2.恋のはじまり


 大学2年目の11月の中旬のこと。友人から合コンの誘いが来た。と言っても、人数合わせのためのサクラ役。まあ、参加費は友人が払ってくれるとのことなので一食浮かせるために参加することにした。

 その日の日記を書いている時にふと未来の恋愛情勢に興味が沸いたので聞いてみることにした。


『今日、友人から合コンの誘いを受けました

 50年後もあるとは思いますが、合コンは合同コンパの略で

 男女が集まって飲んだり騒いだりして親睦を深め

 そのうち親しくなった男女がカップルになったりする

 パーティーの一種です

 僕はちょっとこう言うの苦手なんだけど

 晩御飯一食分浮かせられるので参加します

 現在の恋愛事情は色々で婚活という結婚するための活動や

 ネットでの出会いサイトなどのインターネットを媒体にするもの

 街コンという街ぐるみの合コンなど多岐に渡っています

 また、草食系男子と言われる恋愛に興味が薄い性格があるなど

 たぶん昔よりは複雑になっているんだと思います

 お見合いなんてもはや時代遅れですからね

 50年後の恋愛事情はどうなっているのでしょうか?

 良かったら教えてもらえませんか?              』


 ちなみに、合コンは明日の夜。バイトは休み。会場は小さな居酒屋を貸し切って男:女=15:15でやるらしい。友人の顔を立てるためにも、せめてサクラとバレない程度に頑張ることにしよう。0時に『文章が送信されました。次の同期時間は24時間後になります』という表示が出るのを確認して早めに寝ることにした



 店の場所を知らないので、友人の車に乗せられて会場に向かった。僕の住んでいるアパートのすぐ近くで、和風老舗を絵に描いたような古民家の居酒屋だった。座敷には既に数人の男女が座っている。まだ全員揃ったわけじゃないのに男性陣はさっそく女性陣にアタックしているようだ。この合コン会場の草食系は僕だけらしい。ジャマするのも野暮なので、座敷席から出てカウンター席に座り、店の大将の調理を眺めて開始を待った。

 そして予定時刻に合コンがスタート。1人遅れてくるとのことで男:女=15:14で始まった。まずは自己紹介。無難な挨拶でとりあえず乗り切る。みんな20歳を超えているので酒を飲んでいた。飲まないわけにもいかない雰囲気なので、りあえずジントニックを注文してチビチビ飲んでいた。他の男性陣が勝手に騒いでくれたので僕は女性陣の目につかない位置についてボーっとしている。まあ、これでサクラ役としては十分だろう。



 完全に油断していたら突然肩を叩かれた。思わず飛び上がる。振り返ると小柄で色白、メガネの女の子が立っていた。ショートヘアにダッフルコート、黒の綿パンを着ている。まるで高校生みたいな見た目だ。

 僕は騒いでる男性陣のリーダー役を制止させてその女の子が来た事を知らせた。女の子は自己紹介をしてりんごジュースを注文。その後、先ほどと同じように男性陣が騒ぎだしたので役割が終わったと思い、先ほどの位置に戻り再びチビチビ飲みだした。

 遅れてきた女の子は女性陣の並ぶ席の端に座った。だけどあんまり馴染めないのか少しオドオドしている。僕はどこかで彼女を見た気がしてきたので何とか思い出そうと頭を働かせた。だが、酔っているせいか頭が働かない。お酒の勢いを借りてこっそりとその子をこっちに呼んでみた。僕としてはちょっと大胆な行動。逃げるように僕の隣に座る。わずかに石鹸のようなさわやかな香水の香りがした。

「もしかして、どこかで逢ったことありません?」

「えっと、あの、アパート『三日月』の1階に住んでませんか?私、2階に住んでるですけど」

 思い出した。夕方バイトがない時に早めに帰ると、いつも行き違いで会っている女の子だ。

「1階に住んでいる早良浩平です。いつもすれ違うだけだから思い出せなかったよ。ごめんね」

「いいえ、気にしないで下さい。私は2階に住んでいる川村恵美子です。よろしくお願いします」

 お互い軽く会釈する。隣に座っているせいで、相手の顔が良く見える。フレームが細いメガネと優しそうな目元、もうちょっとバッチリメイクをすればこの合コンを人気を独り占めできたかもしれない。

「あの、私の顔に何かついてますか?」

 ずっと眺めていたらしい。酔っているせいもあって反応が遅れる。しかも思ったことが口からボロボロと出てしまった。普段の僕なら絶対に言わないであろう一言を漏らす。

「僕好みの綺麗な人だな、て思って」

 川村さんの顔がパッと赤くなるのが分かった。持っていたグラスのジュースを一気に飲み干す。そして僕から目を反らしてしまった。言った後に思いっきり後悔した。やってしまった…。周りはうるさくて賑やかなのに、川村さんとの間に気まずい空気が流れている。


 お互い黙ったまま座っていると隣からお腹の鳴る音が聞こえてきた。川村さんは更に縮こまってしまった。テーブルの上には喰い散らかされた料理ばかりが並んでいる。チャンスと思い「何か貰ってくるよ」と言って、カウンター席の厨房にいる店の大将に適当に注文した。戻るの面倒なのでカウンター席で待つことに。奥の座敷席は相変わらずうるさい。

「兄ちゃんは、みんなと騒ぐのは苦手なのかい?」

 店の大将がから揚げを上げながら僕に尋ねてきた。

「そう言う訳じゃないんですけど。今回の僕は合コンの人数合わせのサクラなので大人しくしてるだけですよ」

 大将はガッハッハッハと笑いから揚げ物の油を切っている。

「そいつはご苦労なこった。でも、本当に好きな子がいたなら男らしくバシッと言わないとダメだぞ。それこそ、女々しいと言われても仕方がないぜ」

「そうですよね。分かってます」

「で、好みの女の子はいたのかい?」

「ええ、まあ」

 大将がお釜から熱々のご飯を取り出し握りだした。火傷しそうなほど熱そうなご飯素早く握っていく。

「その女の子に声をかけたんだろうね?」

「酔った勢いも加わって思わず」

 大将はへっへっへと笑いながら僕の方を見た。なんかニヤニヤしている。

「俺が思うに、ずばり遅れてきた女の子だろ?顔に書いてあるぜ」

「あーバレますか?」

「居酒屋店員の勘を舐めんじゃないぜ。さあ、持って行ってやんなさい」

 おにぎりと揚げ物がのったトレーを受け取る。そして座敷に向かおうと振り向くと川村さんがすぐそばにいた。

「あの、できれば静かな場所で食べたいです。こっちでいただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、うん。どうぞ」

 トレーをカウンター席に置いた。何となくその隣の席に座る。川村さんが戸惑いながらもトレーの前の席に座った。

「兄ちゃん、なかなかズル賢いね」

「え、あー酒ください。何でもいいです」

 さっきの話もあり、慌てて誤魔化そうとして注文した。大将は焼酎の水割りを出してくれる。川村さんは黙々とおにぎりと揚げ物を食べ始めた。焼酎の水割りは僕にはちょっと強すぎるので、舐める程度で飲んでいるフリで誤魔化していた。二人で並んで座っているけど会話がない。大将だけがニヤニヤしながら厨房の掃除をしている。横目で川村さんの顔を見ると、タイミング悪く目が合ってしまった。僕は何事もなかったようにグラスを置いて前を向いた。川村さんも動きを止めたみたいで音を立てない。大将がその様子を見てガッハッハッハと笑いニヤリと笑った。あ、やばいかも。なぜかそう思ったが止められるはずもなく大将が言った。

「お二人さん、まるでカップルだね。もう付き合っちまいなよ」

 隣に座っている川村さんがガタンと立ち上がりキョロキョロして僕のグラスを持ち上げた。それは焼酎・・・と言う前に一気に飲んでしまった。その後すぐにクラクラして倒れそうになったので慌てて僕が受け止めた。

「わ、悪いな。嬢ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたようだね」

 店の奥から出てきた大将の奥さんが「コラ」と持っていたオタマで大将を一発叩いた後、すぐに氷水と冷えたお手拭を持ってきてくれた。苦しそうな表情の川村さんを抱きかかえたまま水を飲ませる。しばらくして、何とか話すことができるまで回復した。その後に店の奥さんに泊まっていくように言われ、川村さんは力なく頷いた。

 家についたのは午後10時。酔っているせいもあってすごく眠い。布団を敷いてさっさと寝る準備を始めた。風呂に入る余裕はない。目覚ましだけはしっかりセットしてそのまま布団に倒れこんだ。日記は明日見よう。川村さんの顔が瞼の裏に映って見える…たぶん酔っているせい…。



 バイトが終わり店の裏に止めてある自転車に乗った。夜道を街灯と自転車のライトを頼りにゆっくり進む。

 酒が残っていたせいか朝調子が悪かった。大学行ってバイトが終わる頃にはもうへとへと。今日は帰って復習する気力もない。夕食は済ませてあるのであとは風呂に入って寝るだけにしよう、と思っていたが川村さんのことを思い出した。彼女大丈夫なのかな?顔出した方がいいかな?そう考えているうちにアパートに到着した。駐輪場に自転車を止めて2階を見上げる。電気がついている部屋は5室のうち3室。2階に上がり表札を確認していく。悩む必要なんてなかった。「川村」とマジックで書かれた表札が貼られた部屋には電気が点いている。

チャイムを押して返事が返ってくるのを待った。しかし、なかなか返事が返ってこない。寝てるのかな?仕方がないので今日は諦めることにした。



 部屋に戻り風呂に入った後、日記を開いた。確か前回の質問は50年後の恋愛事情について聞いたはずだった。

『50年後、社会的に問題になったのが高齢化問題です

 以前お話したようにインターネットの高い普及が

 人間関係のコミュニケーションを減らしてしまいました

 また、人との付き合い方が分からないと言う若者が増えた結果

 未婚の男女の比率はかなり高くなってしまいました

 そして高齢化・少子化が進み深刻な社会問題となったことにより

 政府がある博打を打ちます

 それが『縁結び法』です。浩平さんの時代から約20年後に成立する法律です

 これは20代から30代までの戸籍のある男女全員に心理テストや

 身辺調査などあらゆるデータと既に結婚している夫婦のデータを参照して

 各人のベストカップルと思われる組み合わせ作成

 政府の命令でその組み合わせになった方と3日間一緒に生活するという

 お試しカップル期間を強制的に作るようにしました

 その後お付き合いするかどうか各人の自由です

 この法律は最初大きな非難を受けました

 憲法違反、人権無視など当時は大きな話題になりました

 しかし、政府は強引にこの法律を成立させ施行したのです


 結果から言うと、政府はこの賭博に勝ちました

 対象者全体の47%が結婚したと言う結果になりました

 また、結婚できなかった人(独身を希望した人も含め)に対しても

 追跡してお付き合いできる場を設けるなどして

 機会と環境をを整えていきました

 今夫婦全体の約3割から4割の人がこの方法で結婚しています

 また、50年前と同じように合コンや街コンなどもあります

 趣味や活動の中での恋愛も昔と代わりません

 恋愛小説やその手のドラマも50年前と変わらず人気がありますよ

 ただ、50年前と違うのは「縁結び法」の影響で妙な恋愛価値が生まれており

 「縁結び法」によってできた恋愛を「養殖」

 昔みたいな通常の恋愛を「天然」と呼ばれていてます

 「天然」の方がやはり周りから羨ましがられますが、少数派です

 独身の私が言うのもなんですが

 恋愛をするという感情は今も昔も変わらないと思います

 これは不変ではないでしょうかね

 「縁結び法」で結ばれたカップルも、現状には満足しているとのことです

 さて今日の質問ですが、合コンはどうでしたか?

 気になる女性は見つかりましたか?

 感想をお聞かせください                         』


 未来の恋愛は何とも打算的というか、夢がないような気がする。僕はロマンチストではないが、縁結び法はお断りしたい。一応ベストの相手を選んで満足いく結婚生活を送れるらしいけど、そんな統計学的なもので人生を選定されるのが嫌だな…。気を取り直して返事を書くことにした。ペンを鞄から出して、さあ書こうとした時チャイムがなった。こんな夜遅くに誰だろ?

「どちら様ですか?」

「や、夜分遅くすいません、昨日お世話になった川村です」

「ちょと、ちょっと待って」

 パジャマ姿だったが慌ててその辺に脱ぎ捨てていたシャツとジーパンを履いた。平然を装いドアを開ける。そこには合コンの時と同じ服装の川村さんが大きな紙袋をもって立っていた。

「先ほど私の部屋のチャイム鳴らされましたよね?」

「ええ、まあ。返事がなかったのでいないかと思いました」

「すいません、寝てました。…あの、昨日はご迷惑をおかけしました」

「気にしなくてもいいよ。それよりもう大丈夫?」

「まだちょっと気持ち悪いですけど、なんとか。これ、田舎から送ってきたものです。良かったら受け取ってもらえませんか?」

 紙袋を受け取った。中には丸々太った玉ねぎと大根なんかの野菜が入っている。とてもおいしそう。

「ご両親は農家なの?」

「そうなんです。すいません、こんな物しかないんですが」

「いいえ、大歓迎ですよ。こう見えても料理が好きなんで」

「そうなんですね。その、喜んでもらえて良かったです…」

 なぜか妙に気まずそうな顔をする川村さん。変なことを言った覚えはないけど。

「それじゃあ、私帰りますね」

「あ、うん。それじゃあ、また」

 川村さんはそそくさと逃げるように2階に上がっていった。何か悪いこと言ったかな…。ドアを閉め、もらった野菜を保存した。そして再び日記に向かい合う。


『未来の恋愛事情は

 僕にはちょっと受け止められないかもしれませんね

 もしかしたらロマンチストなのかもしれません

 まだ彼女がいたことがないので分かりませんけど

 

 合コンですが、気になる女の子は確かにいました

 小柄で色白な優しそうな女の子です

 あんまり話はしてなので詳しい事は分かりません

 ただ、かなり好みとだけ言っておきます

 また何か進展があったら報告します              』


 今日はあまり書けなかった。疲れてるのでこれが限界。0時を待つ前に寝てしまった。



 目覚まし時計のベルで目を覚ます。今日は大学もバイトもない。目を擦りながら大きくあくびをする。昨日開いたままの日記が目に付いた。そこには見慣れない文字が書き足されている。


『同期に失敗しました。チャンネルを自動調節して2時間後に再同期を試みます』

『同期に成功しました。調節角度X軸1度未満、Y軸1度未満、Z軸1度未満。誤作動レベルです』


 1年半日記を書いているけど初めて見た。なんだろうこれ?電波受信失敗したみたいな感じ。まあ、誤作動レベルと日記が言ってるし、気にしなくてもいいのかな。

 簡単な朝食を作ってのんびり食べた後、久しぶりに編み物をやった。細い毛糸で作ったマフラーで残り15cmぐらい。時間に余裕がなくて、もう寒くなったと言うのに完成していない。黙々と作業に集中しして編んでいく。昼の1時ごろに完成。ゆっくりとやったせいで3ヶ月もかかった。ハンガーにかけて眺めてみる。黒と白のチェック柄のマフラー。まあまあの出来かな。お腹が空いたので商店街に行くことにした。



 商店街で食料品をまとめ買いした後にアーケードを散歩した。この商店街はやたら広く、店の数が多いので1年半経った今でも新たな発見がある。大学が近くにあるということで、老若男女様々、国籍も様々。

 とりあえず昼ごはんを食べたいので、飲食店が比較的多い場所に向かった。うどん、ラーメン、丼、喫茶店、カレー、和食、洋食、中華料理、インド料理店、なんでもある。その途中にある花屋「フラワーガーデン」に見覚えがある人が働いていた。少しためらいながらも声をかけてみる。

「こんにちは、川村さん」

「えっ、あっ、こんにちは」

 突然声をかけたせいで驚かせてしまったようだ。ブラウスにジーパン、お店の名前が入ったエプロンをつけて棒立ちしている。

「ここで働いてたんですね」

「あ、はい。アルバイトです」

 妙に緊張している。僕が怖い顔でもしてるのかな、と思っていると店の奥から店主らしき女性が姿を現した。同じく店の名前が入ったエプロンをつけた快活そうな女性だ。

「いらっしゃいませ。あら?もしかして、恵美子ちゃんのお友達?」

「え、はい」

 店主は「へぇー」と言いながら僕を見た。そして川村さんの肩を叩きながら「ちょっと待ってなさい」と言って店の奥に戻っていく。うつむき加減に川村さんが尋ねてきた。

「あの、何か御用ですか?」

「いいえ、特に用事って訳ではないです。ちょっと挨拶しようと思って」

「そ、そうですか。えっと…」

 話が続かない。残念ながら、これまで女性とあまり付き合いがなかった僕には何を話せばいいのか分からない。そこに先ほどの店主が何かを持ってやってきた。

「恵美子ちゃん、まだ昼休みとってないでしょ?この前、そこの喫茶店のマスターからチケット2枚もらったんだ。一緒に行っておいで」

 そう言って、川村さんにチケット2枚を渡した。チケットには「パンケーキとコーヒーのセット―無料招待券」と書かれている手作り感たっぷりのチケット。

「良ければ、一緒に行きませんか?」

 顔を真っ赤にして川村さんが聞いてきた。もしかして、ずっと恥ずかしがってたのかな?

「喜んで、ごちそうになります」

「あの、少し待ってもらえますか?」

 川村さんがパタパタと店の奥に消えていった。女店主がそれを見送った後に僕の方を振り返った。

「あの娘、男の人の前だと引っ込み思案だから君がリードしてあげてね。それと、これを君からプレゼントってことで渡してあげて」

 売り物の小さなバラの花束にさっとリボンを付けてを渡された。どういうことだ?そう思っていると店の奥から上着を着た川村さんがやってきた。僕が持ってる花束にすぐに気がついた様子で不思議そうな顔をしている。

「誰かにプレゼントですか?」

「えーとですね、川村さんに」

「えっ、何で私に?」

「その、お近づきの印に」

 気の利いたことが言えないな、と悔やみつつ花束を川村さんに渡す。川村さんは小さな花束を両手で受け取り、顔を真っ赤にして小さく「ありがとうございます」とお礼言われた。

「恵美子ちゃん、その花束預かっておこうか?」

「あの、お願いします」

「はいはい。じゃあ、いってらっしゃい」

 店主に見送られながら近くの喫茶店に二人で向かった。



 喫茶店で川村さんと40分ほど話をした。花屋の店主のアドバイスどおり、自分から話して川村さんに尋ねるようにしてみると意外と話してくれる。しかも結構積極的に。おかげで川村さんの事が少し分かった。

 川村さんは僕と同じ大学の文学部に通っている。自他共に認める本の虫で本が大好き。休みの日は古本屋に行って本を探したり読んだりするのが趣味だそうだ。今は従姉妹の花屋さんでバイトしながら大学に通い、将来は出版社なんかに就職を希望している。引っ込み思案な性格を直すために町内のお祭や今回みたいな合コンなどに積極的に参加しているとのこと。

 店を出るとき、思い切ってメールアドレスの交換を申し出た。彼女は驚いた顔をした後に慌てて携帯電話を取り出した。そしてアドレスを交換した後、彼女を花屋まで送ってアパートに帰った。

 家に帰り荷物を片付けて晩御飯の準備をしているとメールが届いた。相手は川村さんだ。


『今日はありがとうございました。私は男の人と話すのが苦手なのでうまく話せなかったと思います。もし早良さんの時間がある時、暇があればまたお話ししてもらえると嬉しいです。今日は本当にありがとうございました』


 そこまで感謝されるようなことをした覚えはないけど、喜んでもらえてよかった。早速返信する。


『こちらこそ、ごちそうさまでした。僕が暇な時はメールします。もし予定が合えば、またお話をしましょう』


 短い…と思ったのは日記を書いているせいだろう。ネットによるコミュニケーションは早い分、短い。長く書けばいいんだろうけど、そこまで頭を回す人も少ない。日記に慣れると普段使っているせいかハイテク機器に妙な偏見を持ってしまったようだ。



 その日の夜、いつも通り0時前に日記の前に座っていた。今朝の同期失敗が気になる。そして0時になり、みらいからの日記が送られてきた。


『こんばんは、浩平さん

 まず今日、同期失敗した件です


 「クロノノート』は50年後に向けてデータを送信しているわけですが、ある理由によりそのデータが届かないことがあります。それは時間軸の変化、簡単に言うと50年後の未来が変化した時です。つまり、こうして交換日記したことにより未来が代わってしまった可能性があります。幸いなことに、まだこうして日記のやり取りができると言うことはそこまで深刻な問題にはなっていないからでしょう。

 まだ誰もタイムトラベルや過去に戻って活動をしたことがないので、実際どのようなことが起こるかわかりません。ただ、大きな変化の原因は大小様々です。私も日記を書くときは注意するようにします。これからもよろしくお願いします。


 合コンの報告ありがとうございます。未来では「縁結び法」により事前に合コンを行う旨を申請すると助成金が出るほか、盛り上げ隊というNGOのグループが派遣され場を盛り上げてくれます。ところで、浩平さんに気になる人がいるとの事ですが交際はスタートされましたか?良ければその後の報告してもらえると非常に助かります。ただ、プライバシーに関わるので無理にとは言いません。ご協力いただければで結構です                                 』


 歴史が変わった、らしい。50年後にいるみらいからすれば変化が分かるかもしれないけど、僕は今を普段どおり思ったとおり生きているので歴史を変えるきっかけが何なのか全然分からない。それは小さかったり大きかったりするらしいけど。

 返事は明日書くことにした。みらいと交換日記をして変わったこと…少ないようで多い。昔のことを思い出しつつ布団に入っていたら、そのまま寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る