#005 夢の話

前回のあらすじ


幼なじみ2人の自己紹介みたいなことをした。






☆☆☆






なぜ、その日に限ってこんなことを思いついたのだろう。


いつも俺たちが遊んでいる公園。そこまでの道のりがいくつあるかなんて馬鹿みたいなことを考えていた。


スタート地点は決まって俺の家。そこに俺の幼なじみの2人が集まり、そこから公園へと向かう。毎回違う道を通ってその公園へと向かう。違う景色を見たくてやり始めたことだったのだが、いつの間にかそれが楽しみになっていた。


その日、俺たちは未だ通ったことのない大通りを通っていた。自動車や自転車がたくさん通り、歩道が狭く、小学生である俺たちが通るには危ない道だった。それゆえに、俺たちはこの道を初めて通る。


普段ではあまり見ない大きな建物。それに俺たちはとても驚いていた。


「すげぇな、この道!細長い建物がいっぱりあるぞ!なあ、勇吾!」


「直輝、この細長い建物は“ビル”って言うらしいよ」


「へぇー!知らなかった。いつもこんなすげぇとこ通らないから知らなかったよ」


俺たちは東京都に住んでいるが、その中でも田舎に属するところに住んでいる。だが、ここは東京。少し進めば大都会になることだってある。俺たちは都会と田舎が分かれる中間地点に住んでいる。若干田舎よりだが、それでも不便に思ったことは無い。


「勇吾と直輝はこういう“だいとかい”ってとこには来ないの?私は結構ビルとか見たりするけど」


「亜希みたいなお金持ちと一緒にしないでよ。俺たちはそんなにお出かけできないよ」


亜希は結構な頻度で都会に出かけたりする。それに対し、俺と直輝はあまり都会には出かけない。俺の親が、都会に行ったら買いたくないものでも買いたくなるとかいう理由であまり行かないのだが、亜希の家はそういうのはあまりないらしい。だが、それを俺と直輝はお金持ちだからと勘違いしていた。実際亜希の家も俺や直輝とあまり変わらないくらいだ。お金持ちと言えるのかといえば微妙なラインだ。普通より少し多く持ってるくらいだろうか。


普段とは違った道を歩いていくのは、小学生である俺たちにとって、別世界を歩いているようだった。細長く、それでいてピカピカに光るビル。あちこちに見知らぬ人がいて、たくさんの種類の自動車が車道を走っている。そんな光景を、俺たちの住んでいる田舎では見ることができない。だからだろう。別世界に見えるのだ。


別世界に思えるような道だった。だから不思議だった。


「ここ、車じゃ通れないくらい細い道だね」


亜希がそう言うので、俺と直輝は揃って亜希の言う道を見てみた。


「…………本当だ。細いね」


「歩くか自転車以外じゃ通れないよね」


俺と直輝も全く同じ感想だった。


違和感。普段とは違うことにしっくり来ないという意味だったか。そういった類いの言葉で表すのが正しいと思った。


なぜ、こんな大都会に、誰も通らないような道があるのか。誰も通る気配は無いし、そもそも通った形跡も無い。忘れられた存在。誰も見向きもしない。そんな、悲しい存在。


「よし、行ってみよう!」


「「……………………は?」」


亜希のその言葉に、俺と直輝は揃ってアホみたいな声を発した。口をポカンと開け、目を丸くする。


「どうしたの?そんな一緒に同じ顔して。双子みたいだね」


「いや、俺たちは公園に向かおうとしてたんじゃ…………」


「別にいいじゃん、少しくらい。ちょっと進んだら戻ってくればいいし」


それはそうかもしれない。しかし、この先に何があるか分からない以上、先に進むのは止めた方がいい気がする。


「全く…………勇吾も直輝もヘタレだねぇ。男なんだから、何かあったら守ってね?」


「お前はお姫様か!!」


「ん?私、プリンセスじゃないの?」


どっから覚えてきたんだその英語…………


「もし私がお姫様なら、勇吾と直輝は私を守る騎士ってところかな?」


「………………騎士か」


響きはいいな。


俺がそう思い、自分が騎士になって亜希をピンチから救っているところを想像してみる。…………我ながらあまり様になっていない。響きだけではカッコよくなれないようだ。


「よし、じゃあ私、直輝騎士とこちらの勇吾騎士が亜希お嬢様をお守りします」


「おい!」


「よーし、じゃあ出発!!」


直輝の悪ノリにより、知らぬうちに謎の道を進むことになっていた。


この2人にこれ以上は何を言っても聞かないだろう。これは幼稚園からの付き合いでなんとなく分かる。いわゆる勘ってやつだ。


「……………………仕方ねーな。俺が亜希を守ってやるよ」


言ってから気付く。俺、結構恥ずかしいこと言ってるな。


俺の隣で直輝がニヤニヤしてる。それを見た俺は更に恥ずかしくなり、顔が熱くなる。


亜希にこの顔は見せられない。俺はなるべく亜希を見ないようにして謎の道を進み始める。


「ほら、行こう」


そう言って俺は先を進んでいく。


「…………勇吾、勿体ないね」


「何の話だよ」


「なんでもなーい」


直輝がそう言ってきた意味が、俺には分からなかった。


俺は亜希を見ていなかった。だから気付かなくて、直輝にこんなことを言われたんだ。


亜希が顔を紅潮させ、恥ずかしそうに手で顔を覆っていたことに、俺は気付かなかった。






☆☆☆






自動車も通れないような細い道。灯りもなく、家も無い。それなのに、高い塀で遮られ、この先に何があるのかさっぱり分からない。道が細すぎるため、一歩間違えると溝に足を奪われてしまう。小さな小学生3人でそうなりそうなんだ。大人がこの道を通るのはかなり困難だろう。


気味の悪い道を即座に切り抜けようと少しずつ歩くスピードが速くなる。しかし、歩けば歩くほどに暗くなり、太陽の光さえ見えなくなる。今が昼だからいいが、夜になると本当に真っ暗になるのだろう。こんな暗闇の中は怖い。恐怖を感じる。


「おい、おっかねぇな。昼なのになんでこんなに暗いんだよ」


「勇吾よ、君がそんなんじゃ亜希お嬢様を守れないよ?」


「いつまでそのネタ引っ張ってんだよ!」


直輝め………………こいつはアホか。


亜希は結構楽しそうに歩いてるし、こいつらの肝っ玉はおかしいようだ。


だが、5分ほど歩いていると、数メートル先に明るい何かが見えた。


「…………なんだ、あれ」


「外灯だと思う」


「私、公園みたいなの見えるんだけど」


「公園?」


亜希の視力はかなり良い方だ。俺や直輝が見えないようなものでも亜希だけは見えるっていうことが多々あった。今までの経験があるからこそ、亜希の言う事は本当だと確信できる。


亜希の言うことが本当ならば、当初の目的である、公園へ向かうというものは達成したということになる。しかし、方向が全然違ったし、どういう経路で辿りついたのか謎である。


亜希がスキップしながら俺と直輝の手を掴む。


「ほら、行こうよ。着いたんだよ!」


「え、ちょ………………待ってよ!」


「急すぎるんだよ!」


俺たちはやや慌てながらも亜希のスキップの速さに付いていく。


確かに公園には着いた。しかし、俺たちがいつも行っていた公園とは違う公園に着いたようだ。


この公園には看板がなく、この公園の名前が分からない。いつも行っている公園は“南極公園”という意味が分からない名前だが、この公園にはそういうのがないのだろうか。


しかし、俺たちはそれ以上に衝撃的なものを見てしまった。それを見た俺たちは揃って口をあんぐりと開け、呆然としてしまった。


「…………な、なんでここに咲いてんだ?」


「咲いてる咲いてないの問題じゃないよ。今、10月だよ?」


「だよな………………おかしいよな。10月に桜が咲いてるってどういうことだ?」


そう、咲いていたのだ。10月という咲いているはずのない季節に。桜が咲いていた。


外灯に照らされ、暗いはずのこの場所に一つだけ淡い桃色の花が咲き満ちる。時折舞う花びらが更に桜を美しく表現している。


その魅力に圧倒され、俺たちはただ立ち尽くすことしか出来なかった。美しすぎて、綺麗すぎて、10月に桜を見ることが出来る喜びを噛み締めて。今日は運の良い日だと、俺たちは言い聞かせていた。






☆☆☆






それ以来、俺たちは毎日のように桜が咲いている公園を訪れた。いつも常連のように通っていた南極公園には行かず、桜が咲く、綺麗で、美しい公園を訪れた。


季節が変わっても、雨の日も、雪の日も、風の日も、常に咲き続けて、その生命力が素晴らしいと感じてしまうほどだった。


毎日毎日満開で咲き続ける桜。小学生である俺たちに、カッコイイ名前を付けれるような語彙力も無く、かといって、最近読んでいるような本には桜を文章で表現しているようなものもない。


だから、俺たちは単純に。その名の通りに。この桜をこう呼ぶことにした。


「今日からこの桜を、満開桜と呼ぼう!」


そのまんま。名前の通り。だが、それが逆に満開桜の魅力を感じさせるのだろうか。小学生である俺たちには、そんな名前しか思いつかなかったということもあるのだが、それは気にしてはいけないことだ。


それから俺たちは満開桜を毎日のように……………………






☆☆☆






「こら!なに寝てんだ高野!」


「………………むにゃ?」


寝ぼけている人にありがちな返事。時計を見ると、10時半だった。あと5分で授業が終わる。ということは、俺は授業中に寝ていたということになる。


クラス内ではクスクスと笑い声も聞こえてくる。しかも、この授業は古典だ。俺の知る限り一番面倒くさい先生だ。うわ、やらかしたな、こりゃ。


「俺の授業で寝るとはいい度胸だな。授業が終わったら一緒に職員室に来い。特別プリントを用意してやろう」


「…………………………はい」


まあ、古典は得意な方だし、プリントだけで終わるならまだ良い方だ。反省文とかだったら死んでたな、俺。


…………………………まだ眠い。


なんか、懐かしい夢を見ていたはずなんだけど………………何を見ていたんだっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美しき桜の彼女 ポルンガ @polunga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ