第7話 そして大地へ
「なんで、今になって言い争っているんだ。あいつらは……」
自分は思い返していた。
花咲と時見が、あんな風に言い争っている風景を見たことがなかった。あの二人は、生徒会の会長と副会長で、前期も副会長と書紀として在籍していたので何かしらの関わりを持っていたことはわかっていた。加えて、何度も二人が話しているところを見ていたから、てっきり仲が良いのかと思っていたのだ。
しかし、ちょうど去年の文化祭の後だろうか。時見がどうしてか花咲を露骨に避けるようになり、少なくとも自分の見る限り話をしている姿を見たことがなくなったのだ。
それを見て、もともと恋人で別れたのだろうかと思っていた。
しかし、それよりも花咲があんなにも感情をあらわにして他人を虐げるなんて思いもしなかった。
今まで見た彼女は、百合薔薇の残りの三人にも言えるのだが他とは一次元ぐらい違う場所に生きていて、そこから自分たちを見下しているようなそんな印象を抱かせた。事実、彼女たちが感情を表に出すのは友人である百合薔薇だけであって、他の人間と接するときには当たり障りのないぐらいの感情しかこもっていないように思っていた。
そんな彼女が、時見に今まで見たことのないほどの憎悪を向けている。一体、何があったのか。とても、気になった。
「……女誑かしと言われても構わない。だが、それでも君たちと協力関係を結びたいんだ」
時見が頭を軽く下げる。
あんなにもプライドの高い時見が、頭を下げてまで懇願していることに困惑する。一体、何が彼をそこまで突き動かすのか、少し同情したくなってくる。
「それはそっちの都合でしょ。私たちには私たちの都合があるの、わかる?」
しかし、花咲は自分の矜持を曲げてでも実行した時見の行動を鼻で笑い、下劣なものを見るような瞳を彼にぶつける。彼女の後ろにいる三人も同様の感情を躊躇なく溢れ出させている。
彼女たちの禍々しい雰囲気が周囲に充満していく。その影響で、自分の周囲にいる人々の顔が真っ青に染まっていく。おそらく、自分も同じような表情をしているのだろうと思う。彼女たちの威圧感とも呼べる空気を味わって、平気な顔をしている人間なんて、それこそマイペースなアホぐらいしかいない。
「どうしたっすか先輩!顔が真っ青っすよ!血が足りていないっすか!肉はいっぱい食べているんすか!!」
周囲の恐れを諸共しないのか、隣の種子島は相変わらずのマイペースさで普段と変わらない様子で自分の方を見てそんなことを言い放つ。
「……確かに顔は真っ青かもしれないが、肉は食べているぞ」
「じゃあ、食が細いんすね!ダメっすよ、たくさん食べなくては!」
「お、おう、そうするよ……」
彼女の体が自分に迫る。今は、文先輩がここにはいないからか容赦なく体をくっつけてくる。
確かに、当初の目的の彼女を捕まえて連れて戻るだから都合がいいのだが、スタイルの良い美少女の体が密着するのは煩悩が溢れ出そうになって危ない。
だからと言って、周囲の人間が密集している中で彼女を振りほどこうとすれば当然迷惑がかかってしまう。自分は、基本的にコミュニケーシュンが苦手であるから、何も知らない赤の他人と唐突的な会話をするのは避けたいと思う。
そこまで考えてから、しょうがないと思いながら彼女の接触を我慢することを決意した。
再び、前方に視線を集中する。そこでは、花咲が時見に一方的に罵倒を投げかける場所となっており、もはや彼がかわいそうに見えるほどに悲惨な現場だった。
正直言って、たくさんの女子から好意を受けていたり、完璧超人だったりする時点で気にくわないやつだと思っていたが、この現場を見るとその嫉妬も薄れそうになる。
「ちょっと良いか」
彼が罵られているところに、彼の後方から一人の巨漢が前に出る。
高身長な時見よりも頭一回りほど高く、肩幅も広い筋肉質な野生な男だった。
「誰、あなた?」
「まあ、こいつの友人の榎本陽介ってもんだ。ちょっと、こいつの弁護をしたくてな」
榎本陽介と名乗った男は、不敵に笑みを浮かべる。
彼の名前は学園でも有名だった。学校のどの部活や委員会にも所属していないに、誰よりも運動神経が高く、学園にいた不良を鎮圧して改心させるというまるで警察のようなことをしている人間だった。桐嶋好が入学してからは、学園一位の身体能力者という肩書きを脅かされそうになっていたが、それでも死守し続けていた怪物のような存在だ。
その彼の所業から、彼は存在していない委員会から名前をとって風紀委員長と呼ばれていた。
それだけでも彼を有名にするには十分なのだが、時見と親友の青だがらという点がさらに彼の名前を広めていた。
そんな彼の姿を時見に向けるのと同じ目で見ながら、花咲は口を開く。
「榎本陽介……ああ、筋肉バカの。で、その脳筋のあなたに何かできることでも?」
「ひどい言われようだな……。まあ、あながち間違ってはいないんだが」
榎本はふうと体の力を抜くように、息を吐く。
「確かに俺ではお前を言い負かす事は出来ないだろう。だから、言い負かそうとは思わない。しかし、聞きたい事があるんだ。どうしてお前たちは俺たちに協力してくれないんだ?」
「さっきも言った通り、こっちにはこっちの事情があると言ったはずだけど」
「そんなことはわかっている。だが、俺たちとしても必死でお願いしているんだ。だから、その事情とやらが何なのかを教えてもらわないと引き下がれないんだよ」
榎本の目つきが鋭くなる。その瞳には明らかな敵意が込められていた。おそらく、親友の時見の姿を見て怒りを覚えているのだろう。彼の握りこぶしからは血がポタポタと溢れている。それほどに力が込められていた。
彼の敵視を感じ取った花咲は、それでも様子を全く変えなかった。
「ああ、知りたいの?簡単よ。単純に、足手まといなの、分かる?」
「それはやってみないとわからないだろ」
「いいえ、分かるわ。だって、あなたたちは私たちになれないもの」
「おい、それはどういう……」
榎本が花咲に追求しようとしたタイミングで、宮殿の鐘の音が鳴り響いた。
それを聞いて、花咲は時計を見る。長針は、11を指していた。
「時間ね」
彼女はそう呟くと、目の前の勇者派の人間たちを無視して後ろにいる三人に目配せをして宮殿の入り口に向かって歩いていく。
「おい、待て!俺の話はまだ終わっていないぞ!」
彼女のあまりにもひどい扱いに陽介は声を張る。
彼のその言葉を聞いて、入り口に続く階段を上る四人は振り返って彼らを見る。
「いいえ、もう終わったわ。これで気付けないのなら、貴方達が私たちに協力できることなんてないわ。じゃあ、失礼するわね。せいぜい、馴れ合いでもして慰みあっていなさい」
花咲はそう言うと、再び階段を上ろうと前方に振り向こうとする。
しかし、その最中に彼女とふと目があった。いや、もしかしたら自分の勘違いかもしれないが、確かに合ったような気がした。
「どうしたんっすか?」
「いや、なんでもないさ」
種子島の声に反応してから、再び花咲の方を見る。
彼女はすでに前方を向いて階段を上っており、後ろ姿しか見えなかった。その背中は、すでに話は終わったと高らかに主張しており、事実周囲の観客はすでに散り散りになっていた。
「終わりましたか」
後方から声が聞こえたので振り返ると、少しばかりむすっと不機嫌な顔をした文先輩がいた。
そういえばずっと放置してしまったなあと思い、申し訳なく思った。
「あ、はい。すみません、待たせてしまって」
「全く、その通りです。今度、埋め合わせをしてもらうことにしてもらいましょう」
「ええ、まじっすか!」
「貴方ではありませんよ、種子島さん。私は、天海君に言っているのです」
「そうっすか!」
文先輩は自分の腕にしがみついていた種子島を引き剥がしながら、宮殿の入り口を見る。彼女の視線の先には、百合薔薇の四人がいた。
「そういうことですか」
「どうしたんですか」
「いや、なんでもありませんよ。ただ、哀れだと思って。もう、時間もありません。中に入りましょう」
「あ、はい」
最初に歩き始めた先輩の後を追うように、種子島と一緒に追う。
先輩が何を思ったかはわからないが、あまり追求することは避けた方がいいのかもしれないと思い。素直についていく。時間もあまりないし、聞くとしても下に降りてからでもいいかなと思った。
「……ん?」
何かの視線を感じて背後を振り返る。
しかし、そこにはうなだれている時見とそれを囲むようにさせている勇者派の人間しかいなかった。もちろん、自分を見ている人間はいなかった。
「どうしました?」
「いや、気のせいでした」
すぐに前方に視線を戻して、入り口を目指す。
しかし、自分はこの時見過ごしていた。
うなだれている時見の目には確かな暗い感情がこもっていたことを。
宮殿の最下層には、湖があると聞いたことがあった。
そもそも空中庭園は、ユグドラシルという希少な大木の生命力とあらゆる魔法陣が計算されて組み合わさり、それ自身が魔力を創造する空中都市の核となるプリズムによって成り立っている。
ユグドラシルは栄養素として魔力を必要としている。そして、その魔力を吸収して生命活動を可能とし、その際の不要物として根から生命の雫と呼ばれる魔力を濃縮した貴重な液体を生み出す。
それが、溜まりに溜まって根の最先端がある最下層には湖ができていると聞いたのだ。
そして、今、自分はそれが本当だったと知ることになった。
階段を降りた先に見えたのは、夜空の下の湖のようで根から垂れる液体は流れ星のように見えた。
魔力が潤っているためか、とても活気がいい場所で所々に生えている苔がとても生命力にあふれていた。
「すごいですね」
文先輩はこの光景を見て、そう呟いた。
そう思っていたのは彼女だけじゃない。隣にいる種子島もいつも以上に目を輝かせていた。
そして、自分も例外なくそう思っていた。
「ええ、そうですね。とても、綺麗です」
「私もそう思います。この世界に来て、良かったと思うほどに」
先輩の笑みが湖の輝きに照らし出されて魅惑的に見える。
少しばかり、心が高鳴った。そんな、気がした。
「みなさん、こちらです!」
聞き覚えのある声が聞こえたので、聞こえた方に顔を向ける。
すると、湖の中心の小島のような場所にユミルフィアがいた。そばには、先に行っていた百合薔薇の四人と見覚えのない一人の少女がいた。
とりあえず、彼女の言うことを聞くしかないと思ったので近くにかかっていた橋を使って彼女の元へと向かう。
自分たちの動きに触発されたのか、後ろにいた勇者派の面子も橋を渡り始める。
島に着くと、その地面には魔法陣が展開されており、ユミルフィアはそこから外れたところに立ち、元々いた百合薔薇を含めた五人はその中央に立っていた。
「では、みなさん。魔法陣の中に立ってください」
ユミルフィアの言葉に従い、なるべく小隊の二人と離れないように固まったまま魔法陣の中に移動する。
その最中に、誰かが背中にぶつかってきた。
「痛っ」
少しばかり痛みが走ったが、特に怪我というほどではなかった。
後方を振り返る。しかし、そこには加害者らしき人間はいなかった。
少しばかり、ムッとしながらもユミルフィアの指示に従い動いていく。
各々が配置についたことを確認したユミルフィアは言葉を紡ぐ。
「それではみなさん。これから、あなたがたを大地の最前線基地グランへと送り届けます。ですが、その前に一言だけ言わせてください」
ユミルフィアはすうっと息を大きく吸って、覚悟を決めたかのように表情を改める。
「また、この空中都市に足を踏み入れてください。きっと、そう思ってくれていれば生き残れると思うので」
彼女は、にっこりと笑顔になる。
その表情を見て、彼女と会話した時間を思い返す。彼女のこの笑顔は、きっと純粋に自分たちのことを想ってのことだろう。そして、だからこそ、彼女は決して笑顔を解かないのだろうと思った。
ユミルフィアはきっと不安なのだ。自分のせいで誰かが死んでしまうことに悲観している。彼女は、空中都市の主人であり、同時に民を束ねている立場だ。彼女がいなくなることは、空中都市の終焉を意味する。だから、出たくても前線には立てないのだ。
ユミルフィアの笑顔を胸の中に刻みつける。そうすればきっと、彼女の願いの通り生き残ることができるような気がするから。
彼女は笑顔のまま、自分たちに力を授けたように両手を掲げる。
「それでは、どうか皆様に天明のあらんことを」
彼女は、そう祈るように優しく祝福する。そして、再び、転移するための鍵を解放する。
【開け、天界の門。封印の鎖を解放し、今、運命を導くときぞ】
魔法陣が輝きを増していき、自分たちを包み込んでいく。ほのかに暖かな魔力が体を癒していく。
そう、感じているとふと両脇から腕を掴む感触がした。
「少し、不安なので」
「なんか、摑まりたいと思ったっす!」
そんな二人の様子を見て、ふと笑みを浮かべる。
彼女たちは不満なのだ。大地という、戦場に送られることが恐ろしいのだ。
それは、自分も同じだ。恐ろしくないわけがない。いつ死んでもおかしくがない場所に行くのは未知の体験だし、それこそ恐怖を際立たせる。
だが、自分は彼女たちの隊長だ。だからこそ、強がって見せなければいけない。これは男の意地でもあるから。
体全体を光が包み、自分の所在が、存在が曖昧になっていく。
そこで、ふとユミルフィアを見たくなったので彼女の方に視線を向ける。
朧げになる意識の中で、彼女はどうしてか目を見開いて手を差しのばしていた。
それがどうしてなのかわからなかった。しかし、そのことを考える前に自分の意識は消え去った。
意識がはっきりする。
転移の影響だろうか、少しばかり視界が安定しない。
視界が明瞭になる。
そこで、自分は違和感に気付いた。
「おい、ここはどこだ」
周囲を見渡す。
しかし、周りは木々に包まれていて、明らかに基地のようなものは見えなかった。
最悪の事態を想定する。しかし、その予想した事態が自分たちの目の前に現れていた。
「まさか、これは……」
「周りは森ばっかっすね」
自分と同じ思考に行き着く文先輩と相変わらず能天気な種子島。
それを聞いてから、思わず溜め込むのも無理になり、こぼしてしまった。
「まさか、転移に失敗したのか……?」
頭上を見る。
そこは雲ひとつない空が広がっており、黄金の月が笑っていた。
空中庭園ユミルフィア ヒレ串カツ136円 @kanitama
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