6.最後の日記

 季節は5度目の春を迎えようとしていた。明日は大学の卒業式。僕はクロノノートの前に座って時間が来るのを待っていた。今日がみらいと話す最期の時間。恵美子には1人にしてもらうようにお願いしている。時計が午後9時を指すのをじっと待っていた。

 最近クロノノートの受信状況が本当に悪くなっていった。2~3回の受信ミスは当たり前で、酷いときは半日してやっと受信できた時もあった。みらいの話によると近いうちに完全に送受信できなくなる恐れがあるとのこと。そこで僕はみらいと話をして交換日記の最終日を決めることにした。中途半端に日記が終わり、相手の返事が返ってこないことを避けるためだ。電池の消耗を考えなくていいので最期の日記は初日のようにリアルタイムで交信することになった。僕は最後にみらいと何を話すか考えながら最終日を待った。

 4年間の間、お互いの気持ちや考え、それぞれの時代の流行や思想、特に話す内容がないときは朝ごはんの内容や昨日見た夢なんかを日記に書き続けた。彼女の気持ちや考えはよく分かった。そして、僕はある真相に行き着いた。その結果が出るのは未来の話で、僕はそれを確かめることができないかもしれないけど…。


『浩平さん、こんばんは

 ついに交換日記最終日となりました

 今まで調査に協力していただき本当にありがとうございます  』


 みらいからメッセージが届いた。今回はリアルタイムなのでクロノノートに文字が突然現れる。僕はみらいが書いた日記の続きに返事を書いた。


『僕の方こそ、ありがとう

 みらいと交換日記をすることで

 まだ見ぬ未来を知ることができたし

 自分の気持ちを見つめ直すことができたよ          』


 お互い4年間を振り返り、思い出話に花が咲いた。今日が最期。お互い話が尽きることがなかった。でも、時間は待ってくれない。やがてノートの済みに電池マークが現れて点滅しだした。


『どうやら、時間切れのようです

 バッテリーの残量があと10分になりました

 最期に私に聞いておきたいことはありますか?       』


 僕は今までずっと考えていた質問をみらいにぶつけることにした。文字にすると10文字もない短い文章。


『みらいは今、幸せ?』


 聞いておかなければならない質問。みらいからの返事がなかなか返ってこない。もしかして故障したのか。そう心配していると、ようやく返事がゆっくりと返ってきた。


『私は幸せ者なのかもしれません

 たくさんの人に支えられてクロノノートは作成されました

 だからこうして浩平さんとコンタクトをとることができました

 でも、その                            』


 書かれていた文字がいくつかにじんだ。みらいが泣いている。


『でも、その

 お父さんは死んでしまったけど

 お母さんが私をがんばって育ててくれました

 私はたくさん勉強をして大学の教授になれました

 お母さんの協力もあって恋愛、結婚、出産もできました

 こうして浩平さんとも話す事ができました

 だから私は幸せです

 私からも質問です

 浩平さんは私と話せて幸せでしたか?             』


『僕はみらいと話せて幸せだったよ

 君はきっと優しくて賢い人に違いない

 50年後、クロノノートが完成している可能性は極めて低いはずだ

 だから、50年後に作り上げたみらいの努力は並大抵ではない

 そんな君と話せたことを僕は誇りに思うよ

 ありがとう、みらい                        』


 電池のマークが点滅をやめてスーと消えていった。その後、いくら待っても返信はない。僕は少し泣いてクロノノート閉じた。みらいは僕の答えを喜んでくれただろうか…





 過去のクロノノートからの位置情報信号が完全に消える。私は涙を拭きながらクロノノートを閉じた。何度も読み返したボロボロの論文を広げる。「異なる時間にいる者同士の通信技術」と書かれた論文には「早良浩平」の名前が書かれている。

 世界一有名な技術者「早良浩平」。核融合発電を現実のものにするため研究を重ね、低予算で安全性の高い核融合炉を開発した技術者。世界のエネルギー問題は解決し、その有り余るエネルギーが世界の技術革新のきっかけとなった。

 だが「早良浩平」はその栄光を知らない。核融合炉を完成させ始動させる日、飲酒運転の車による交通事故によって命を奪われた。その数年後にノーベル科学賞が送られることになる。その授賞式に参加したのは彼の妻「早良恵美子」と娘の「早良みらい」。私はその受賞式の時に父の後を継ぐことを心に決めてた。私は父と同じ大学に通い、そのまま大学の教授へ推薦されて教授となる。教授として、研究者として、様々な技術の開発。世のため人のために使われている。

 しかし、私の心は空虚だった。私の研究を多くの人が認めてくれているのは分かる。でも本当に認めてもらいたい人には絶対に認めてもらえない。だから、偶然見つけた「異なる時間にいる者同士の通信技術」の論文をみつけた時は衝撃的だった。何より驚いたのが、この卒論を書いたのが私の認めて欲しい人だったことだ。私はそれから「クロノノート」の開発に全力を注いだ。

 そしてついに「クロノノート」は完成した。ただし、50年刻みでしか連絡できない欠点がある。私はそれでもクロノノートを起動した。

 クロノノート使用に対して、数人の技術者から「タイムパラドックス」について注意を受ける。


1.未来の技術やでき事を過去に伝えてはいけない

  歴史の改ざんが起こり、最悪歴史が消えてしまう可能性がある

(核戦争や急激な環境変化など)

2.自分の正体を教えない

  通信者に対して私的感情が入ることで

  未来や過去の出来事を漏らしかねないため


 交通事故によって命が奪われること、自分が未来に生まれてくる娘であること、本当に言いたいことが言えない。私は科学者達に抗議したが、多くの人のために1人の感情で動いてはいけないと釘を刺された。悔しかったけど従わざるをえない。私はこうして50年前の父さんと「調査員みらい」として交換日記を開始した。



 父さんは私が幼稚園の時に亡くなったので、どんな人だったのか記憶がない。母さんが言うには「しっかり者で優しい人」。母さんの性格からして多少の脚色があるかと思ったけど交換日記をするうちに納得してしまった。心遣いが細かく、私に対しても常に紳士的に話してくれる。今の時代ならモテモテだろう。

 私は自分より年下の父さんとの交換日記を続けていった。問題が起こったのは開始して1年半後、父さんが自転車を買って母さんとの最初の出会いの場を潰したことだった。発見が遅れてしまったが、現在に特に大きな影響なく無事に終わった。

 しかし、2度目の問題は現在に大きな影響を与えた。母さんの性格が変わったことで、母さんが別れるはずだった男性と私の仲を結婚に繋げてしまった。その後、私は夫との間に3人の子ども生むことになる。正史では物静かな母さんは手助けができず、今の夫とは別れてしまうはずだったのに。でも、おかげで私は幸せだ。母さん、夫の鉄郎、3人の子ども達と一緒に暮らしている。もし父さんが歴史を変えなければ母さんと二人で寂しく暮らしているかと思うと悲しい。偶然とは言え父さんが私のためにしてくれた贈り物。

 そして最期の通信。父さんは「幸せ?」と聞かれる。私は素直に今の気持ちを綴った。父さんはいないけど私は幸せです、と。そして父さんにも尋ねた。「私と話ができて幸せですか?」。父さんは話せてよかったと言ってくれて、私がクロノノートを完成させたことを褒めてくれた。それだけで、私は今までの努力が報われた気がした。本当はもっと話したいこともあった。娘として父親に尋ねたいこともあった。でも、父さんは私のことを認めてくれたから、それだけでも、よかった・・・。



「みらい、終わったの?」

 母さんが部屋に入ってきたようだ。私はもう一度気をしっかりとさせて振り返った。母さんはお気に入りのマフラーを巻いている。父さんが母さんに贈った初めてのプレゼント。

「終わったよ。父さんは私がクロノノートを開発したことを褒めてくれたよ」

「そう、よかったわね。論文を見つけてからずっと頑張ったものね」

「うん…母さんも協力してありがとう」

 母さんは近くにあった椅子に座っておもむろに白い封筒を取り出し、目頭を押さえた後ゆっくりと語りだした。

「父さんのお葬式の後、遺品整理をしていたら私とあなたに宛てた手紙を見つけたの。私宛の手紙には「恵美子より先に死んでしまって申し訳ない」と言う謝罪の言葉から始まり、「みらいのことを頼んだよ。愛してる、恵美子」で〆られていたの。あの人らしいキッチリとした字で書かれたわ」

 母さんがそっと封筒を私に差し出した。封筒には「みらいへ」ときれいな字で書かれている。

「私への遺書の中に「信じられないと思うけど、みらいがクロノノートと言うものを発明することになる。それを使って過去の僕と交換日記をするんはずだ。そして交換日記の最後の日に、この手紙をみらいに渡して欲しい」て書いてあったの。受け取ってちょうだい」

「うん…」

 震える手で受け取った。ペーパーナイフで封を開けて手紙を取り出す。花の一輪挿しの絵が隅に小さく書かれた便箋には万年筆で書かれた綺麗な字がキッチリと並べられていた。


『みらいへ

 今日の朝、町の産婦人科で君が生まれました。とても小さくてかわいい君を見た後、この手紙を書いています。みらいはどんなお母さんになったのか聞いておきたかったな。

 僕の予想が正解なら日記のみらいは君のはずだ。恵美子の性格が変わってから、君に子どもがいたり結婚してたりしてたからね。恵美子の性格が変わって一番影響を受けるのは僕と生まれてきた娘の君なんだから

 何を書こうか悩んだけど、とりあえず僕は君が幸せだったことが嬉しいです。僕が生きていればベストなんだろうけど、僕が交通事故に遭って死ぬことを知っていてもクロノノートで交換日記ができたと言うことは、交通事故は回避できないということだ。色々考えたけど、君がクロノノートを作った理由は僕と会話するためだと思う。僕が生きていれば作る必要はないから、クロノノートは存在しないからね。

 父親として一緒にいてあげられる時間は短いけど、僕はこれから生まれたばかりの君を頑張って育てるつもりだ。もちろん恵美子母さんと一緒にね。未来の世界は人と人との繋がりが弱いようだから、僕は君にたくさんの人と関わりを持てる人に育てようと思ってる。今、君の周りにはたくさんの友人・親友がいますか?いなかったら頑張って欲しいかな。たくさんいるなら結構。僕は嬉しいよ

 日記の中で君が時折見せる茶目っ気や君の意見をたくさん聞けたこと。君が立派な大人になって家族を持ったこと。僕と会話するためにクロノノートを作ったこと。父親としてはこれ以上ない喜びだよ。ありがとう、みらい。これからも身体に気をつけて研究を頑張ってください             

早良浩平』


 手紙を2回読み返し封筒に戻した。涙を拭いて顔を上げると、優しい微笑を見せて母さんが問いかけた。

「お父さん何て言ってた?」

「父さんは…私が立派に育ってくれて嬉しいって…。一杯話せて嬉しいって…。クロノノートを頑張って作ってくれて嬉しいって…私、父さんの娘で本当によかった」

「…天国のお父さんもきっと同じ気持ちだよ。みらいがそう思ってくれてるから」

 私は声を上げて泣いた。まるで小さな子どものように思いのすべてを込めて泣いた。昔の記憶がそっと浮かぶ。泣いている私の頭を撫でてくれた大きなお父さんの手。今父さんはいないけど、その手が私を撫でてくれている、そんな気がした。

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みらいの日記 カモメ水兵 @kamome-suihei

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