【小説】 黄金のまどろみ
のうみ
黄金のまどろみ
夕方、夏の
「うごかなくなっちゃったよ……」
幼稚園にかよう弟は、
金魚は一匹も
「死んだんだ」
小学校最高学年の兄が
前年の夏場、兄弟の祖母が
ふたりは名前も知らない草が伸び放題になった畑を横ぎり、裏山との境界に来ると、そこを
「ぼくにやらせて」
砂場遊び用シャベルを兄から
もとが畑という
「これだけじゃ、さみしいよ。オバアチャンのおはかのようにしてあげよう?」
土をかぶせおえた弟は、墓の
つぶらな
ひらがなとカタカナを
それから
金魚は飴を
「おはかをつくるのって、たのしいね!」
「…………」
どうやら弟は、墓をつくる行為に面白味を見出したようである。ポックリ
□□□
その日以降、弟は墓掘りに熱中した。
お墓が次々に建設されていく景色はあまり
ふたりの両親は
夏休みも
ずらりと並んだ
まだゲームの単独プレイに
そう考えていた昼下がり、
「おせんこうに、ヒをつけて」
弟が縁側で寝そべっていた兄の元へ、てくてくやってきた。
お線香は墓づくりの仕上げである。弟はマッチを
弟は午前中いっぱい眠りこくっていたため、本日最初の
今回でラストにするよう説得することに決め、兄はゲーム機の電源を落とした。
…………
アゲハチョウのおはか
カミサマトンボのおはか
スズメのおはか
ダンゴムシのおはか
セミノヌケガラのおはか
カのおはか
モグラのおはか
…………
一部
深緑色の先端に煙をたて終え、
オネエチャンのおはか
マジックで書かれた字を
オネエチャンとは、どういうことなのだろう。
先陣を切って
「この、オネエチャンっていうのは、何?」
「オネエチャンは、オネエチャンだよ」
間近で
「どんな生き物? 大きさとか、形とか、色とか」
「うんとね、しんちょうはオニイチャンよりおおきくて、カミがながくて、やせてて、おムネがふくらんでた。それでね、フクは、エリのおおきいシロいシャツをきてて、アカいチョウチョウがついてて、クロいスカートをはいてた」
「それって……ヒト、女の子? 人間のお姉ちゃんってこと?」
「そう」
さも当然と
「オネエチャンのおはか」と表記されている石は、お隣の「ドバミミズのおはか」と不自然な
よくよく見れば
弟は無邪気な心の持ち主である。嘘をつくことをまだ知らない。そのことが兄を
来年、兄は町の中学校に進学する。その女子中学生が着用する夏用セーラー服が、弟がいうとおりの様式なのである。
「……死んだお姉ちゃんを埋めたっていうの?」
「うん」
あどけない
弟の背丈は150センチ近い兄の腹部に頭がある。兄よりも身長があるというオネエチャンをどのようにして運ぶのだ。いくら
だいいち、女子中学生の死体など、畑に転がっているはずがない。
兄が
「ツチをかけたのはぼくだけど、アナをほったのはオネエチャンなんだ」
わけのわからないナゾナゾを吹っかけられたように、兄の脳みそが
「お姉ちゃんは死んでいたんだろう? ……なのに、自分で自分の墓を掘った?」
「そうだよ」
「それはウソだ。死んだ人間は、ううん、人間じゃなくても、生き物は死んだらみんな動かなくなっちゃうだろう?」
「ちがうよ。だってオネエチャンは、うごいていたけど、じぶんで『わたしはシんでるの』っていってたもん」
どうやら弟が死を理解していたというのは間違いだった。
死人に口無し。息を引き取っているのに歩きまわっていたら、それはゾンビである。だけどゾンビは空想上の存在だ。となれと、「わたしは死んでいる」と
……弟が、人を生き埋めにした?
足元から血が
「オニイチャン、おこらない?」
なにやら
「きのうね、ウラヤマにはいったんだ……」
弟はちらちら兄の顔色をうかがう。
裏山への出入りは
兄は
昨日の昼過ぎ、いつものように、畑で
話に耳をかたむけていた兄は、そういえばと、前日ことを想い返す。
たしかに、一定の
裏山を
「シんでるんだ。うめてあげよう!」
ようやく
いろんなところを引っぱって悪戦苦闘していると、閉じていたオネエチャンの目がやおら開いた。
「……キミ、何してるの?」
声をかけられたことで、弟は
オネエチャンは、寝ていただけだったと判断する。
「おこして、ごめんなさい」
「待って」
と、オネエチャンの白い指に腕を
早く墓掘りをしたい弟だったが、しぶしぶ理由を話した。
「ぼく、ハタケにおはかをつくってるんだ。だから、シんでるものをさがしてるの」
その場を離れたがる弟をひきとめて、
山をくだった先に家が
「あのね、ボク? 私ね、じつは死んでいるのよ。だから、私を畑に埋めてもらえるかしら?」
弟はびっくりする。死んだものは動かないと信じていたからだ。
オネエチャンは、弟の
「うん、わかった、オネエチャンも、うめてあげる!」
弟が
一旦、話をやめさせ、兄は
「……そのお姉ちゃんは、なんで、山の中にいて、木に寄りかかっていたんだい?」
「ん~、わかんない。きいてなかった」
「じゃあ、どこか変わったとこはなかった?」
「かわったとこ? ……あ、オネエチャン、ワンコがしてるようなクビワをつけてたよ」
「犬の
長い黒髪に隠れるように、白い首輪が首元に巻きついていたそうだ。それは犬の散歩に使うリードのごとく伸びて、地表まで
兄は
弟は
「今はまだダメ、夜になってから私を埋めて欲しいの」
注文の多い死体に
一刻も早く墓を形成したかった弟は
「私を埋めたら、一番おっきなお墓をつくれるよ」
という発言も、弟の
そうして、首から
「このことはお兄ちゃんにも、お父さんお母さんにも
別れ際、弟は自分の部屋の位置をつたえ、縁側の鍵を開けておくことを約束し、指きりげんまんをした。
その約束は、きちっと守られた。
真夜中になると、申し合わせたとおりにオネエチャンが現れ、眠い目をこする弟を畑に
ちっちゃな手に
これまでで一番おっきな墓穴が完成すると、まるで
弟が穴を
「ありがとう、ボク。さようなら」
「バイバイ」
土をかぶせきる前に、オネエチャンはお礼と別れの
……なんてことだろう。
兄は
こねくり返され、色が変わっている土地を
弟が裏山で
自殺を手伝わせたのである。
「オニイチャン、ぼく、まだねむいや」
午前中いっぱい寝入っていたのは、そういうことだったのだ。
弟の話は本当に本当か?
にわかには信じがたい、信じたくない。
睡眠を
そして息を飲んだ。
「…………」
古い板張りの壁に無造作に立て
兄はシャベルの
現在の時刻は午後一時。生き埋めになったとすると、少なくとも半日以上が経過している。掘り返したところで、地中で生存している可能性は無いに等しい。
しかし、事の
兄は
――やめて。
と、どこからともなく、女の人の
周囲を見回せど、半ば墓場と化している畑には誰もいない。
……まさか。
兄は
――お願い、そっとしておいて。
ひどく
「まだ、生きてる!」
一刻も早く助けだす必要がある。
大急ぎで立ち上がると、
――私に
三度目の拒絶は、大地を打ち震わせた。
土の中から
その声質は、およそ人のものとは思えぬ低音域に
骨の
ほうほうの
□□□
弟は「オネエチャンのおはか」を最後に、ぱったり墓づくりをやめた。
昼寝から目覚めると、まるで
兄はこの事案を両親に相談しようかと悩んだが、
――私に構わないで!
と、絶縁を求む
結局、胸の内を誰にも打ち明けられなかった。
兄はときどき、自然に侵食されていく畑を、縁側から
管理人不在となった畑霊園は、みるみるうちに荒廃していった。雨風によって、線香の灰は溶けて土と同化し、ちゃちな墓石はバタバタと倒れ、
少し落ち着いてから、兄は白昼の一件を考察してみたのだけれど、地中へ完全に
「馬鹿いえ、無理に決まってる。口を利くどころか、すぐに死んでしまう」
という回答だった。
弟が埋めてしまったオネエチャンとは、なんだったのだろう。兄が聞いたあの声はなんだったのだろう。
新聞やニュース、町内放送でも、中学生の女の子が行方不明になったことを告げる情報が公になることはなかった。
どこのだれとも知れぬオネエチャンは、埋められたときに、生きていたのだろうか、死んでいたのだろうか、そもそもほんとうに人だったのか……。
すべての答えは、土の中である。
時が流れ、半年後の春。
ふと、兄が縁側から畑を見てみると、桜の木が一本、
桜を
「何年かしたら、家の裏でお花見ができるようになって
「変わったこと? 無かったわよ? あっ、でもそういえば、――」
植え終わったとき、女の子が「ふふふっ」と
「ここに植えてくれてありがとう、って喜んでいたのかもね」
と、母は桜の木を見て言った。
「そうかもしれない」
と、兄は桜の木の下を見て言った。
(了)
【小説】 黄金のまどろみ のうみ @noumi
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