3.クリスマスの夜に

 その後、僕と川村さんの付き合いはゆっくりと進んだ。お互い貧乏学生だったせいもあり、バイトのシフトの空きが少ない。僕が大学の講義がない時は以前行った喫茶店で川村さんの休み時間に会ったり、バイトがない時は夜一緒に食事をしたりと時間を見つけて話をした。彼女は僕のことをどう思ってるかは分からないけど、僕は彼女の事が好きだ。友達ではなく女性として。ただ、前も言ったとおり恋愛経験ゼロの僕にこれからどうすればいいのかイマイチ分からなかった。

 日記でみらいに聞いてみたことがあるが『浩平さんの未来に影響するかもしれないので』という事でアドバイスをもらえなかった。何よりみらいも恋愛に疎いらしく、一度告白されたがそれが告白だと気がつかずそのまま別れてしまった過去があるらしい。『勉強ばかりしたツケですね。浩平さんは私みたいにならないように頑張って下さい』と言われた。こうして進展があるようでないような日が続き、12月23日を迎えた。


 事は1週間前。アパートの大家さんである森さん老夫婦が突然夜にやってきた。森さん夫婦は二人とも元警察官だったそうで、退職後も地域のボランティア活動や地域活動に尽力している。そしてこの時のやってきた理由もボランティアに関して依頼だった。

 森さん夫婦はいつもクリスマスイブに隣町の特別支援学校(昔は養護学校と呼ばれていた)にサンタとして訪れ、子ども達と触れ合うのが毎年の恒例行事だったそうだ。しかし、今年は残念ながら腰を痛めてしまい参加できそうにない。そこで代役として僕に行って欲しいということだった。特別支援学校としても人手不足でサンタ役を出し難いそうだ。森さん夫婦とは何かと付き合いがあったので僕はその依頼を受けることにした。

 その時、丁度帰ってきた川村さんも森さん夫婦に呼ばれて話に加わった。ボランティアの内容を話すと自分も参加したいと志願してきた。こうして、川村さんも一緒にボランティアに行くこととなった。

 サンタの衣装を森さんから預かりサイズを直してボランティアの準備を済ませておいた。天気予報によると明日は雪が降るらしい。しっかりと着るものの準備を済ませ、最後に日記を書き始めた。去年は友達と過ごしたクリスマスだが、今年はちょっと特別だ。その事を日記に書くことにした。


『明日はクリスマスイブです。

 元々はヨーロッパの文化ですが日本に根強く定着しています

 この日はカップルがデートしたりするの大切な日だったり、

 家族がみんなで集まってケーキやご馳走を食べて楽しむ日だったりします

 50年後も同じようにクリスマスは特別な日ですか?

 明日、ボランティアで特別支援学校にサンタ役としてお手伝いに行きます

 人見知りや引っ込み思案なところを治したい川村さんも一緒です

 ちなみに特別支援学校というのは

 いわゆる障害のある子どもが通う学校です

 まさか川村さんと一緒に参加することになるとは思ってませんでした

 一緒にがんばってきたいと思います。それでは、また明日        』


 日記を書き終えてすぐに0時を回る。『文章が送信されました。次の同期時間は24時間後になります』という表示が出たのを確認して布団に入った。



 次の日の朝はあまりの寒さに目を覚ました。カーテンを開けて窓の外を見ると、そこには一面真っ白に染まった裏庭と駐輪場が見えた。テレビをつけて見ると、画面の横に交通情報の欄ができている。電車は動いているけど遅延運転しているようだ。

 寒さに震えながらファンヒーターのスイッチを入れて布団に戻ろうとした。だが、ファンヒーターからは灯油残量僅かという警告音が鳴り出した。灯油の買い置きはない。近くのガソリンスタンドまでちょっと遠いし、宅配販売もこの雪だと周ってこないだろう。とりあえず朝の分だけ足りたらいいか。ヒーターが付いた後にさっさと着替えて朝食を作り終えた後すぐにヒーターが切れてしまった。コタツに入って朝飯を済ませる。昨日の夜に荷物はもう準備してるのであとは川村さんが来るのを待つだけだ。川村さんは方向音痴ということで一緒に行くことにしていた。天気予報によると雪が降り続けるみたいで、電車が止まらないか不安だ。

 約束した時間よりも早く川村さんがやってきた。僕も荷物を持って外に出る。川村さんは毛糸の帽子、マフラー、ロングコート、ムートンブーツという完全防備。そう言えば寒がりって言ってたっけ。

「お待たせしました」

「それじゃあ、行こうか。荷物持つよ」

「大丈夫です。そんなに重くないですし」

 そう言われたが僕が荷物を持った。道路にも雪が積もってるから僕が先導して駅に向かう。その間、二人で雑談を交えながら歩いた。川村さんが僕に慣れたせいだろうか、思った以上によく喋る。駅に着くまで話題が尽きることがなかった。

 駅の電光掲示板には「約20分の遅れ」の表示が流れている。一応は動いてるらしい。10分ぐらい電車に揺られて目的地に到着。駅前には送迎に来てくれた職員さんが車で待っていて、そこからまた10分ぐらいして学校に到着した。学校はパッと見普通の小学校に見える作りだが、階段に昇降機や手すりがあったりして少し違和感を感じる。職員さんに案内され控え室に向かった。

 控え室で今日一日の打ち合わせを受ける。打ち合わせの後に僕は男性の更衣室でサンタの衣装に着替えて川村さんを待つ。サンタの衣装は森さんの奥さんの手作りで、とても暖かく動きやすい。打ち合わせの時にもらったプログラムを眺めながら川村さんを待っていた。

「お待たせしました…えっと、笑わないで下さいね」

 扉から顔だけ出した川村さんがゆっくりと入ってくる。何ていうんだろう、名前が出てこないけど一言で言うと童話に出てきそうな魔女の格好をしてた。ただ、禍々しい黒ではなく全身真っ白。持っていた白いとんがり帽子をかぶってすべて揃った。

「まさかこんな衣装だとは思ってませんでした」

「森さんの奥さんから受け取った衣装だよね?」

「はい。奥さんはこれを着て旦那さんのお手伝いをしたとか。体型が私と同じだからサイズあわせは大丈夫と言われたのでそのまま受け取ったんです」

 森さんの奥さん、結構思い切った人だな。それにしても、なかなか川村さんに似合うな。

「あの、私変ですか?」

「どちらかというと、似合ってますよ。かわいい」

「あ、ありがとうございます」

 照れる川村さん。ちょうど職員さんが入ってきた。職員さんも川村さんの衣装を見て驚いている。そしてここで台本を渡された。僕は当然サンタ役で川村さんは雪の魔女という役らしい。台本の話としては雪の魔女が冬を呼び、サンタがそれに呼ばれて遊びに来たという設定。

「川村さん、大丈夫そう?」

「えっと、大丈夫、だと思います」

 ガチガチになっていて大丈夫そうに見えない。台詞といってもとても短いのですぐに覚えられる長さ。あとは自信を持って演じきれるかどうかだろう。二人で何度も練習して備えた。



 

 雪が降る夜空の下、駅のホームにある待合室。暖房が入っているが隙間風がどこからか入ってきて少し寒い。隣に座る川村さんは疲れてしまったのか僕に寄りかかって眠っている。

 川村さんは本番で魔女役を見事やってのけた。僕もサンタ役を一生懸命こなし、学校の生徒と一緒に遊んだりケーキを食べたりと一日中大忙しだった。クリスマスパーティーは無事に終了。その後ケーキや料理を職員さん達と食べて解散となった。その後、駅まで車で送ってもらったのだが、丁度運悪く電車が止まっておりすぐに家に帰ることができず今こうして待合室で待っている。

 午後7時頃になってようやく電車がやってきた。川村さんを起こして電車に乗った。乗客はまばらで僕達が乗った車両には二人だけ。電車に乗る前に買ったホットミルクティーをそれぞれ飲みながら発車を待った。それにしてもこんなに長い時間、川村さんと一緒にいたのは初めてだ。

「あの、早良さん」

 ふと、思い出したように川村さんが話しだした。顔は正面を向いたままでひとり言のようだ。

「私、今日は1つ懺悔したいことがあります。聞いてもらえますか?」

 僕は何も言わず頷いた。川村さんは独り言を続ける。

「今日訪れた特別支援学校の生徒を怖いと思ってしまいました。大きな声をあげたり、どたばた走り回ったり、よく分からない行動をとったり…。どうしたらいいの変わらないことが多くて、私のしたことで泣いたり怒ったりして」

 なるほど、怖いか…。僕は以前から色々なボランティアに参加していたので特に変な気はしなかったけど、初めての人には衝撃だったのだろう。でも、それだけじゃないと思う。

「確かに少し変わった子ども達が多かったかもしれないけど」

 川村さんが僕の方を向いた。すぐ隣にいるので目線が交差する。

「僕達が職員さんみたいにうまく子ども達と付き合えるわけがないんです。勉強したり経験があるわけじゃないですし。大事なのは子ども達のために何かをしようとする気持ちだと思います。今日会った子ども達にそれを言葉で伝えるのは難しいと思います。でも、一生懸命やってその姿を見てもらえば分かってもらえるんじゃないですかね」

「なるほど…」

 川村さんが落ち込んでしまった。妙な空気のまま電車は発車した。

 帰り道も川村さんの荷物を持ってアパートに帰る。あれから川村さんが一言も喋らない。その理由を聞くのもどうかと思うくらい何かを考えている顔をしている。僕にはどうしようもないようなので黙って歩いていた。

 道路に雪が積もっていて、それを踏むたびに「ギュギュ」となる。風はなく辺りは雪がチラチラと降りとても静か。その静寂を携帯の電子音が破った。僕が持っている川村さんの鞄からだ。川村さんに鞄を返すと、携帯を取り出して電話に出た。

「もしもし川村です。…いえ。…はい。え?」

 急に鞄の中の何かを探し出した。そしてもう一度電話に出る。

「確かにないです…。えっ…。たぶん、大丈夫です。管理人さんに借りられると思うので。…分かりました」

 電話を切って携帯を鞄になおした。

「どうしたの?」

「キーケースを今日行った学校に忘れてしまいました。学校を通る道が雪で凍結しているので、明日職員の方が車で持ってきてくれるそうです」

「鍵を忘れたの?アパートの鍵も一緒だったら部屋に入れないよ」

「管理人の森さんがマスターキーを持ってますよね?」

「森さん夫婦はお孫さんの家に行って今いないよ」

「え、そうなんですか」

 元々白い肌がさらに真っ青になる川村さん。近くにホテルや宿泊施設はなく駅の反対側に行かないとない。どこか泊まる所を…いくつか候補を考えていると川村さんが僕を見ていた。ちょっと顔が赤い。

「早良さん、お願いがあります」

「何ですか?」

「早良さんのお宅に、その、泊めてもらえませんか?」



 アパートに戻ってきた。後ろからは川村さんが着いてくる。急な展開に焦りつつも冷静を装って部屋に入った。昨日のうちにお風呂の水を張っていたのでスイッチを入れておく。暖房をつけようとヒーターのスイッチを入れると警告音と共に「給油」のランプが点灯している。今から買いに行けるわけがないので、仕方なくコタツのスイッチを入れた。

「おじゃまします」

 ブーツを脱いだ川村さんがうちに入ってくる。僕はハンガーを押入れから出して川村さんに渡した。

「ヒーターの灯油が切れてるから、とりあえずコタツで温まってて」

「ありがとうございます」

 ハンガーを受け取りコートをかける川村さん。僕は台所でお湯を沸かしてお茶を入れた。その間にこの後どうするかを考える。考えているけど頭が回らない。冷静な判断が求められる場面だ。お茶を入れてお盆にのせて部屋に戻る。川村さんはコートを脱いでコタツに入っていた。お茶を渡して僕もコタツに入る。

「男の人の部屋、初めて入りました。綺麗な部屋ですね」

「どうだろう。友達の部屋は結構散らかってたりしてたけど」

 沈黙が続く。コタツとその上に置かれたみかんが乗った籠を挟んで川村さんと向かい合う。川村さんは少しうつむきながらもこちらを見ようと努力している。僕はというと逆に川村さんから目が離せなかった。かわいい、とかではなく愛しいく感じる。このままずっと見ていてもいいと思うくらい。

「早良さん、あのですね」

「え、あ、はい」

 急に顔を上げてしっかりとこっちを見る川村さん。僕はお茶を飲んで落ち着かせた。

「私は今まで周りに流されるように生きていました。それが一番いいと思って。でも、今日の特別支援学校での体験でそれが打ちのめされたんです。何もできませんでした。だから、今日電車でかけてもらった言葉。『大事なのは子ども達のために何かをしようとする気持ち』『一生懸命やってるその姿を見てもらえば分かってもらえる』。とても感動しました。だから…」

 少しずつ声が大きくなっていく。顔は真っ赤だ。

「私、頑張ってみたいと思います。自分の気持ちをちゃんと伝えられるように…だから!!」

 とその時、興奮した川村さんが身体を前に出したせいで湯飲みが倒れた。川村さんは慌てて湯飲みを立てたがコタツはずぶ濡れになってしまった。すぐにタオルを持ってくる。

「川村さん、火傷してない?大丈夫?」

「あなんとか」

 濡れたコタツ布団をタオルで拭いて後片づけをする。川村さんも手伝ってくれたのすぐに終わった。湯飲みを片付けてコタツに戻ると、急に川村さんがコタツを出て僕の隣に座った。

「隣に…入ってもいいですか?」

「えっ、ええ、どうぞ」

 小さい一人用コタツに二人一緒に入ると当然密着することになる。横を向けばすぐ隣に川村さんの顔。僕の視線に気がついて川村さんもこちらを向いた。

「さっきの続き、聞いてもらえますか?」

 …彼女も僕の事が好きなのかもしれない。今なら自信を持って言える。だから、この後告白してしまおう。そう思って川村さんに頷いた。

「私頑張ります。今の気持ちをちゃんと伝えたいから」

 一瞬の出来事。川村さんの顔がすっと近づき口付けを交わした。すぐに離れたけど、感触だけが唇に残っている。川村さんは前の方を向いてうつむいてしまった。だけど、覚悟していたおかげか次に何をするべきなのか自分の中で分かっていた。隣にいる川村さんをそっと抱きしめる。驚いて見上げる川村さんにこちらから口付けを交わした。今度はさっきよりもずっと長い。

「僕も川村さんが好きです。付き合ってもらえますか?」

 川村さんの瞳から涙がこぼれる。そして笑顔で頷いてくれた。



 川村さんはお風呂に入っている。僕は川村さんの着替えのパジャマを出した後、空いた時間をコタツに入ってみかんを食べながらぼんやりと考えていた。

 あの後もう一度キスをして川村さんと少し話をした。川村さんは僕が1年生の時に森さんと一緒にボランティア活動に参加している時に初めて見つけたそうだ。

 川村さんのバイト先の花屋の主人は従姉妹のお姉さんで、喫茶店の無料チケットは実はそのお姉さんの手作り。合コンの次の日に会いにきてくれたのに話す機会がないと嘆いていた川村さんのために、事前に喫茶店の店主と話をしてチケットを作ったらしい。今日のボランティアも実は森さん夫婦に確認を取っていて偶然を装って参加したそうだ。そしてこの助言をしたのも従姉妹のお姉さん。あの人のおかげで恋愛がうまくいったと言っても過言ではない。

 川村さんの後、僕もお風呂に入った。疲れていたせいか風呂の中で寝てしまいそうになる。何とか寝ないようにして風呂から出た。パジャマを着て脱衣所を出ると部屋に川村さんがいない。と、思ったらコタツで寝ていた。僕のパジャマを着ているので袖を何度も折り返している。きちんと寝かせないと。

 ここである問題が浮上した。布団が足りない。夏だったらどうにでもなるけど、よりによってヒーターは灯油切れで外は大雪という極寒の環境。…僕がコタツ布団で我慢するしかないか。とりあえず布団を出してシーツと枕カバーを取り替えた。毛布は替えがないので一応消臭スプレーを振っておく。準備が終わったところで川村さんを起こした。驚いたように跳ね起きる。

「少し横になっているつもりが寝てしまいました」

「今日は大変だったからね。はい、歯ブラシ」

 買い置きの新しい歯ブラシを渡す。起きて周りを見回す川村さんが困った顔をして聞いてきた。

「お布団が1組しかないですね」

「僕はコタツ布団で寝るから大丈夫」

「寒くないですか?」

「寒いけど我慢するから」

「でも…」

「いいから、いいから」

 コタツの天板を外しコタツ布団だけ取った。安い薄っぺらのコタツ布団。厚着して寝ないと眠れないかもしれない。何かないかとタンスを探っていると懐かしいものが出てきた。高校時代に作ったドテラ。家庭科の授業で僕だけさっさと完成してしまったため教師の許可を取り作ったやつだ。部屋着としては十分。これを着て寝よう。歯を磨いた川村さんが戻ってくる。

「先に寝ててください」

「あの…」

 川村さんに呼び止められて振り向くと、彼女はモジモジしている。何か言いたげだが躊躇しているように見える。

「どうしたの?」

「な、なんでもないです…」

 結局何も言わずに部屋に戻った。どうしたんだろう?とりあえず自分も歯を磨いて部屋に戻った。



 部屋に戻ると川村さんが布団の上で座っていた。やっぱり何か言いたげな顔をしている。

「眠れない?」

「いえ、その、寒いですよね?」

「気にしなくていいよ、川村さんがカゼひいたら面目ないよ」

 やっぱり気にしてるようだ。まあ、こっちが寝てしまえば素直に布団を使ってくれるだろう。

「電気消すよ」

 照明のスイッチに手を伸ばしていると慌てて呼び止められる。

「ちょっと待って下さい。あの、明日アルバイトはありますか?」

「夕方からね。川村さんこそ、明日はアルバイトないの?」

「美咲姉さんは『来たければ来なさい』と言ってたので…休もうと思います」

「そっか。それじゃあ、明日は夕方まで一緒にいれるね」

「はい、明日が楽しみです…あの、その…」

 まだ何かあるようだけど言い出せないようだ。僕は待つことにした。待ってくれていることに気付いた川村さんはゆっくりと深呼吸をして落ち着いた後に口を開いた。

「一緒に寝ませんか?」

「え、その、一緒の布団で?」

「はい…」

 消え去れそうなささやき声だけどちゃんと聞こえた。今日一日積極的な彼女に僕は引っ張られている気がする。でも、川村さんだからそれもいいと思う。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「ど、どうぞ」

 川村さんが布団の右側に寄ってくれた。指定席らしい。照明を消して、窓から僅かに入る街灯の光を頼りに指定席に潜り込んだ。一人用の小さい布団なのですぐ隣に川村さんがいることを感じられる。ゴソゴソと身体を動かしこちらを向いたようだ。

「もう少しだけお話しませんか?」

「うん、いいよ」

「こっち向いてくれますか?」

「仰せのままに」

 右隣を向けるとすぐ横に川村さんの顔があった。薄暗くてぼんやりしか見えないけど嬉しそうに見える。それから色々話した。

 なぜ彼女が僕に惚れたのか。川村さんが僕に最初に出会ったボランティアは老人会のグランドゴルフ大会だった。町内の大会で結構な人数が参加、そして結構な人数がダウンする。大家さんの森さんが言うにはいつものことだそうで、僕はそんな方の救護と予防役として参加していた。

 川村さんいわく、その様子がかっこよくて優しい人に映ったそうだ。それ以来、実は僕がボランティアに参加するたびにこっそり参加していたとのこと。全然気がつかなかった。


 ボランティアに参加するたびに気持ちが動いていき、その事をアルバイト先の花屋の店主「美咲」さんに相談。うちの大学のOGだった美咲さんは後輩を通じて合コンの情報をゲット。そこに僕が来るように後輩を使ってセッティング。あの合コン参加も実は人数あわせではなく美咲さんの陰謀だったのだから驚きである。

 その後もお互いの事を伝え合った。彼女は料理が苦手だったり、高校時代は陸上部で長距離を走ってたり、大学の教授の顔が面白いとか、京都に行って舞妓さんの衣装を着たいなどなど、今まで知らなかった彼女の一面を感じることができた。何より彼女をすぐ側で感じられることに喜びを感じる。これが恋というのだろうか、ちょっと臭い台詞に苦笑いが出てしまいそうになった。でも、そう思わずにはいられないのだから仕方がない。二人の会話は夜遅くまで続いた。

 そのうち川村さんの会話が途切れるようになってきた。薄暗くてよく分からないけど眠いのかな?時計を見ると午前2時を過ぎている。

「川村さん、もう眠ようか。2時過ぎてるし」

「もうそんな時間なんですね。でも、もっと話していたいです」

「今日はもう寝ましょう。これからもずっと話せますよ」

「嬉しいです、ありがとうございます。…最後に1つだけお願いしてもいいですか?

「何でもどうぞ」

「…今夜は寒くなりそうです。だから、ぎゅっと抱きしめられて、そのまま眠りたいです」

「そんなことで良ければ」

 布団の中で彼女を抱きしめた。抱きしめたというか、彼女が僕に仰向けに寝るような格好。顔が一気に近づき一度だけキスをした。

「おやすみなさい」

 そう言って、しばらくしないうちに彼女は眠った。ふと今日の交換日記のことが頭を過ぎったが眠気には勝てず、彼女のぬくもりを感じながら僕もゆっくりと眠りについた。

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