第4話 本の虫と忍者さん

太陽の光が、庭園を照らし、定められた風が人々の体に安らぎを与える。

 そのほのかな心地よさは自分たちを朝の眠気から覚まし、現実の世界へと呼び戻す。


 時刻にして、朝の8時。

 普段ならば、戦技訓練の始まる時間であるが今日は空気が全く違っていた。呼び出された転移者たちは、皆きちんと制服を身につけ前を見据えている。その顔に含まれている感情は人によって様々であるが、全員が欠席も遅刻もせずに訓練場に集まった。


「諸君、よくぞ集まってくれた。兵士長として感服の意を示す」


 自分たちの前には、大柄な男が立っている。彼は、この空中庭園の軍事を統括する人間であり、自分たちの戦技訓練の統括責任者でもあった人間だ。常に兜をかぶっていたため、その容姿はわからないが、質問をすればわかりやすく指導してくれるぐらいに人情があった。

 傍にユミルフィアを備えて、男は自分たちを見渡す。表情は見えないが、その雰囲気は真剣そのものだった。

 それも当然だ。

 自分たちはこれから戦地へと派遣される。つまりは、いつ死んでもおかしくない場所に訓練生を送るということなのだから、真剣になるのは当然だ。魔物との戦いは、つまりは生死のやり取り。そこにおふざけは必要ない。

 まさに、兵士長はそのことを体現しているように思えた。


「今朝に伝えられたと思うが、諸君らは本日から大地へと派遣されることになる。諸君らはまだ未熟で、統括責任者であった私は不安を抑えきれない。だが、そんな感情は現実の前では無意味だ。魔物が、我々の領地を侵食しようとしている。それを防ぎ、領地を奪還するには無論生死をかけて戦わざるをえない。当然、死ぬ者もいるだろう。だが、現実とはいつだって非常なのだ」


 「しかし」と、兵士長は言葉を続ける。


「死ぬ確率を下げることはできる。そこで、ここにいる諸君らの中で小隊を結成することにした。諸君のあらゆる要素を込みした結果組んだ小隊だ。きっと大きな戦果をあげてくれると期待している。それでは、発表したいと思う」


 兵士長は、胸下のポケットから小さな紙を取り出し、そこに書いてあることを読み上げた。


 第一小隊。時見旬、長瀬香澄、榎本陽介、橋爪香。

 第二小隊。花咲輪花、飯島優佳、霧島好、時雨アリス。

 第三小隊。古澤榮二、中山健、加藤遊歩、佐山夕美。

 第四小隊。天海勇、雪見野文、種子島廻。

 第五小隊。大和切羽、鈴木英、石原由美子、志村雪歩。

 残りの人間は空中都市に残り、防衛隊の支援。また、半霧塔子はすでに現場で部隊に加入しているので割愛。


 この班分けを聞いて、見事に派閥に分かれたと思った。勇者派の筆頭組は第一小隊に集まり、百合薔薇は第二小隊、自由派の中の三人を第四小隊とし、他の残った人間を平等に振り分けている。振り分けの力バランスに差はあるが、前衛後衛などの基本的な配置の戦術的思考は理解できた。

 第四小隊の中では、自分はおそらく中衛で、魔法の得意な文先輩は後衛。自分の考えが正しければ、種子島は前衛ということになる。他の小隊よりも人数は少ないが、しっかりと戦術を組めば戦うことは十分に可能だと踏んだのだろう。


 周囲を見る。小隊に抜擢された人間はそれぞれの反応を見せているが、中には絶望したように顎を震わせているほともいた。日本という戦争のない平和な国に生まれ育ったから、戦地に行くということに耐性がなく震えているのだ。

 そんな彼らに反して、防衛隊として残留することになった数人はどこか安堵したような表情をしていた。少し露骨だなと思ったが、同情はできた。まあ、派遣したとしても犬死するだけと判断されただけだと思うのだが。


「以上が小隊の隊員だ。最初に呼ばれた人間が隊長なので、しっかりと小隊の指揮を取ってほしい。以上で業務内容は終了だが、これからは私個人の話をしたいと思う」


 兵士長は、ゴホンと咳をする。


「私はかつて、大地で戦いの最前線で魔物と死闘を繰り広げていた。それは、ひどい戦いだった。多くの同胞は魔物に蹂躙され、何度も悔しさを噛み締めた。奴らへの恨みは計り知れない」


 兵士長の言葉にいつもにない抑揚があった。それは、彼が言葉に感情を込めている証なのだろう。


「だが、貴様らにはかつての俺たちにはない圧倒的な力がある。……心配するな、お前たちならばやれる。きっと、魔王を討伐し、私たちを大地に連れ戻してくれると確信しているぞ」


 少し意外だった。確かに、文献には昔の人間は魔法は使えたが異能は使えなかったと書いてあった。確かに、異能の力は特別ではあるが、魔法を上回るものとは思えなかった。いや、もしかしたら、昔の人間は魔力を持ってはいたが十分な大魔力を行使するほどに所有している人間はあまりいなかったのかもしれない。

 一応、そう思うことで納得することにした。深く考えても仕方のないのことだ。特に、戦場に赴く時間が迫っている以上は。


「これで私の話は以上だ。では、ユミルフィア様」

「はい」


 傍にいたユミルフィアが、兵士長と入れ替わる様に自分たちの前に出る。


「皆さんをこうして危険に合わせることになってしまった元凶ですので、何か言える立場ではないのですが。一つだけ言いたいことがあるので、こうして時間をいただきました」


 ユミルフィアは、大きく息を吸い、吐き出す様にして言葉を紡ぐ。


「生きることは素晴らしいことです。辛いことも、楽しいことも、嬉しいことも、その全てが凝縮された人の生き様は尊いものです。あなたがたの生命も大事なものです。ですから、絶対に生き残ってください。私が言えるのは、それだけです」


 「それでは」とユミルフィアは言葉を言い終わると、すぐさま足を翻して訓練場を後にする。その背中は、どうしてかとても小さく見えた。

 彼女の姿を見送ってから、兵士長が再び自分たちの前へと立った。


「大地に旅立ったらしばらくはここには戻れん。出動は夜のは10時だ。それまでに各々、荷物をまとめるのもよし、休息を取るのもいいだろう。だが、思い残すことはないようにしておけ。戦場では、それすらも致死になる可能性もあるのだから」








 訓練場での激励の後、自分の足は魔導図書院の入り口の前で止まっていた。

 一月という長い間だったが、とてもお世話になった場所だ。必然と愛着がわいてしまったのだろう。その建築物の構造を見るだけで、どこか心が安定するような気がした。

 しかし、その馴染み深い場所を前にして自分の足は進まなかった。まるで、その中に入ることを本能が拒んでいるような、そんな感覚だった。


「そんなところで何をしているのですか?」


 ふと、後ろから声が聞こえたので振り向く。

 そこには、分厚い本を何冊か抱いた文先輩がいた。その姿を見て、おそらく本を返しに来たのだろうと予想した。

 とりあえず、何か返答しないといけないと思い、声を出そうとする。

 しかし、長い間ぼっちだった自分には、その時にどんな言葉をかけていいかがよく分からない。ユミルフィアとの会話ではスラスラと思い浮かんで言えたのだが、人間相手だと難しいようだ。


「あ、その……」


 なんとかして言葉をひねり出す。


「もう一度ここに来たかったんです。何度もお世話になりましたから」

「そうですか。礼儀正しいのですね」


 ふふっと文先輩は優しく微笑む。

 その所作がとても美しくて、素晴らしく綺麗だと感じた。彼女を見ているだけで心が洗われるような、そんな清らかな気持ちになった。

 気づくと、最初の緊張は無くなり言葉を発するのに抵抗はなくなっていた。


「先輩の姿は何度も見ました」

「私も、天海君のことを何度も見ましたよ。勉強熱心なんですね。感心しました」

「ありがとうございます」

「私、天海君と話してみたかったんです。学校でも本を読んでいたようなので。転移者の中に読書を嗜むのは天海君ぐらいしかいないので」


 少し意外だった。図書院での彼女の姿は、どうにも根暗で他人と関わろうとしない雰囲気があった。本だけあれば生きていける。そんな人間だと思っていたから、彼女の申し出には驚いた。


「俺は構いませんよ。むしろ、先輩とお話しできて光栄です」

「かしこまらなくていいですよ。少し待っていてください。本を返しに行きますから」


 文先輩はそう言うと、少し駆け足で図書院の中に入っていった。








 そこは、とある部屋の一室だった。

 用意されたままの簡素な作りに、余計なものを置かず非常にシンプルな部屋だった。

 その中で四人の少女が、会話をしていた。


「ーーーで、現状はどうなの」


 その中で、短い茶髪の少女が長い黒髪をたなびかせた少女に声をかける。

 声をかけられた少女は、ただ平坦な音程で答えた。


「至って順調だ。やろうと思えば、今にでもできる」

「へえ、相変わらず完璧にこなすねえ」


 少し年齢の割に小さな少女が、賞賛する。

 少女は、ベッドの上を横になって動き回っていた。


「あまり、私のベッドを乱さないで欲しいのだけど」

「別にいいじゃん、もう使わないんだしい」

「それでも、気が気ではないのよ」


 ちぇ、と頬を膨らませながら小さな少女はベットの脇に座る。

 その様子を見ていた茶髪の少女は、ふふっと軽く笑ってから口を開いた。


「というわけで、私たちの計画も順調に進み、やろうと思えば今にでも計画を発動することができる。だけど、運が悪いのか良いのか、私たちは下の世界に派遣することになってしまった。果たして、ここで発動するべきかあなたたちに問いたいわけよ」


 長い髪の少女が口を開く。


「私は、もう少し機会を待つべきだと思う。できるだけ確実性を求めたい」

「ええ〜、早くやっちゃおうよ、じれったいなあ」

「なるほど、発動1票に反対1票。あなたはどうなの?」


 本を読む金髪の少女は、茶髪の少女の言葉に返答する。


「少なくとも、もっといいタイミングは確実にあるわ。その時まで待つべきだと思う」

「というわけで、反対2票で延期ということになりました。ぱちぱちぱち」


 膨れた頰の一人を除く三人が拍手をする。多数決の原理を取る、民主主義を行ったのだが約1名には不満が残っていた。


「我慢しなさい。すべては、私たちの悲願のためよ。今までの苦労を思えば、発動までの時間はきっと微々たるもののはずだ」

「むう。そう言われたら、納得するしかないじゃないかあ」


 膨れた頰を引っ込めて、しぶしぶ納得する小さな少女。

 その様子を見てから、茶髪の少女は小指を三人のいる方向に突き出す。それを見た三人は、彼女と同じように小指を突き出す。


「もうすぐよ。もうすぐで私たちは報われる。だから頑張りましょう。すべては、ただ一つの夢のために」

『了解』


 そう言ってから、四人も小指は軽く触れ合った。

 彼女たちを照らす夕焼けは、どこか闇夜に紛れているような気がした。







「いやあ、楽しい話を有難うございました」


 日の光が沈み、月の輝く夜の街で自分は文先輩と歩いていた。

 昼前から、本の話をし続けながら街を散歩し、ご飯も一緒にしていたら気づくと夜になっていた。


「まさか、先輩もファンタジーものが好きだとは思いませんでした」

「いえいえ、たまたまですよ。私も、天海君がそんな趣味を持ってるとは思いませんでしたから。同じ趣味を持つ人と話すのはやっぱり楽しいです」

「そう言っていただけると嬉しいです」

「いえいえ、それはこちらのセリフです」


 文先輩は自分の前を少しだけ先に歩いてから立ち止まり、こちらを見る。


「実は私、他人と会話をするのが苦手なんです。でも、天海くんとは趣味が合うからでしょうか、簡単に話すことができました。ちょっと、不思議ですね。もしかしたら、私たち相性がいいみたいですね」

「そうだといいですね」


 ふと、そこで小隊のことを思い出した。

 文先輩は訓練で見る限り完全な後衛型であるのだが、自分はその天職を知らなかった。異能を聞くのは、さすがにモラルに欠けるのでできない。しかし、天職を知ることぐらいは戦術組む上で必要な要素になるのではないかと思った。


「そういえば、文先輩はどんな天職を持っているんですか?」

「私ですか?私は、大賢人でした」

「それはそれは、またすごい天職を持っていますね……」


 大賢人とは、文献の内容が正しければ勇者に匹敵しうる力を所有する役職のことだ。そんな力を文先輩が持っているのは知らなかったが、これでどうして自分たちだけが三人小隊なのかを理解することができた。


「私としては、もっと平凡な天職で良かったのですけどね」

「贅沢ですね」

「私は戦いが好きじゃないんです。ですから、本当は魔導図書院で趣味の読書を永遠にしていたいぐらいなんです。しかし、この天職のせいで見事に小隊に選ばれてしまいました。私、コミュ症で体もそんな強くはありませんから、みんなの役に立てることができるかなって思ってすごく怖かったんです。でも、天海君みたいな人が隊長だと、どうにか上手くやれそうで安心しています」


 恥ずかしいことをはっきりと言う人だなと思った。

 おそらく、信頼できるぐらいに認めていると暗に言っているのだろうと思うが、少し小恥ずかしい。


「まあ、そう言っていただけると嬉しいです」


 少し歩く。すると、小さな公園が見えてきた。

 夜の帳は深くなり、集合時間に近くなってきているのではないかと思い、公園の中に設置しているはずの時計を見てみる。そこには、長針が6を短針が9と10の間を示していた。

 そして、なぜか時計を覆うガラスにナイフが突き刺さっていた。


「どういうことだ?」


 そう疑問に思っていると、突然、何かが迫る気配を感じた。

 その速さがあまりにも早かったので、受け止めずに文先輩をかばうように迫ってくるものから離れる。

 迫ってきたものは、そのまま自分のいた場所に突き刺さった。よく見ると、それは時計に突き刺さっているものと全く同じものだった。


「それをかわすとはやりますねえ。第一部試験はクリアということにしましょうか」


 公園の陰から、一人の人影が現れる。身長は自分より一回りほど小さいぐらいで、体形からして女性であるということはわかった。


「誰だ?」

「一体誰でしょうかねえ。いいでしょう、見せて差し上げましょう」


 人影は自分たちに近づいていき、街灯の光に照らされてその姿が露わになっていく。

 自分たちの身につけているものとよく似たデザインの服を纏い、少し淡い黒の短髪を持つ少女。その手にはナイフが握られていた。


「僕の名前は、種子島廻たねがしまめぐる。しがない、忍者っす!」

「……は?」


 ドヤ顔で言い放った自己紹介に、思わずそう言葉をこぼしてしまった。

 どうやら、頭の残念な少女と出会ってしまったようだった。そのことに、思わず深くため息を吐いた。

 

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