#004 幼なじみの話

前回のあらすじ


妹の成長は、彼女が望んでいるところとは別のところが成長していた。

あと、夜の桜はやっぱり綺麗だ。






☆☆☆






「……………………まあ、朝はさすがにいないよな」


朝いつもより早く起きた俺は、いつもより早く家を出た。今日も学校だったが、通学路を自転車で通るわけでもなく、向かったのは満開桜のある公園だ。


もしかしたら咲がいるかも………………なんていう期待はあったが、それは早くも消えてなくなった。そりゃそうだ。こんな朝早くからここには来ないだろう。ここに来るなら学校行けって感じだ。


結局、咲の学校は分からなかった。なので、帰りにここに来てみて、また会ったら聞いてみようと思う。


そう決意した俺は、ペダルに跨ぎ、自転車を漕ぐ。


5月ということもあり、暑すぎず寒すぎず、ちょうどいい気温だ。そんな朝の爽やかな風が俺の顔にかかる。気持ちのいい風だ。眠気が吹き飛ぶ。


そんなことを思いつつ赤信号で待っていると、後ろから声をかけられる。


「おーい、勇吾」


振り返ってみると、同じく自転車に乗って通学している男子高校生の姿があった。その顔は俺のよく知る人物、酒井直輝だった。


「おう、おはよう、直輝」


「おう、おはよう」


直輝は野球部に所属している。そのため、帰宅部の俺と同じ時間に通学路で見かけるのはかなりのレアケースだ。野球部ならではの坊主がよく似合い、それでいて爽やか系のイケメンだ。俺みたいなイケメンでもなければブスでもない中途半端な野郎と仲良くするには似合わないくらいだ。


俺と直輝は同じ学校で同じクラス。更には幼稚園から高校まで同じ学校で同じクラス。いわゆる幼なじみってやつだ。じゃなかったら一緒にこうして声をかけることもなかっただろう。


信号が青になると、俺と直輝は同じタイミングで自転車を漕ぎ始める。


沈黙が続く中、先に口を開いたのは直輝だった。


「そういや、なんで今日はこんな早いんだ?俺の朝練と同じ時間に見かけるって…………教室着いてから暇じゃないか?」


直輝の言った通りだ。


今の時刻は7時ちょうど。俺たちの通う学校は、部活動の朝練は7時半から8時と決まっているため、それより早く始めることも許されず、それより遅くまでやることも許されない。


あと10分ほどで学校に着いてしまうため、そこからが暇になる。朝のホームルームは8時半からだが、登校時間は8時15分と決まっている。15分からホームルーム開始までの時間に何をしていればいいのかかなり謎だ。


とりあえず俺は早く起きた理由を伝えることにする。


「いや、久しぶりに満開桜でも見てこようかなって思ってさ」


「満開桜か…………懐かしいな。俺はここ数年行ってないな。まだ咲き続けてるのか?」


直輝は満開桜を知っている。幼い頃、俺と直輝と、あと1人ここにはいない幼なじみでよく満開桜のある公園で遊んでいた。だから直輝はよく知っている。


「ああ、相変わらず咲き続けてるよ。俺も7、8年振りになるのかな?結構行ってなかったよ」


「だな。次第と公園で遊ぶよりもクラスのみんなでサッカーやら野球やらになってったもんな」


「そんで直輝は野球にどハマリだもんな。よく続けてるよな」


「勇吾こそサッカーにハマったよな。今は帰宅部だよな?残念だったな、この高校ってサッカー部無いんだもんな」


高校にサッカー部がないのは結構珍しいと思う。マイナーなスポーツがないのは仕方ないとしても、どうしてこの高校にはサッカー部がないんだろう。


そんなこんなで学校に着いた俺たちは自転車置き場に自分の自転車を停める。


俺は今から頑張ろうとしている直輝にこう言って別れる。


「んじゃ、今日も頑張れよ、直輝」


その言葉に、直輝は二カッと笑って手を振った。






☆☆☆






一年生の教室は1階にある。だからわざわざ階段を上ることはない。進級するごとに階が一つずつ上がっていく仕組みになっている。階段を上るのが面倒くさいと思ってしまう俺にとっては、進級しなくてもいいなと思ってしまう。それか、教室の場所を変えないでほしい。


まだ朝早い。教室には誰もいないんだろう。


そう思いながら教室に向かって廊下を歩いていると、突如背後からものすごい勢いで足音が迫ってきた。


「どいたどいたぁ!!」


「え………………え!?」


どこかで聞いたことのある声だったが、今はそれどころじゃない。振り返ると、ものすごいスピードで女子が廊下を走っているのだ。


俺は即座に廊下の右側に避けようとした。だが、間に合わなかった。


これが漫画だったら、このコマに『ズドーン』とかいう効果音があったかもしれない。もしかしたら『どでーん』かもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。


俺は避けることが出来ず、走ってきた女子にぶつかってしまう。


「ふんぎゃっ!!」


衝撃でついこんな馬鹿みたいな声を出してしまう辺りがさすが俺って感じだ。


「いたたたた……………………ごめんね。怪我してない?私が一番のりだと思ってたからさぁ」


先ほどぶつかった女子がムクリと立ち上がり俺に声をかける。


女子は頭をポリポリとかきながら俺の方を見る。そして、彼女は察した。


ぶつかった人は、幼なじみだったのかと。


「いやぁ悪いね、勇吾。いやでもさ、なんで勇吾が早起きしてるの?今日は雨かな?いや、もしかしたら……………………雪降る?」


「バカにしてんのか。こんな朝早くから廊下を全力疾走してる女子なんてなかなかいないと思うぞ、亜希」


彼女の名前は不知火亜希。直輝に次ぐ2人目の幼なじみだ。


俺好みのショートヘア。背は俺とほぼ変わらないが、ほんの数ミリの差で俺の方が大きい。そして1年生にしてはなかなかのスタイルの良さだ。俺の推定では上から80、60、86だと予想している。合っているかは分からないが、大体そのくらいだろう。……………………って、何してんだよ俺は。


それでもってそこそこ顔も良いため、そこそこモテる。本当に中途半端な俺とは大違いである。


亜希はカバンを背負い直すと、未だに廊下で転んだままの俺に向かって手を差し出した。


「まあ、ぶつかっちゃったのが勇吾で本当に良かったよ」


「おい、その言い方は俺以外は良くないみたいな言い方だな。俺にも気を使えよ」


そんなことを言っておきながら亜希の手を掴んで起き上がるのは俺なりの照れ隠しである。


「よし、元気だね。良かった。じゃあ先に教室行ってるねー」


「おー」


そう言うと、亜希はまたしてもダッシュで教室まで行ってしまった。


何か……………………忘れてる気がするな。


そんなことを考え、廊下のど真ん中で数秒立ち止まり、ようやく思い出す。


「…………直輝と亜希に満開桜のこと言おうと思ってたんだった」


昨日あった出来事をあの2人には伝えようと思ってたんだが、すっかり忘れていた。まあ、直輝には満開桜のところに言ったということは伝えたが、俺たちの他に満開桜のことを知っている人がいたという事実はまだ伝えていない。


どうせなら2人が一緒にいるときに話したいんだが……………………まあいいか。


今日の放課後は全部活が休みだったはずだ。そしたら放課後に2人に言って時間をいただこう。そして、その時に話せばいい。昨日あった出来事を。………………よし、それでいい。


そう決意した俺はまた廊下を歩き始めた。



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