5.未来への約束

 それから恵美子との交際は順調かつ地味に進んだ。お互い貧乏学生なのでやはりバイトの間にデートするのは変わらない。ただし、バイトが終わって帰ってくると彼女が僕の部屋にやってくるようになった。僕が3年生になった時、お互いの部屋の合鍵を作り交換。僕が帰ってくると部屋にいて夕食を作ってくれたりする。半ば同居のような生活をしながら1年過ぎていった。

 恵美子の料理は確かに下手だった。とにかくよく焦がす。性格的にのんびりしているせいかもしれない。味付けのための調味料測定は1グラムの誤差もないが、それを測っている間に時間が過ぎていたりと何ともテンポが悪い。生焼けは危ないからと言ってしっかり焼くと今度は長すぎて焦がしてしまう。目分量というのが苦手なようだ。まあ、少しずつうまくはなっていると思う。


 この部屋に来て4度目の春が訪れた。大学もあと1年。最終学年は卒業論文と就活になる。4月の初めに教授が論文テーマを発表した。テーマは「将来起こりえる新技術とその考察」だった。つまり、未来はどんな新技術が存在しているか考え、それに関して考察しろという内容。このテーマを聞いた時、僕がすぐに思いついたのは交換日記の日記帳「クロノノート」についてだった。「起こりえる」ではなく実在しているのだからこれ以上ない題材だ。ただし、考察はかなり難解だ。僕は「クロノノート」を「異なる時間にいる者同士の通信技術」と題して論文を書き始めた。

 まず、時間の流れを移動する「タイムスリップ」について調べた。超強力なエネルギーを起こしてブラックホールのように空間を歪め、その穴から違う時間軸へ移動するという方法が現段階で考えられているタイムスリップだ。ただし、この強力なエネルギーは現段階で作り出すことは不可能だった。しかもこの穴を調節できないとブラックホールが世界を飲み込んでしまい史上最悪の事故になってしまう。50年後の未来にはこの2つの問題をクリアしてクロノノートを送ったのだろうか?

 色々考えも仕方がないのでみらいにヒントを貰うことにした。未来に関することなのであまり教えてくれないけど、僕がいる時代から約10年後にエネルギー革命が起きて世界のエネルギー不足問題は解決されたそうだ。僕の推測である超強力なエネルギーはクリアしたのかもしれない。次元を超える方法は相変わらず謎だけど、もうちょっと煮詰めて考えてみることにした。

 みらいとの日記も4年目に入った。最近クロノノートが受信に失敗することがある。みらいの話によると、受信装置の故障が考えられるとか。まだ使えるが、そのうち使えなくらるらしい。つまり、完全に壊れた時が交換日記の終わりと言うことになる。毎日書いて読んで、3年間続けてきたみらいとの交換日記が終わるのは寂しいと正直に思う。それに、「みらい」という存在が僕にとって大事な存在なのかもしれない。



 卒業論文の締め切りは9月だったが、6月に書き上げてしまった。「異なる時間にいる者同士の通信技術」は現段階ではいくつか技術的面で課題があるが実現可能』という論文。教授の評価は最高の「A」で、この論文に興味を持った町の研究所が就職のオファーを出してきた。僕は面接を受け就職内定をとることができた。

 11月の商店街のお祭。僕と恵美子はボランティアとして出店の店番をしていた。僕と恵美子の二人はお祭の迷子の保護や来場者の案内係。祭のスタッフ全員に配られた「白ヤギ秋祭り」と筆記体でプリントされた赤いシャツを着て働く。ちなみに白ヤギは町長の愛称。夜9時頃まで続き、後片付けと打ち上げが終わった頃には深夜になっていた。僕と恵美子は酒を飲まされ、ほろ酔いのままアパートに帰っていた。

 まさかこんなに時間が掛かるとは思っていなかったので予定が狂ってしまった。教会のシスターに悪いことしたな…鞄の中に入っている小箱も出番はまた今度になるかも。そう思っていると、恵美子が突然夜景が見たいと言い出した。酔った恵美子はわがままだ。でもこれ以上ないチャンスに僕は恵美子と一緒に夜景が見える場所、教会があるの高台を目指した。



 この町の教会は丘の上に建っており教会前が展望台になっている。町を一望するなら持って来いで、恵美子とはデートで何度かハイキングした思い出の場所だ。二人で教会への階段を登っていく。少し酔いが醒めた恵美子が階段の先に明かりに気がついた。もう深夜なのにまさか…。階段を登りきると、ロウソクの明かりに溢れた教会が入り口を開けて待っていた。シスターは準備をしてずっと待っていてくれたようだ。

「幻想的…まるで絵本や小説に出てきそうな一場面ね」

「…ちょっと、中に入ってみよう」

「でも、もうこんな時間だよ。怒られちゃうよ」

「大丈夫だよ、たぶん。ほら、行こう」

 恵美子の手を引いて教会の中に入った。灯が灯ったロウソクの灯台が並ぶ通路を通って一番前の長椅子に座った。場の空気が今までのどこよりも静かで、世界に僕と恵美子の二人だけになった気分になる。恵美子がその静寂をそっと破った。

「付き合い始めてもうすぐ3年になるね」

「そうだね。あっという間だったね」

「うん」

 それから二人で思い出話を始めた。長いようで短い時間。恵美子が性格を変えたいと言い出し、それから行動的な恵美子に生まれ変わった。どこに行くも一緒で、部屋に帰るといつも帰りを待っていてくれて、お互いの気持ちを寄せ合った。本当にあっという間だったと思う。やがて話が尽きて長い沈黙が続いた。

「浩平君、私のこと愛してる?」

「まだ酔ってる?」

「ちょっとね。それで返事は?」

「もちろん、愛してるよ」

 照れ笑いをして僕に寄りかかる恵美子。僕は鞄から準備していた小箱を取り出した。木製の茶色い小箱。

「恵美子、受け取ってくれる?」

「プレゼント?なんだろう」

 恵美子が小箱を開けると中のオルゴールが鳴りだした。昔流行ったラブソング。地味な女の子が頑張って変身し王子様と結婚する、そんな歌詞のラブソング。その小箱の中心には小さなプラチナのリングがロウソクの光に照らされてユラユラと輝いている。

「指輪…これって…」

「まだ早いかもしれないと思ったけど、気持ちをちゃんと伝えたいから」

「うん…」

 恵美子と目を合わせた。その瞳は少し潤んでいるように見る。僕は短く深呼吸をして言った。

「恵美子、大学を卒業したら僕と結婚しよう」

「…うん、よろしくお願いします」



 教会での告白を終えて部屋に帰ってきた。今、恵美子は風呂に入っている。明日、恵美子の両親に会いに行くことになったので先にみらいへの日記を書いてしまうことにした。昨日、みらいにはプロポーズすることを伝えている。その返事が今日来ているはずだ。最新の日記が書かれているページを開く。


『この日記が届く頃にはもうプロポーズが成功しているはずです

 実は浩平さんが今日恵美子さんにプロポーズすることは

 事前の調べで分かっていました

 婚約おめでとうございます

 浩平さんなら恵美子さんを幸せにすることができると思います

 全力で彼女のことを愛してあげて下さいね


 50年後の未来では結婚=出産という流れができています

 「縁結び法」の真の目的である出生率の上昇のため

 結婚したら子どもをつくり育てるというのが暗黙のルールとなりました

 ただ、強制ではないので生まない自由はもちろんあります

 しかし世間からは「変わり者」と後ろ指差されることになります

 私もこれは変だと思いますけどね


 ちなみに、出産に関する費用は国が負担してくれます

 教育に関しても国からの手厚い援助により

 「子どもをつくった方が得」という環境にあります

 また、不妊治療も進み人工妊娠の安全性も高まっています

 女性の中には結婚をせずに妊娠だけしたいと声もあり

 日本でも精子バンクのシステムが作られました


 この中で問題になったのが産み分けです

 遺伝子に対する技術が進歩したことにより

 性別はもちろん、

身体の外見や能力まで希望通りの精子と卵子を人工授精させる

『デザインベビー』技術が社会問題となっています

 神をも恐れぬ愚行、と社会で騒がれましたが

 日本が宗教に対してやや関心が薄いせいもあってか

 デザインベビーが徐々に普及しつつあります

 もちろん、昔と変わらず男女の契りによって生まれる子どももたくさんいます

 どちらがいいのか、という答えは人それぞれだと思いますが

 私はどちらも同じだと思います

 私の子ども達は夫との契りによって生まれました

 子ども達が通う学校の同級生の約2割がデザインベビーですが

 私の子ども達は全員学年トップをとっています

 通常から考えれば、頭のいいデザインベビーがトップを取れるはずです

 本当に大切なのは生まれてきてから何を成すかだと思います

 少し話が反れてしまいましたね

 浩平さんと恵美子さんのお子さんはきっと優しくて賢い子どもだと思います

 それは浩平さんと恵美子さんが一緒に頑張って育てるからです

 頑張って下さいね、それではまた                   』


「浩平君、あがったよ」

 恵美子が風呂場から出てきた。お気に入りのレースが付いた白いネグリジェ姿の恵美子。僕は恵美子を抱き寄せた。恵美子が少し驚いた顔をして僕を見上げた。

「恵美子、子ども欲しいかい?」

「えっ、急にどうしたの?!」

「僕は欲しいんだけど…恵美子の答えもちゃんと聞いておきたくて」

「うん…もちろん欲しいよ」

 恵美子が僕の胸に顔を埋めた。

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