第6話 影の落ちる夜

 木刀による剣戟が続く。

 木と木が勢い良くぶつかり合う音が、公園を支配する。

 種子島の不可視の攻撃を、網を張ることでどうにかして対応している。相手が大きな動きをするのに対して、こちらは必要最低限度の動きで対応すればいい。確かに、相手の勢いもあるがそれはうまく受け流せばいい。

 しかし、もちろんそれにも限界がある。

 あくまで、自分の用いているものは魔法だ。魔法には耐久限度というものがある。展開される紋章、魔法陣はあくまで人の生み出したものに過ぎない。それに終わりがあるのは当然だ。

 現在、自分の展開した網は種子島の度重なる攻撃により崩壊寸前にある。それが解除されたならば自分にとって厳しい戦いになるのは目に見えていた。

 だからこそ、対抗策を考えなければならないのだが。


「ほらほら!そんなんじゃあ捌ききれないっすよ!」

「くっ」


 種子島は、その攻撃を緩めるどころかより一層激しく続けていた。そのせいで、彼女の攻撃を捌ききることに思考が集中してしまい、対抗策を考える暇がなかった。

 幸いなことに、この手合わせのルールのためか理不尽な攻撃がないが、それでも強力な戦闘能力を持っていると認識するには十分だった。種子島も簡易的な魔法は扱えるはずだから、それが組み合わさると思うと恐ろしく感じる。

 だが、逆にそんな彼女が自分の小隊に配属されたことを考えると、思わず笑みを浮かべてしまう。


「やっぱり、俺は運がいいんだな」


 頭は残念そうだが前衛を完璧にこなすだろう種子島と、信頼の置ける後衛の大賢人の天職を持つ文先輩。こんなにも、完璧な隊員を持ったことに自分の運の良さに感謝する。


「だからこそ、俺も見合う何かを示さなくちゃあな!」


 彼女たち二人に見合う何かをここで示す必要がある。それができなければ隊長として、隊員を率先することができないと思った。二人に無い、何か別のものを、だ

 今までの戦闘でわかっている通り、種子島は自分には目視のできない攻撃を繰り返してきている。だが、文献で調べた限り自分と同じくらいのレベルで目視できない攻撃は理論上存在していないはずだった。だからこそ、彼女の攻撃には何かしらの仕組みがあるはずだった。

 探せ、それが自分を勝利に導く鍵のはずだ。


「他のことを考えている暇はあるっすかね!」


 どこからか聞こえた種子島の声とともに、魔法陣が破壊された音が鳴り響く。

 これで、彼女を認識する方法が失われた。彼女も、再び自分に結界を張らせる暇を与えないだろう。


「くっ」


 自分は直感で種子島の攻撃を避けながら、公園の入り口付近まで急いで移動する。

 そして、慣れた手際できている服のポケットから魔法陣の描かれた紙を取り出し、地面にそれを置く。すると、自分の後方に大きな壁が出現した。

 これで、少なくとも後方半分は攻撃されないことなる。あらかじめ用意された魔法陣に魔力を通すだけだから、発動することができた。以前に魔法専門店にいたっときに余分に買っておいてよかったと思いながら、再び神経を研ぎ澄ませる。

 あくまで応急措置程度であり、種子島を認識するという彼女を打倒するための最低条件をなしていない。だからこそ、彼女の力の正体を、少なくともその一端を看破する必要があった。


「それでどうにかするつもりっすか!」

「どうにかするさ!」


 再びポケットから紙を取り出し、魔力を込めてから前方に投げる。

 すると、紙は眩しく強い光を輝かせた。これは、閃光魔法。相手の目をくらませるためだけの魔法であり、視覚のある光に耐性のない魔物、もしくは人間にしか通用しない欠陥魔法だ。

 しかし、今回の相手は人間だ。だからこそ、通用する可能性があると思い、使用した。


「うわっ、眩しいっす!」


 その策が的中したのか、彼女の瞳にも効果があったのか悲鳴のような声が聞こえた。そして、光の広がりとともに、自分の目の前に彼女を捉えた。そして、目を拭って自分を見てから距離を取るためか彼女は後方にひとっ飛びし、影の中に紛れた。


「ん?」


 そこで自分は疑問に思った。

 あくまで仮定ではあるが、彼女がもしも自分に認識されないぐらいの速さを持っていたとするならば瞬時に自分の首もとに短刀を突き出して勝負は終わっていただろう。

 だが、彼女はそれをせずに一瞬の判断で閃光が消えていく中で戻っていく夜の帳の中に帰っていった。そして、すぐに気配を無くし、姿を認識させ無くした。


「まさか」


 思い立ったが吉日。自分は、後方の壁を放置しつつ、公園内にあるすぐ近くの街灯の下へと動く。

 すると、先ほどまで激しかった攻撃は嘘のように止み、静かな空間が生み出された。

 後方から、草しげみが揺れ動く音がした。それを聞いて、冷静に木刀を後方に添える。すると、予想通り、衝撃が伝わった。自分は、突撃してきたその正体の腕を掴みとり、慣れた動きで逃げられないように地面に抑える。

 そこには、種子島がいた。


「やられたっすっ」


 彼女は抑えられながらも、抵抗する力を残しつつそのようにこぼす。その瞳は未だに勝負をあきらめていない、勝利を貪欲に狙っていく獣の強さを持っていた。。

 ふうっと、彼女を捉えたことに安心し、張り詰めていた精神をすこしだけ緩めてから文先輩を見る。

 彼女は、自分の目を見て察したのか一度時計を確認する。時計の長針は9を指していて、ちょうど開始してから5分が経ったことを示していた。


「時間切れです。見た様子、天海君の勝利ですか」

「うわーまじっすか!ちょー悔しいっす!!」


 手合わせの終了とともに、抑えるために強く締めていた手を緩くすると種子島は活気のある声でそう発した。

 彼女のその姿を見て、本当に純粋に手合わせを楽しんでいたんだなあと感想を持った。

 そう感じていると、彼女は自分の元へと近づき右手を抱えるように両手でつかんだ。


「さすがは僕の隊長、こうして手合わせをして良かったっす!」

「そ、そうか、それなら良かった。俺みたいな未熟者との手合わせに満足してくれて嬉しいよ」

「いえいえ、先輩は未熟者ではありませんって!今までに手合わせした相手の中で一番手応えがあったっす!」

「あ、ありがとうな」


 種子島は星のように輝いた瞳で自分に顔を目と鼻の先ぐらいに近づけて称賛する。

 今まで、異能も上手く扱えず、天職のこともよくわからなくて落ちこぼれだと考えていたが、そうやって純粋に褒められると嬉しくもあるがどこか心恥ずかしい。

 加えて、美少女の彼女の顔がこう近いとどうも心が乱れる。ぼっち歴が人生のほとんどを占めている自分にとって、これはどんな攻撃よりも効くものだ。


「少し、離れましょうか」


 と、そこに先ほどと同じようにちょうど良いタイミングで文先輩が間に入って引き剥がしてくれた。相変わらず、空気の読めるいい人だなあと心の中で礼を言う。

 引き剥がされた種子島はどうして離されているかわからないようで、首をかしげていた。

 再び彼女がアホの子だということを実感した。

 と、そう思っていると、種子島が輝きの眼差しのまま口を開いた。


「ところで、どうして僕が後ろから来るって分かったんすか!」


 彼女は興味津々に聞いてくる。

 反省点を聞くのは当然だろうなと思い、口を開く。


「あくまで自分の想像なんだけどいいかな?」

「いいっすよ!是非是非!」

「じゃあ、歩きながらでいいか?時間的にそろそろ宮殿に向かわないと」

「あ、ちょっと待ってくださいっす!」


 そう言うと、彼女は忍者映画でよく見る印を結んでぐぬぬと何かを念じる。

 一体何をしているのだろうか。

 そう思っていると、彼女は用が済んだのかふうと力が抜けるように印を解いた。


「もう大丈夫っすよ!」

「では、向かいましょうか。幸い、今の時間ならば、少し余裕がありますね」


 文先輩の声で、自分を含めた三人は宮殿を目指して歩き始める。

 右隣に文先輩。左に種子島を侍らせている自分は、端から見れば女たらしに見えるだろう。確かに彼女たちは美少女で魅力的ではあるが、自分では彼女に迫るような行為はできない。

 長い間、しかも青春時代のほとんどを孤高に過ごしてきた人間にとって、女性、しかも美少女にアプローチをするなど、それこそ激流に飛び込むぐらいに勇気のいることなのだ。

 というわけで、必要なこと以外は相手側から振られない限りできない自分なのだが、左側の視線が痛い。


「……!」


 視線だけを種子島に移す。

 そこには、好奇心旺盛な子供のような少女が自分が語り始めるのを待っていた。

 まるで、餌をもらいたがる子犬のようだなと思いながら、彼女の要望に応えるように口を開く。


「で、さっきのことなんだけど。俺はずっと種子島の速さに疑問を持っていたんだ。鍛錬している時間はそう変わらないから、少なくとも相手ができないほどに力が開いているはずはないと思ってね。実際、文献を見ればその考えの正当性はわかってもらえると思う」

「本を読むのは苦手っす!特に文字が多いのは悪意を感じるっすね!」

「……で、俺は考えたんだ。能力的に差がないんなら、きっと異能の差じゃないのかって。さっきの手合わせは、始まってからずっと種子島の異能がどんな能力を持っているのかを探っていたんだ」


 「でも」と言葉を続ける。


「正直言って、全くわからなかった。というか、魔法陣を破壊されて壁を作ったあたりから正直負けるんじゃないかって思った。でも、あの一手で俺は種子島の、少なくても能力の一部を悟ることができた」

「光っすか?」

「そうだ。あの時、種子島は素直に俺の首を狙いにくればよかったんだ。完全に手詰まり状態だったし、戦った感じ近接技術も種子島の方が上手だったし。だが、そこで大きく後退して影に紛れることを選んだ。そこで、俺に一つの勝算を生み出させてしまったんだよ」


 すうっと息を吐く。

 街灯が、自分たちを照らし出す。


「そう、種子島は影になっていた。これに違いはないか?」


 その言葉に、種子島はおおっと驚いたように言葉を吐いた。

 

「あってますよ先輩!さすがに全てってわけじゃないけど、自分の異能の本質にそれだけの材料でたどり着くなんてすごい洞察力っす!その諜報力、まるで忍者っすね!!」

「なぜに忍者なのか」


 種子島は、自分に体を近づけて接近しようとする。しかし、その動作を途中でやめて元の距離に戻る。その姿はどこか何かを恐れているかのようだった。

 彼女の視線の先を見る。そこには、満面の笑顔の文先輩がいた。

 相変わらず、綺麗だなあと思いつつ再び、種子島の方を向く。

 それを見計らったかのように彼女は口を開いた。


「御察しの通り、僕の異能は『影』と呼ばれるもので、自分の姿を影にしたり周囲の影を操ったり、他にもいろいろなことができるっす!結構便利なんすよ!例えば……」


 彼女は適当な影に向かって手をかざす。

 すると、そこからナイフが飛び出しこちらに向かって射出される。


「危な!」

「ほいっと」


 種子島はそれをやすやすと掴み取り自分にも見せてくる。

 よく見ると、その形状といい装飾といい、先ほどまで時計に刺さっていたものと酷似していた。


「とまあ、影の中に物を保存することもできるんすよ!便利でしょう!」

「そ、そうだな」

「そうっすよね!」


 種子島は嬉しそうにナイフを適当な影へと投げ込む。すると、まるで湖へと石を投げいれたかのようにドプンと影のな中へと入っていった。

 それを見て、心の中で恐ろしいと思いつつも残念に思った。

 彼女の能力は、自分の価値観からすれば非常に強力なものだ。実際、文献にも『影』についてはいくらかが資料があった。そして、それがとても希少であり、保有した人間は例外なく強力な戦士であったという。

 そしてそれと同時に、過去の異能者のほとんどはその力に慢心して命を散らしていく運命を辿ったという。もちろん、生き残っている人間もいるので注意をしておけばきっと大丈夫だと思うので、そこはあまり気にしないことにする。

 それよりも、彼女が先ほどの影を使った能力を単なる倉庫としか思っていないことを残念に感じる。その能力は、きっとうまく使えば想像以上に強力なものになる。そんな気がするのだ。


「自分のことをしっかりと知ってもらい満足っすよ!」

「そうか、じゃあ小隊でもよろしくな」

「もちろんっす!」

「あ、そろそろ着きますよ!」


 文先輩の言葉を聞いて、視線を種子島から前方に移す。

 そこは、まるで昔の西洋の城のような様相の宮殿だった。何度も来た場所ではあるが、どうしても自分の生まれが向こう側の庶民だったためか緊張してしまう。

 隣の二人は特に動じた様子はなかった。それを見て度胸があるなあと思いながら、彼女たちの力強さを糧に入り口に向かっていく。


「ん、あれは……?」


 宮殿に近づく。すると、入り口付近で何かいざこざがあるようだった。

 着ている服を見る限り、自分たちと同じ制服であるから宮殿の関係者であることはわかるのだが、多くの人間に囲まれていていまいち様子がわからなかった。


「とりあえず、行ってみましょうっす!」

「おい、待て……って行っちゃったか」


 その騒動に好奇心が焚きつけられたのか、種子島は集団の中に勢い良く入っていった。

 それを見て、父が焼けると思いながら、彼女を一人にするのは集合時間もあるので良くないと思い、文先輩を見る。


「先輩。種子島を連れ戻してきます」

「はい。私はここで待っていますので、お願いします」

「わかりました」


 文先輩の言葉を聞いてから、種子島を追うように集団に入っていく。


「ちょっと、すいません通してくださいっ」


 彼女を探るように、集団の中に入っていく。一応、探す目的ではあるから許されるはずだ。そう勝手に思いつつ、彼女の姿を追う。

 すると、集団の最前線に彼女の後ろ姿を見つけた。


「見つけた」


 彼女のいる場所に向かって歩いていく。

 どうにかして彼女の元までたどり着いた。


「おい、集合時間があるんだから勝手に動くんじゃない」

「先輩!あれって何をしているっすか?」


 種子島は前を指差す。


「え、なんのことだ……って、え?」


 彼女の指した先を見る。

 そこには、同じく制服を身につけた人間が立っていた。

 しかし、二つのグループが向かい合うようにだが。見た様子、互いに何かを言い争っているようだった。

 だが、それよりも、もっと驚くことがあった。


「だから言っているだろう。君たちの小隊と、協力関係を結びたいと言っているんだ」

「はあ?一度死んでから出直してきてちょうだい、女誑かしのクソ野郎が」


 それは、勇者派のリーダーである時見旬と百合薔薇のリーダーである花咲輪花が言い争っている風景だったからだ。

 

 

 




 

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