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「それが今から大体十九年位前のこと。そこから先はベビーラッシュというか、どこの家も二、三年の間に一気に子供を作ってね。結局今照彦の孫は僕も含めて十人いる」

 生徒会長の話を聞いている間に外の天気は完全に崩れていた。雨が窓をたたきつけ、隙間風かどこからかごうごうと不穏な音がする。散った桜の花びらが窓に何枚も張り付いていた。

「先に生まれた晃、隼人は今二十三歳。それ以外の八人が今年全員高等部にそろう。一氏家は二年の悠人ゆうと。二階堂家は三年に巴瑞季はずき、二年に淳史あつし和史かずしの双子、一年にみづき。三条家は三年にあおいと一年にりゅう。で、四日谷桐吾とうご。僕だ。この学園自体が宝石人種ジュエロイドの保護のために設立はされたんだけど、どうやら僕たちの親世代はここで格好の囲い込みができると思っているようでね。学内でちょっとした派閥みたいなものができてしまっているんだよ」

そういいながら生徒会長は胸元のバッチを指さす。

「このバッチ、ほとんどの生徒が色違いのものを付けていただろう。もともとは生徒会の役員章だったんだけど、それの色違いを勝手に作り出してね。一氏が青、二階堂が黄色、三条が赤。最初からあった緑はなぜか四日谷の色ということになってしまっている」

「一人の子供に資産がわたるんだったらなんで家族ごとにまとまっているんですか。ソロプレイヤーとして動いたほうがよさそうだけど」

ずっと黙って聞いていた向居さんが急に質問を投げかけた。

「とにかく母数を家族で集めて、一人の人間に集約させてしまおうとしているようなんだ。兄弟間でどんな話をしているのかは知らないけどね」

どうやら唯一一人っ子らしい生徒会長は小馬鹿にするように鼻で小さく笑った。

「まぁそんなわけで今それぞれが躍起になって自分の家庭に所属する宝石人種ジュエロイドを集めている状態なんだよ。だから君たちにはうちの親族たちが迷惑をかけるかもしれないと思って、この話をさせてもらった」

宝石人種ジュエロイドを集めるといっても、この学園はキャリア持ちから数えればもっとたくさんいますよね。編入したのは私たちのほかにもあと三人いるわけですし、なんでほかの子たちは呼ばなかったんですか」

向居さんの言葉が強くなる。

「ああ、ごめん。説明が足りていなかったね。照彦はこの資産争いにいくつか条件を持たせていてね。まず参加資格を持つのは照彦の血のつながった孫のみ。そして数える宝石人種ジュエロイドは石持ち、つまりステージ2以上であること。誰のものかは宝石人種ジュエロイド自身の自己申告制。だから宝石人種ジュエロイドとの関係値も大切になるね。直前で裏切りとかあったら困るだろうし。失格条件もあって、宝石人種ジュエロイドを殺すようなことがあったら即資格剥奪。逆にそれ以外は何やってもOK」

雷が遠くで落ちたのか、音もなく一瞬部屋が明るくなる。

「これはあまり知られていないんだけど、宝石人種ジュエロイドがステージ3に移行する瞬間はかなり強い興奮を覚える。そのため初めて変身したきっかけを作った人間にかなり強い執着心を持つようになることがここ数年で分かってきた。僕たちはそのきっかけを作る側の人間をスイッチャーって呼んでいるんだけど、スイッチャーとトランサーのつながりはもはや隷属関係に近い。もともと宝石人種ジュエロイドは戦時中の一兵器として開発されたんじゃないかという見方があってね。スイッチャーとトランサーを組ませてスパイ活動するために人体実験が行われていたともいわれている。普段は自分に従順な人間でいざとなったら武器にも変身するとか確かに使い勝手が良さそうだね。実用化される前に戦争は終わったといわれているけど」

入学案内を読んだ時の気持ちの悪さが蘇る。喉が乾いて張り付いたような不快感。

「藤沼玲子の事件も読んだと思うけど、彼女が法廷で変身したのは風俗で働いていた時の写真にスイッチャーが写っていたため反応したのではないかともいわれている。とにかく、トランサーにとってスイッチャーはある種絶対的な存在となる。スイッチャーになってしまえば確実にその宝石人種ジュエロイドにできるわけだ。 ここまで話せばわかると思うけど、君たちはステージ2でいつトランサーになってもおかしくない状況だ。恥ずかしい限りだけど、僕の従兄弟たちが君たちのスイッチャーになろうと確実に狙ってくる。さっきも話したけどルール上殺さなければOKなんだ。ひょっとしたらかなり危険な目にも合うかもしれない」

 また雷が光った。今度は近かったのかすぐに大きな音が鳴った。

「一応、これも渡しておこう。つけるのならば生徒会役員としての仕事もしてもらうことになるけど」

 生徒会長は緑色のピンバッチを二つ、机から取り出して僕と向居さんに渡した。

「これをつければ、少しは牽制にはなるだろう。つけるつけないは君たちに任せるよ。話はこれで終わりだ」


 結局僕たち二人はその場ではピンバッチを付けず、生徒会室を後にした。雨は激しさを増し嵐のようになってきていた。傘を持ってきていないことをその時になって思い出し、先に帰ってもらった父をもう一度呼ぶか迷ったが、僕を守るためにこの学校へ編入させた父にどんな表情を向けたらいいのかわからず、バス停まで走ることにした。

 向居さんは折り畳み傘を持っていて、僕にバス停まで入らないかと言ってくれたけど、激しい雨の中二人で小さな傘に入れば彼女も濡れてしまうと思い、断ってすぐに駆け出した。

 ずぶ濡れになりながらもバスに乗り込んだところで、向居さんが校門から一人出てくるのが見えた。さっきまではかなり強気そうに見えた彼女は、心細そうな表情をしながら雨に濡れないよう体を縮めていた。ひょっとしたら一人でいたくなかったのかもしれない。雨の中一人、彼女を置いてきてしまったことを後悔した時に初めて、僕自身が境遇を同じくする彼女ともっとたくさん話したかったのだと気づいた。

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