第2話 女神との謁見

「みなさん、私の召喚に応じていただきありがとうございます。女神ユミルフィアの名の下に御礼を申し上げます」


 目の前で、白を生地とした高級そうな服に豪勢な装飾を飾ったものを優雅に身にまといながら、これまた豪華な造りの椅子に座りつつ目の前の銀髪の長い髪の美女は自分たちに語りかけてきた。

 彼女の容姿は、あまりにも綺麗過ぎて、まるで現実の世界のものではないように思えるほどだった。それこそ、今までに出会った『百合薔薇』の四人に匹敵するほどの美貌に少しばかり惚けるほどだ。

 このまま見ていると、他人との関係を拒絶してきた自分でさえも彼女の虜になってしまいそうだったので視線を離すように、周囲を見る。

 自分と同じような境遇の男子達は、皆女神の美貌に顔を気持ち悪いほどに惚けさせている。中には、見るだけでも気持ちいのかヨダレが口の端から出ているものもいた。正直言って気持ち悪かったので、すぐに視線を別の方へと向ける。


 視線を変えると、そこには女子達がいて、多くの女子が不愉快そうに顔を歪ませていた。

 それは納得する。なぜならば、自分たちのいるこの場所はなぜか女神ユミルフィアを中心に兵士も何かしらの研究者のような人物もそのほとんどが控えめに言っても、彼女たちよりも美人であり、『百合薔薇」の四人ぐらいしかこの場所にいる同境遇の人間の中では対抗することができないほどだった。

 他にも、少なからずいる男が全員例外なく顔を覆う兜をかぶっていたり、椅子に座って自分たちのことを見ている女神のことが気に食わなかったりと様々な心境があるのだろうと、想像を膨らませて納得することにする。これ以上考えると、女性不信につながりそうだ。


 と、その中で様子の異なる人物を幾人か発見した。

 『薔薇百合』の四人と、その他数名ほどだったが、それぞれで異なる反応をしていた。

 その中で特に際立っていたのが、無表情で女神を見つめる四人の少女たち。いつものような笑顔はなく、瞳のハイライトもなくなり。皮膚も微動だにしないほどにただ、女神を見つめていた。

 その姿を見て、すぐに視線をそらし、今の光景を忘れようと記憶を消そうと試みる。あれは、人のしてはいけない顔で、人が絶対に見てはいけない類のものだ。絶対にそうだ。そう、心の中に言い聞かせる。


 自分たちの今いる大きな広間を見渡してから、再び女神の方へと視線を向ける。

 先ほどの『百合薔薇』のせいか、先ほどのように惚けることはなくしっかりと冷静に見ることができた。

 女神ユミルフィアは、ふふっと口を緩めてから開く。


「それではみなさん、単刀直入に言います。どうか、私たちを……世界を救ってはいただけませんか?」


 一体、どうしてこうなったのか。

 自分は、ふと少し前のことを思い出していた。







「昼休みに、わざわざ来ていただきありがとうございます」


 目の前で、高級そうに見えるスーツを見事に着こなした美女がそう言った。

 自分たちは、アナウンスに従って小ホールまで来ていた。小ホールというからには比較的簡素な造りとなっていて、展示品もあるためか、呼び出された男女合計二十人ほどと、目の前の女性、理事長で容量的には少しばかり余裕があると思えるぐらいの広さだった。


「こんなにも素直な生徒を持てたことを、理事長の弓原恵ゆみはらめぐみとして誇りに思います」


 弓原理事長は温和そうに微笑んだ。

 弓原恵理事長は、学園の統括責任者であり、この学園の資金源でもある弓原家の一人娘でもある。理事長という職にありながら、未だに23歳という経歴は確かに彼女自身の能力によるものもあるだろうが、後ろ盾の存在の影響も確実に存在しているだろう。

 それにしても、と興味深い事実に気づいた。

 現在の日本には、三大名家という大富豪の家系が存在する。

 理事長の弓原に加えて、桐嶋好の桐嶋、そして時雨アリスの時雨の三つの家だ。

 それぞれの家があらゆる分野で、世界最先端の会社を経営しており、中でも弓原家の当主、弓原藤吉は日本の現外務大臣の職を任されている。次期首相として最も名前を挙げられる人物でもあったはずだ。

 そんな、家の人間であるから何かしらの接触が、少なくとも桐嶋と時雨にはあるはずだと彼女たちのいる左側に視線を向ける。


「……」


 それはもう、びっくりするぐらいの無表情だった。

 この様子から考えるに、横の二人と理事長はあまり仲がよろしくないと頭の中で考察する。

 その事実をしっかりと脳内に入れてから、少しばかり視線を周囲に向けてみる。

 名前だけは聞いたことあった人物もいたが、ここにいる人間は例外なく学園中、下手したら日本中に知れ渡っている人間ばかりだった。加えて、普通の人間ならば泣いて許しを請うぐらいに美男美女が揃っている。明らかに自分が場違いだと思った。


「そういう社交辞令みたいのはいらないので、早く用件をお願いします」


 理事長から見て一番右側にいる小柄で少し日焼けしている少女が声を出す。

 確か、陸上部の期待のホープで中学の陸上競技大会でトライアスロンの種目で優勝した半霧塔子なかぎりとうこだったと記憶する。優勝した時に、初めて一年にも満たない競技で圧倒的な成績をふるって優勝した天才美少女としてマスコミに取り上げられていたから記憶にも鮮明だ。

 彼女には、一つの噂がある。

 単純に、大食感であるというだけなのだが、見る限りイライラしている様子を見ると食事を取っていないのだろうと容易に予測できる。わかりやすくて、愛嬌があるなあと思った。


「確かに、半霧さんの言う通りですね」


 理事長は、半霧の意見にうなづく。


「では、早速用件を言いましょう。ですが、この場はそれをするにはあまりにも場違いです。ですので、移動しましょうか」


 理事長は、右手の指をパチンと鳴らす。

 すると、周囲は昼間でカーテンが開ききっているのにもかかわらず先ほどまで思う存分侵入していた太陽の光が遮られ、暗闇に支配される。そしてすぐに小ホールの狭い床を覆い隠すように円状の奇妙な光が突然出現した。


「な、なんだこれは!?」

「ちょ、どういうことよ!?」


 突然の出来事に、周りの生徒たちはざわめき始める。一部の人間はまた違った反応を見せていたが、この場にいる大多数は、理性を失い声をあげていた。

 自分は、この現状にデジャブを感じていた。というよりも、何度もこのような展開を知っていた。

 ファンタジーものの物語の一つの異世界転移というものがある。その種類の物語には、たくさんの分岐があるが全てに共通していることがある。

 それは、文字どおり現実世界から召喚されること。そして、今の状況がその状態に恐ろしいぐらいに合致しているのだ。

 そう考えていると、理事長は再び言葉を発した。


【転移、ユミルフィア】


 一体、どんな言語で何を言ったのかはわからなかった。しかし、その発した言葉には何かよくわからないような力が込められているように感じた。

 そう、思い、俺は埋没していく意識とともに理事長の姿を見据える。その唇はどこか儚げに見えた。







 という経緯があり、今に至る。

 転移した先は、現在いる西洋風の宮殿にありそうな王の間だった。いつの間にか、理事長はスーツ姿から豪勢な衣服に変化し、ひときわ高いところにある王座に腰掛けていて、こちらを見下していた。位置的には女子たちに嫌な感情を抱かせてしまうだろうと思った。しかし、周囲を見渡してから、彼女を見て、加えて彼女が女神であるという立場である以上仕方がないことなのだろうと納得することにした。

 ホールに差し込む光が、この場所を神聖な聖堂のように思わせる。なるほど、女神というのはあながち嘘ではないのかもしれないと感じた。


「すみません、世界を救うというのはどういうことですか?」


 顔を赤くしながらユミルフィアに質問したのは、短くサッパリとした好青年だった。確か、名前は時見旬ときみしゅんで、生徒会長の三年生だったはずだ。その知的で甘いマスクから、多くの女子生徒から好意を抱かれているという普通の人間ならば羨ましい限りの人間だ。当然、それに見合うだけの能力がある。

 見た様子、ユミルフィアの麗しい容姿に脳を支配されそうになってはいるが、寸前のところで踏みとどまっている。自分みたいな特別な環境で生きてきた人間ではなくて対応できているのは素直に凄いなと感じた。


「そうですね、説明しましょうか」


 ユミルフィアはそう言うと、彼女と自分たちの間に立体グラフィックのようなものを出現させた。

 そこには、平面のような世界と、その上にいくつもの浮遊した島のようなものが存在していた。その姿が、過去に見た映画に似ているような気がしたがそれは心の中に押しとどめておく。


「これは、この世界の大まかな地図となっています。下にあるのは、全体の極一部ですが大地と呼ばれる場所です。そして、空中にあるのは天空庭園と呼ばれる場所です。そして、今私たちがいるのはその空中庭園の一つであり、私、女神ユミルフィアが統治する国です」


 ユミルフィアはコホンと、軽く咳をする。


「かつて、人類は向こうの世界のように地上に生きていました。文明に差異はありましたが、幸せな人生を進めていました」


 彼女は区切るように、眉をひそめる。

 そこには、彼女の悲しみが内包されているように思えた。


「しかし、そこに突如として事件が起きました。魔物、あなたたちの世界でいう獣が突然変異したのです。それも、今までの個体よりもあまりにも強力すぎるほどに。あなた方に分かるように説明すると、世界の愛玩動物の全てが容易に人間を殺せるぐらいにはなってしまったというわけです。しかも、その魔物たちの中でも強大な力を持ち、加えて知性を兼ね備えた存在。私たちは魔王と呼んでいますが、彼らが大地を侵略し始めたのです。我々も、当初は抵抗しましたがそれもたいした抵抗にはなりませんでした。全人口のほとんどが死滅し、なんとか、彼らに侵略されていなかった大地を浮上させることで生存権を得ることはできました」


 「しかし」と、彼女は続ける。


「あくまで、それは応急措置にしか過ぎませんでした。元は大地ですから土壌がやせ細るのも当然で、生活に必要な食べ物の入手も不安定になっています。それに、魔物の中には空中庭園に直接乗り込もうとする者もいます。その結果、墜落して悲しい運命を辿った同胞も少なくはありません。我々の空中庭園も、周りに比べたらまだ安定こそしていますが、それこそ時間の問題です。現に、人口は確実に減っています」


 彼女の瞳から涙がこぼれる。それが、本心から流れているのかはわからないが、確かに感情がこもっているのは理解できた。


「ですから、私たちは自分たちの、人間の運命を取り戻すために大地の奪還を立案しました。これには、他の庭園も賛同してもらい、既に一部地域は既に魔物の脅威からは解放されています。先ほど言いましたね、世界を救ってほしいとはどういうことかと。私たちが望むのはただ一つ。大地の魔王を討伐し、私たちの運命を取り戻すことです。……お願いします、皆さん。どうか、私たちのために戦ってはいただけませんか」


 彼女は涙に溢れた瞳で自分たちに訴えかける。確かに、その言葉には言いようのない力があった。

 周囲を見る。彼女の演説のような言葉に喚起されたのか、ほとんどの人間の視線はまっすぐユミルフィアを捉えている。


「もちろんです!俺の力、どうぞ使ってください!!」

「そんなことを言われたら、黙ってられないっしょ!」


 ユミルフィアの意見に賛同する意見が溢れる。既に、彼らの脳内には自分たちの正義感が顕著に出ている。その先にいるユミルフィアはさながら革命の乙女のように凛々しかった。


「すみません。でも、私たちにはそんな簡単に人を殺すような奴らと戦える力はないですよ?」


 周囲の流れを逆行させるように、一つの疑問が現れた。

 それを言った本人である半霧塔子は首をかしげながら、ユミルフィアを見る。

 ユミルフィアは彼女の疑問に微笑みながら返す。


「心配はいりません。力というものは誰にでもあります。それこそ、あなた方にも。実は、あなた方を選んで召喚したのは理由があるのです。その力は、人に影響を与える力の大きい人間。私たちは運命力と言っていますが、それが大きいほど強大な力を発揮しやすいのです。とりあえず、実践してみた方が早いでしょう」


 ユミルフィアは、自分たちの方へと両手を向ける。すると、自分たちの足元には転移された時と似たような円状の紋章が浮かび上がった。


【目覚めよ、魂の唄。解放せよ、汝の運命。開け、彼の導きを】


 召喚された時と同じように意味のわからない詠唱を聞いていると、紋章の輝きがさらに増していく。そして、その光が足を辿って、自分の身体を覆い、そして中に入っていく。異物が入って、普通ならば拒絶反応が出るはずなのだが、不思議とそのような不愉快な気分にはならなかった。

 光が侵入してから、体感時間でおよそ数秒後、紋章の光を含めた輝きは全て消え去り、まるで何もなかったかのように痕跡を残さなかった。


「これで完了です。では、皆さん。頭の中で、自分のことを知りたいと深く念じてみてください。そうすれば、あなたの力が現れるはずです」


 ユミルフィアに言われた通りに深く、自分の頭に言い聞かせる。

 自分とは一体どんな存在で、どんな可能性を持っているのか。少々哲学っぽいが、そんなことは今はどうでもよかった。

 ファンタジー小説でよく読んでいた、力を授けられ場面。そこに立ち会っているということに自分は少なからず興奮していた。一体、そんな能力を持っているのか。少年時代の何も知らなかった時のことを思い出しながら、心臓の鼓動を激しくして精神世界に入り込む。

 すると、しばらくもしないうちにすぐに能力が浮かび上がってきた。それはまるで、昔のRPGゲームのように単純な項目だったがその方がはっきりとしてわかりやすかったので正直嬉しい。

 そのステータスに記されていた能力を心の中で読み上げていく。


 レベル、初期のため1。

 天職、社畜。

 筋力、31、ランクD、並。

 防御、24、ランクD、並。

 俊敏、36、ランクC、並。

 魔法、40、ランクC、並。

 幸運、100、ランクS、豪運。

 異能、ーー、測定不能。

 異能、『器』。あらゆる職業になれる可能性がある。


「知ってた」


 思わず、そう自分は呟いた。

 


 

 

 

 

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