一年生編
入学初日
1
父は入学式に合わせて仕事を休んでいた。学校近くまで車で送ってくれて、駐車場に止めてくるとついさっき車を降ろされた。
四日谷学園には制服がない。服の見える位置に校章のバッチさえつけていればどんな服装をしていても自由だ。公に許可されているわけではないが髪を染めたりピアスを付けることも許されているらしい。校門に近づくにつれ学生らしき人たちがちらほらと見えてきた。髪を薄い茶髪に染めている人は何人かいるものの、入学式だからかあまり派手な格好をした生徒はいなかった。良かった。これならあまり目立たないかもしれない。
首筋の石はできるだけ隠しておこうと父と話していた。春休み中にどんな格好だったら目立たないか、自然に隠せるかを考え、何着か服を買い足した。今日は紺色のジャケット、白Tシャツと薄いグレーのパンツ。首には無地の黒いネックウォーマーをかけた。
ほぼ内部進学生で出来上がっているコミュニティに入るのは緊張する。高校からの編入というだけでかなり目立ってしまうのだから、それ以外のところでは決して悪目立ちしないように。できることならば同じ境遇の友人をさっさと作ってしまわなければ。
当然だが同じ中学から四日谷学園に入学する生徒は僕一人だった。別の高校に行くこを大げさに悲しんでいた羽柴も、彼女と同じ高校に合格が決まった瞬間に「高校に行っても遊ぼうな」とやたらさわやかな笑顔で僕の背中をたたいた。ほかの奴らもまさかあの有名校に推薦で入るなんてとどちらかというと冷やかしや羨望の目で見てきて、いささか辟易した。中学の学ランでは詰襟で首の付け根の石はちょうどいいくらいに隠れていたし、体育もすでに自習時間となっていたため石の存在は悪友たちに気づかれることなく僕は無事に地元の中学を卒業した。卒業式もたかだか二週間前のことなのになんだか遠い昔のようだ。
桜並木を歩きながらふと、車の中での父との会話を反芻する。
「入学案内のプログラムを見たか」
「ああ、一応読んだよ。あれ父さんも見たの」
「保護者向けのプログラムがあってな、大体学生と同じ内容だと書かれていた。……事例の、その
父が言葉を濁す。
「藤沼玲子と、ええと津田翔斗だっけ」
大きなため息をついて父は眉間を押さえた。
「どうやって調べたんだろうな。津田翔斗の事件は一応公のものになっていたから少しは事件記録を見たことがあるのだが、藤沼玲子についてはRF事件という
「僕は事例の話よりどちらかというと……」
言葉を切る。あのプログラムを読んだ時のなんとも言えない不快感。あれは――。
「ステージについての話。なんかどっかであったんだよね個体差って言葉が。個人差じゃなくて個体差ってなんか物扱いされてるみたいだなって。治療すれば人間として生きられるみたいなのを繰り返し書かれていたけど、なんかそもそも元が人間じゃないみたい」
そう、まるで前提が人間ではないような気がしたのだ。前提として宝石人種であって、頑張れば人間として生きられますよみたいな。人間って努力したり頑張ったりしてなるものだっけ。そもそも生まれてこの方「人間である」なんてことにアイデンティティなんて感じたことはなかったけど、それでも息をすることのように当たり前に、むしろそれを意識しないレベルで僕は自分のことを人間だと思っていたのに。
「お前は人間だよ」
父は車を路肩に止め、僕の顔をじっと見る。
「そして俺の息子だ」
校門をくぐると多くの生徒が掲示板の前に集まっていた。掲示板でクラスを確認した後、一度教室に入り荷物を置き体育館で入学式となる。クラスが同じだったのか、手を取り合ってピョンピョンと跳ねる女子や、春休み中の話題に花を咲かす男子。友達同士の中のよさそうな会話が聞こえてきてぐっと肩身が狭くなった。
クラスは一学年で三クラスあり、二年の進学時に文系、理数系、外国語系の三つのコースに別れる。高校の後に控えている大学進学もほとんどの生徒が系列校に進むらしく、二年のコース選択はほぼ大学の学部希望アンケートみたいなものらしい。三年次にコース変更することは可能だが、やはり一年のブランクが出るためあまり推奨はされていない。高校入学したてで大学のことなんか考えられないけど、二年のコースわけで一人になるのも嫌だし、やっぱり友達は二~三人ほしいなと女々しいことを考えてしまう。もともと人見知りの気があるため新生活はいつも憂鬱だ。
「ね、ひょっとして転入生?」
急に後ろから話しかけられた。振り向くと僕と同じように地味目なジャケットとパンツをはいた(中に着込んでいるのは派手な柄シャツだけど)同じ年頃の少年がいた。ジャケットの胸元に校章が見えるからこの少年も四日谷学園の生徒なのだろう。
「うん、今日初めてここに来た。ええと……君も一年生……かな?」
これでもし先輩だったらどうしよう。少しドキドキしながら言葉を返す。
「おう、一年生。俺も高校からの編入! あー、よかった! めっちゃ緊張したー!」
大げさにため息をつきその場に座り込む。編入生、僕だけじゃないとは聞いていたけどかなり人数は少なかったはずだ。確か女子三人と男子二人。
「もうさ、内部進学生ばっかだから正直かなり不安でさ。よかった。俺、
眉をハの字に下げながら谷本は右手を前に出す。願ってもない申し出だ。不安に感じていたのが僕だけではないとわかっただけでかなり安心した。差し出された右手を握り返す。
「よろしく。僕も一人でめちゃくちゃ不安だったからうれしい。荻原治哉。よろしく。でもよくわかったね、僕が編入生って」
「だって校門のあたりでうろうろしていてあんまり道わかってなさそうだったし。手に学校のパンフレット持ってるから」
そうか、内部進学生だったらわざわざ入学式当日に学校のパンフレットなんか持っていないか。急に恥ずかしくなり、パンフレットを折り曲げて鞄に突っ込む。
「それにさ、あれ。なんだと思う?」
谷本が周りの生徒たちを見ながら胸元の校章のあたりをトントンと指さす。全員ではないものの、ほとんどの生徒が交渉の隣に小さな四角いピンバッチを付けていた。金で縁どられた艶やかな石のシンプルなデザイン。つけている色もそれぞれで、パッと見たところ赤と青と黄色がある。
「本当だ、なんだろう。クラス章とか学年章かな」
「あんなのもらってないよな。ま、必要なものであればこれから配られるか」
少し不思議には感じたが、谷本の言うように必要なものであればこれからそろえればいいしと思い直した。自分と同じ境遇の人間がいるだけでさっきよりもだいぶ緊張感がほぐれていた。
谷本とは同じクラスだった。どうやら学校側の配慮か、編入生は女子同士、男子同士で同じクラスに固められていたようだった。式が始まる前に一度教室に荷物を置きに行き、体育館に移動した。
クラスごとに並んだ時に周りの生徒たちのピンバッチを確認したが、どうやらクラス章でも学年章でもないらしい。それぞれの色を付けている生徒の数にもばらつきがある。黄色がやたらと多く、その次が赤。青は比較的少ない。青と同じくらい、ピンバッチを付けていない生徒もいた。在校生代表として壇上に上がった生徒会長の胸元には緑のバッチがついていた。これで四色目。しかし、緑を付けている生徒はほかには見つからなかった。
式もつつがなくおわり、教室で形ばかりのホームルームが行われた。簡単な自己紹介をしたものの一クラス分の生徒の名前など一度に覚えられるはずもなく、中学での内輪ネタが混ざる話題に多少の居心地の悪さを感じながら、早く帰りたいとばかり考えていた。
初日ということで昼前にはすべて終わり、それぞれ下校の支度を始めたころ、谷本がまた声をかけてくれた。
「なぁ、荻原。これから暇だったらお前も一緒に昼飯いかねぇ?」
谷本の両脇には谷本の前の席に座っていた生徒と、その生徒の友人と思われる生徒が並んで立っている。二人とも胸には黄色のピンバッチを付けていた。こんなすぐに友人を作れるのは素直に感心する。正直あまり知らない相手と食事を共にするのは苦手なのだが、こういうのは初日ですべてが決まる。父を待たせているが、携帯で連絡すれば特に問題ないだろう。行く、と言いかけたその時である。急にスピーカーから校内放送が流れだした。
「一年一組
急に自分の名前を呼ばれ、しかも至急で呼び出しを食らうことに驚きと恥ずかしさを感じた。
「あー、なんだよ。せっかくうまいラーメン屋に行こうと思ってたのに」
残念そうに声を上げる谷本の横で、二人の男子生徒がにやにやと目を合わせている。その視線に多少の不快感を覚えつつも、とりあえず誘ってくれたことの礼と詫びを入れながら足早に教室を出た。さっきよりも周りの生徒たちが自分のことを見ているような気がする。こんな風には目立ちたくなかったのに。父に電話をし、遅くなりそうだから先に帰るよう伝えて、鞄の中でくしゃくしゃになっていたパンフレットを取り出し校内図から生徒会室を探した。
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