社関係者が祝いの品をもって四日谷家に来た時のことである。ある一人の役員が声をかけようとした瞬間にとも枝は小さな鉄くずに変身したのだ。
照彦が役員を問いただしたところ、第四子妊娠前にとも枝を脅して一度だけ関係を持ったことを白状した。女ばかり三人も生まれるのは種との相性が悪いからだ。大きくなった会社には男子が必要であり照彦もそれを求めていると。既婚者であったその男は息子が4人いる男系の一族であくまで照彦から頼まれた風を装ってとも枝に手を出した。妊娠後にだまされたことを知ったとも枝は気を病み、体調を崩してしまったのだ。そして出産後、役員の顔を見た瞬間に自責の念に堪え切れず彼女は変身してしまった。
照彦は男を解雇し、とも枝がもとに戻るよう方々に手を尽くしたものの、結局彼女は鉄くずのままだった。勇は血液型から照彦の子であることが分かり、四日谷家の長男として大事に育てられた。しかし――。
妻が戻らなかったのがよほど応えたのか、照彦は自分が四のつく名前をもつからだと考えるようなった。この名前がいけない。この名前のせいで妻を失ったのだ。この名前を持つ限り、周りの人間が不幸になってしまう。本気でそう考えるようになった照彦は娘たちをそれぞれ数字のつく苗字の家へ嫁がせた。それが一氏、二階堂、三条である。
また、その一方で妻のように人間に戻れない
四日谷の事業体がそれぞれ安定してきたころ、照彦は娘たちにそのほとんどを引き継ぎ、社名から可能な限り四日谷の冠を外した。ちょうどそのころに照彦に初孫が生まれた。三女の
そしてその祝いの席で、四日谷の四姉弟にどうしようもない確執が生まれてしまったのだ。
その会に出席したのは十人。四日谷家の広い和室に一族全員が集められた。床の間の前に座るのは四日谷財閥の総代・照彦。その左手に長女・晴海とその夫・
その日は朝からいたく照彦の機嫌がよかった。満面の笑みで娘一家と息子を迎え、二人の孫を近くに呼び寄せ、両手に抱き抱えながらおもむろに話し出した。
「今日はみんなに大事な話があってだな。四日谷のこれからのことだ」
白くなった頭髪をなでながら照彦は好々爺のように笑う。
「大体の事業はお前たちに渡した。勇もそろそろ結婚して家庭を持つことだし、今立ち上げを行っている学校教育事業も軌道に乗ったらお前に任そうと思っている。そこまで渡したら私は引退だ。余生は孫とともに穏やかに過ごしたい」
娘たちが顔を上げる。照彦の名前嫌いから四日谷の長男となる弟には何の事業も渡されないと思っていたため、気の強い真子は露骨に面白くなさそうな顔をした。
「お前たちにそれぞれの事業の経営は任そうと思うが、私が管理している個人資産もまだ潤沢にある。この資産はできるだけ
照彦は二人の顔をぐっと引きよせ頬ずりをし、孫たちは「お髭が痛い」ときゃっきゃと笑った。
「一番
そこまでの話を聞いてその場にいた家族は皆目を見開いた。照彦の個人資産はかなり巨額で、それぞれの事業は軌道には乗ってきているもののは彼の援助なしには成り立たない。子供たちの中で照彦の商才を完全に受け継いでいるものはいなかったのだ。照彦の資産を一人の人間に引き継ぐとなると、実質四日谷家の全権がその子供にわたるということになる。
「お義父さん、ちょっと待ってください。うちと勇君にはまだ子供がいないんですよ」
真子の夫の勝が声を荒げる。照彦はそれがどうしたといわんばかりの表情を向けた。
「別にこの二人の孫のうちどちらか、とは言っていない。これから生まれる孫で優秀な子がいたらもちろんその子に渡すさ。私の孫の中で一番
「そんな、あと二十年だとしたらこれから生まれる子供は成人もしていないじゃない。学生の間から集めさせるつもりなの」
今度は真子が声を出す。真子が引き継いだ企業の中で上場しているものの筆頭株主はいづれも照彦だったため、ほかの家庭にその持ち株が動けばすべてを乗っ取られる可能性もある。
「真子姉さん、見苦しいわよ。私たちじゃなくて子供たちの話なんだから、見守っておけば良いじゃない。私たちはみんなもうお父さんからもらえるものはもらったのだし」
美里が挑発的に割り込む。真子がきっと睨むのにもひるまず、緩んだ口元を手で隠しながら続けた。
「要は一番人望のある子供に資産を渡そうということでしょう。いいじゃない、わかりやすくて」
美里の息子・晃は照彦の初孫ということもあり特に気に入られていた。すでに子供がいるという分の良さと元からそりの合わない姉の取り乱す様に、美里はかなり気をよくしていた。
勇は二人の姉の言い争いに口を出せずにただおろおろとし、晴海はこめかみに指をあてながらむっつりと黙っている。照彦の腕の中で何が起こっているかもわかっていない子供たちは大人たちのただならぬ様子に驚いて泣き出し、結局なし崩しに会はお開きとなった。
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