第5話 アホの子と手合わせ

「あ、ため息を吐きましたね!」


 むうと少しばかり不機嫌な表情をする目の前の少女。

 種子島と名乗った少女を胡散臭そうに見ながら、口を開く。


「いや、忍者なんて職業は少なくともこの世界には存在していない。それに、初対面の人間にナイフを投げ込んで、あろうかそんなことをドヤ顔で言う人間に出会ったら誰だってそうなるだろ」


 記憶を辿る。

 確かに、この世界にも昔の日本に似た文化を持つ空中庭園があるらしい。しかし、それはあくまで似たものであり、忍者というものは存在していない。その代わり暗殺者という職業が存在しているはずなのだが。

 種子島は、まるでこちらを馬鹿にしたようにハンっと鼻で笑った。


「いやいや、わかっていませんねえ。確かに僕の天職は忍者ではないっす。しかし、あなたは思い違いをしている。僕は、向こうの世界で生まれた時から忍者なんっすよ」

「いや、訳がわからん」


 科学技術の発達した向こうの世界で旧文化の忍者など存在していないとまでは言わないが、少なくともその意思が受け継がれていると思わなかった。フィゥション小説の設定ではないのだから、無理があるだろうと思う。

 だが、彼女は自分の言ったことに何の疑いも持っていないようでドヤ顔を続けている。

 どうやら、彼女は自分のことを本当に忍者だと思っているようだ。


「どうですか。これで、僕が忍者であることは証明されたようなものでしょう」

「忍者って言ってもなあ、俺たちと同じ制服を着てるし。本当に忍者だったら、時代劇とかのくノ一とかが来ている黒装束を着るんじゃないか?」

「あ、確かにそうですね」


 自分の言葉に隣にいる文先輩が同意する。


「それじゃあ、隠密行動に支障が出るんじゃないか?というか、そんな服を着ている時点でお前は忍者失格だと思うが」

「あ、そういえばそうでした!正装を纏うことを忘れるとは忍者にあるまじき行為。この世界に転移したことで気が抜けていたっすね。ありがとうございます先輩!」

「お、おう」


 意外にも礼儀正しくて驚いた。

 てっきり、ただの脳内お花畑の残念少女かと思ったら一応の礼儀は持っているようだった。


「確か、種子島廻さんでしたよね?私たちに何か用でしょうか。ナイフを投げたところを見ると、穏便に済みそうにはなさそうですが」


 文先輩が、一番聞きたかったことを種子島に聞く。

 初対面で、ナイフを投げつけるなど正気の沙汰ではない。もしかしたら、種子島の頭が残念すぎてそんな発想に至ってしまったのかもしれないが、それはそれで危険な思想なので聞いてみたかった。


「ああ、それはっすね。ナイフの投げの練習をしていたんすよ。この世界にはクナイや手裏剣はないっすからね。要領が違うから、こうして精度を上げるために毎日練習していたっす。さすがに、朝にやると御用されるから毎晩この場所でしていたんすよ。それに、夜中に鍛錬って忍者っぽくないっすか?」

「ああ、うん、そうだね。きっと、それは忍者じゃないかな」

「そうっすよね!」


 種子島の熱心な言葉に負けて、しどろもどろになってしまう。

 どうやら、彼女は自分自身の矜持には非常に真面目であるということは素直に伝わってきた。言っていることは非常に後入り的で正しいのに、どうしてだろうか。彼女が馬鹿に見えてしまうのは。


「あと、僕も先輩方に用があったんすよ!」


 種子島は、そう言うと一瞬で自分の元にまで迫ってきて顔を自分のそれに近づけてくる。その際に見せる上目遣いの瞳がとても純粋でキラキラ輝いていた。

 普通ならば、女性の魅力に恥ずかしがるところなのだろうが、種子島に対しては特段そうは感じなかった。小柄ではあるが、魅力的な体の形をしているはずなのになぜだろうか。


 それよりも、今の種子島の迫る速さはどういうことだろうか。少なくとも、自分の視覚ではその速さを捉えることができなかった。単純に敏捷の数値が高いだけならば、レベルに差はないはずなので認識はできるはずだ。

 しかし、彼女は能力の差という言葉に片付けるにはあまりにも速すぎた。

 おそらく彼女の持つ異能と関連があるのだろうが、とりあえず、今は目の前にいる少女に意識を集中させる。


 種子島は、自分の瞳を真っ直ぐ見つめて言葉を続ける。


「僕って、確か先輩方の小隊に配属されたはずっすよね!だから、挨拶をしておこうかなと思ったんすよ!」

「確かにそうだったな。俺と先輩と、種子島の三人だったはずだ。ですよね、先輩」

「はい、そのはずです」

「だそうだ、間違っていないようだぞ」

「よかったっす!こう見えて、僕は物覚えがあまり良くないのであっているか不安だったんっすよ!」


 種子島はホッと胸をなでおろした。

 だが、自分は胸をなでおろすほど安心できない。

 種子島があまりにも接近しているので、体が密着しているのだ。彼女はスタイルが良いからか、様々な感触が触れてくるわけでどうしようも意識せざるをえないのだった。加えて、当の加害者は全く現状を理解していないからか接触することに躊躇がない。

 この状況は男にとって深刻に、辛く、危機であった。


「少し、離れたらどうですか種子島さん」


 そんな時に、救世主のごとく文先輩が救済の道を示してくれた。

 さすがは、先輩。周りがよく見えて、助けてくれる。心の中で、彼女への好感が鰻登りのごとく跳ね上がった。

 しかし、言われた種子島は首をかしげて頭に疑問符を浮かべているようだった。


「ん?どうしてですか?」

「そんなに近いと、天海君が話しづらいですよ。ですので、もう少し距離をおきましょう」

「うーん、よくわからないけどわかったっす」


 種子島は渋々と一歩後退する。

 女性特有の柔らかい感触から解放された自分は、ふうと一息ついてから文先輩を見る。彼女は笑顔で、どこか満足そうだった。


「ふう、ありがとうございます、先輩。助かりました」

「どういたしまして、天海君」


 彼女は笑みのまま優しく、そう言った。

 やはり、文先輩は自分にとって癒しのような存在だと改めて実感した。図書館の女神の異名は伊達ではなかった。

 文先輩から視線を外し、今にも動きたそうにうずうずしているアホの子に視線を移す。その瞳は、自分のことを真っ直ぐ見つめていた。


「ところで、種子島って忍者って言っていたけれどそんな戦闘が得意なんだ?」

「よくぞ聞いてくれたっす!さっきも言った通り、僕は忍者だから当然近接戦闘が得意っすよ!肉弾戦なら任せてほしいっす!」

「なるほど、やっぱり兵士長の言っていたバランスはしっかりと為されているみたいだ」


 近接戦闘の種子島。

 中衛でバランスをとる自分。

 後衛で魔法を扱う文先輩。

 気持ち的には、全体をカバーすることのできる人間をもう一人ほしいと思うが、贅沢は言えない。そもそも、大賢人の天職を持つ人間が同じ小隊にいる時点で、相当恵まれているはずだ。


 文先輩の実力は、おそらく確認するまでもないだろうと思う。多くの本を読んでいたから、魔法の知識は豊富のはずだし、小隊に配属されている時点で大賢人に見合うぐらいの魔力は保有しているはずだ。その点は安心している。

 しかし、種子島の実力は未知だ。天職も分からなければ、異能もわからない。唯一の手がかりは、先ほどの一瞬の移動速度ぐらいだ。だから、どうにかして彼女の実力を把握するべきなのだが……。


「先輩、手合わせをしませんか!」


 そう思っていると、種子島から魅力的な提案を提示があった。

 一体、どういうことだろうか、そう思っていると彼女は言葉を続けた。


「隊員の一人として、隊長の先輩に自分のことをもって知ってもらいたいっす!そして、自分も先輩がどんな戦い方をするのかがとても気になるので、ぜひ戦ってみたいっすよ!!」

「……いいぞ」


 彼女の熱意あふれる言葉に、是を伝える。


「いいんですか。出動までもう時間がありませんよ?」

「大丈夫です。軽く手合わせするぐらいですから。それに、彼女のことを知るいい機会ですから」

「……わかりました。怪我だけはしないでくださいね。すぐに敵地に赴くことになるのですから」

「十分に気をつけますよ。先輩は監督をお願いします」


 自分は、種子島に見せるように指を公園の方へと向ける。


「ここじゃあ狭いから公園に移動するぞ」

「わかりましたっすよ!」


 種子島の賛同の声を聞いてから、公園の方へと歩いていく。自分の後ろをついていくように彼女はスキップをしながらご機嫌そうな様子だった。さらに、その後ろを静かに文先輩がついてくる。彼女としてはあまり乗り気ではないのか、足取りは少し重かった。




 公園は、そこまでは広くなかった。だが、向こうの世界のような遊具はなく、ところどころに木々があることを除けば、ただ丁寧に整備された石や砂があるだけだった。

 そのおかげか、戦闘をする上で障害物もなく戦いやすい場所であった。

 その中で、自分と種子島は向かい合い、文先輩はそのちょうど中心から数歩下がった場所に位置取っていた。

 種子島によってナイフを突き刺された時計を見る。小針は10に近づき、長針は8を指していた。


「手合わせは五分だけだ。殺傷能力の高い攻撃は禁止で、それ以外だったら何をしてもいい。それでどうだ?」

「バッチリっす先輩!」


 種子島は、ウォーミングアップのようにブラブラと体を動かしたり跳んだりして、体を温めていた。その動きには無駄がないように見え、日頃からしっかりと鍛錬をしていることは目に見えていた。


 ここで自分の能力を見るために頭に念じる。すると、いつもようにわかりやすい能力表が表示された。


 レベル6。

 天職、社畜。

 筋力、36、ランクD。

 防御、40、ランクC。

 俊敏、47、ランクC。

 魔法、55、ランクC。

 幸運、100、ランクS。

 異能、ーーー、測定不能。

 異能、『器』。あらゆる職業になれる可能性がある。


 幸運を覗いて、他の転移者よりも明らかに並すぎる能力だ。しかも、異能に関してはまだ使い方がわからない。天職もどういう点で利点があるのかわからないのであてにはできない。だから、必然と戦いは自分の技量と脳をいっぱいいっぱいに使ってのものとなる。

 おそらく、先ほどの所作を見ても種子島は転移者の中でも上位の力を持っているに違いない。だからこそ、まともに戦うのは愚の骨頂だ。

 だがらこそ、彼女との手合わせの中で勝利の鍵を掴むしかない。


 文先輩を見る。彼女はこちらの動きを待っていたようだった。

 彼女に合図を送るようにうなづく。すると、彼女はそれに呼応するようにうなづき、口を開く。


「では、始めます。よーい、スタート」


 文先輩の声とともに手合わせが始まる。

 すると、先ほどまで居ても立っても居られない様子だった種子島が両手に木製の短刀を出現させる。

 自分たちには、一人につき一つずつアイテムボックスが支給されている。あくまで支給品のため、その容量はそこまで多くはないが、武器を保管する分には十分だ。


「じゃあ、僕から行かせてもらうっすよ!」


 その言葉とともに、その場から姿を消した。

 これは、先ほどの自分に迫った時の動きと似ていた。

 やはり、彼女はこの動きを中心に戦闘するようだ。

 そう考えた自分は、とりあえずこれに対抗する頭に浮かべていた方法を実行することにする。


【囲え、これぞ我が居城なる故に】


 そう呟くと、自分を中心に白色の円状の紋章が展開される。

 今用いたのは、魔法を扱うための詠唱言語であり、下に展開されているのは詠唱した結果に成立した魔法だ。

 この世界の魔法は、統一言語である詠唱言語を行使することで世界に干渉し、不条理を実現する人理を超えた方式だ。そのため、通常ではありえない事象でも魔力と発動するための魔法術式さえあれば実現可能だ。


「ーーーそこだ」


 アイテムボックスから片手剣の様相をした木刀を取り出し、ちょうど右の方向に思い切り振るう。

 すると、カンっという何かとぶつかった音がした。それと同時に、自分の右腕にぶつかった衝撃で微かな痺れが発生した。

 自分に衝撃を与えた張本人の少女は、すぐに態勢を整えるように攻撃されないほどの距離まで後退する。


「これを防ぐっすか!一体、どうやったんすか?」

「簡単だよ。種子島の動きが見えない・・・・ならば、わかるようにすればいい。まあ、つまりは魔法で網を張ったんだよ」


 木刀で下の紋章を叩く。これは、魔法陣といい、魔法を発動させる上で重要な計算式だ。これがなければ魔法は発動することができず、維持することもできない。

 それを見て、種子島はぱあっと嬉しそうな顔をした。


「なるほど!そういう手段があったんすか!」

「そういうわけだ。で、どうするんだ?まさか、これで終わ

 りというわけでもないだろう?」

「当然っす!僕はまだまだ実力の0パーセントも出していないっすよ!」


 それって動いていないじゃんと思いながら、再び姿をくらませた彼女探るために神経を集中させる。

 実際、網を展開するのは初見殺しみたいなものだ。いくら、種子島がアホの子であろうと同じ過ちは繰り返さないだろう。しかも、それを乗り越えて何かをしてくるに違いない。

 そうなると、自分には打つ手はない。少なくともこの手合わせの中のルールではだが。

 だから、考えるしかない。

 種子島に倒される前にどうにかして彼女の能力の弱点の一部分でも掴み取り、対抗できるようにしなけばならない。別に、勝利しようとか思っているわけではない。だが、向こう側の世界でのゲーマーとしての負けず嫌いの感情がどうにも主張してくる。


 負けて当然な試合などない。

 必ず、どこかに勝ち筋は存在しているはずだ。それを見つけるためにできうることすべてを取り入れて、勝利をつかむ。それこそが、自分の戦いだ。少なくとも、今は。


 背後から遅いかかってくる双刃を間一発で捌きながら、勝利の方程式を考え続けていた。

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