空中庭園ユミルフィア

ヒレ串カツ136円

第1話 孤高のぼっち

今に思えば、遠い昔のように思える日々には愛読していたものがある。

 それは、いわゆる現実世界から異世界に転移して世界を救うという物語の類だ。それらは一般大衆的というにはあまりにも一部過ぎる人間に受けていたので、一部小衆的と字的には言った方がいいのかもしれないが今はそんなことはどうでもいい。

 とりあえず、俺はその主人公に憧れていたのだ。

 特別な力を持って、世界の危機を救い、ついでに多くの女性を助けて好意を抱かれる。そんな夢みたいな生活を俺は多少は羨ましいと思っていた。

 自分がもしもそんな力を持って、そんな夢みたいな人生を送ることができたら何て幸せなことだろうか。俺は、ずっとあの日々の間焦がれていた。






 自分はぼっちだ。

 いい意味でいうと孤高な一匹狼。悪い意味では協調性のない友達のできない残念な人間。

 そんな立場ではあったが、どうしてか虐めはなく、とは言っても誰からも目立って関わられることもなく小学校から高校二年生の時間を過ごしていた。おそらく、気色が悪いと思われたのだと心の中で納得した。

 中学生の時に、一度他人に話しかけようとしたことがある。さすがに話をする友達が欲しいと思春期ながらに思ったのだ。

 だが、話しかけた隣の女子はそ問いかけを聞くと「ひっ」と小さく悲鳴をあげて涙目になった。非常にショックな出来事だった。

 どうやら、自分は他人に声をかけることも許されない存在だったようだとその時に悟り、自分の容姿がいかに他人に恐怖を抱かさるのかを実感したため、その日以来思春期は終わりを告げた。

 自惚れではないが、容姿にはそこそこの自信があった。だが、隣人の反応からその認識は間違っていたと気づき、自分は悟りの氷河期を迎え現在進行的に今に至る。

 その悟りに至った結果に得た産物の一つが、異世界転移ものの物語であったりする。


 思春期まっ最中の中学生の時期に孤独を貫いたじぶんには、もはや他人と関わることに意味を感じなくなり、暇な時は一人で図書室で適当な本を読んだり、ゲームセンターに行ってバイトで稼いだお金を浪費する日々が続いた。

 毎日のように浴びる視線は、己に対する侮蔑の視線と認識するようにしていた。中学生の時の経験がそう認識しろと深層意識から命令してきたのだ。直感的に何か間違っているような気がしたが、複雑に考えるのは面倒臭かったので意識に従うことにした。

 体育の授業や、課外学習のときに寂しく感じることはあったがそれは仕様がないものと割り切るしかなかった。


 と、そんな生活を1年ほど過ごした、高校二年生の春のこと。

 自分にとって、いや、自分の通っている学校の一部の生徒にとって運命を捻じ曲げるような取り戻しのきかない事件が起きたのだった。








 本を読む自分の頬に窓から流れる風が触れる。

 春先だからか、その風は少し涼しげで、だが仄かなぬくもりがあるように感じた。

 それを心地よいと思いながら、自分はフリーマーケットでたまたま安く入手することのできた上質なブックカバー保護された愛読書を読む。内容は、どことなくありがちなファンタジーなものだが、それがどうしても好ましいと思っている。

 日頃に、買い物先の店員とぐらいしか話をしない自分にとって、本を読んでいる時やゲームをしている時ぐらいが心の休まる時間帯だ。逆に、それさえあれば周囲はどうでもいいかなと半ば現実世界に飽き飽きしている。

 高校二年生までの学園生活で、どんなに頑張っても会話相手すら作れなかった自分にはもはや人並みの交流をする資格すら失われていると、そう思ってしまった。だからこそ、楽しい時間を過ごせる本やゲームにこれ以上のないほどに愛着がある。

 その姿を他の人間が、オタクだと豪語するがそんなことは知ったことではない。自分にとって、かけがえのないほどに大切なものだから手放すことなど到底考えることができない。


「そういうわけで、優佳が相変わらずのドジっぷりを披露したわけ」

「それは、恥ずかしいわね。いい加減直そうと思わなかったの優佳」

「そ、そんなあ。輪花も好もひどいよお。アリスも何か言ってよお」

「ごめんなさい。ゲームをしていて聞いてなかったわ」

「ちょ、ちょっとお」


 後ろで四人の女子の会話が聞こえる。自分の席は、窓際の一番後ろだから、ちょうど席の後ろがグループのたまり場になることが多い。この教室の場合は、今後ろにいる女子のグループの陣地となっている。彼女たちは学園の中でもあまりにも有名だ。

 今も三人に弄られている小さな少女は飯島優佳いいじまゆうかで、部員数が数人ほどの文芸部に所属している。よく何もないところで転んでおり、天性の運の悪さが光っている。

 飯島を弄んでいる女子生徒の目尻が鋭く勝気な印象を抱かせる大和撫子のような少女の方は桐嶋好きりしまよしみで、特に部活には所属していない。もう一人の方の茶髪で単発な少しギャルっぽい容姿の少女は花咲輪花はなさきりんかで、見た目とは裏腹に生徒会の副会長をしている。

 そして、もう一人の近くで携帯をいじっている西洋風の容姿をした金髪の少女は時雨しぐれアリスで、学年一位の成績の文武両道の神童でロシアとのハーフでもあり、飯島とともに文芸部に所属している。というよりも、部員は彼女二人と花咲を含めた三人だけだ。

 会話を聞いて現在の状況を想像しただけだが、おそらくこの解釈は合っていると確信する。

 というよりも、実は彼女たち四人と小学生の頃からどうしてか同じ学校であり、当時から常に四人で行動していたため、その様子をずっと見てきた自分には容易に想像できることなのだ。

 そして、会話はないにしろ彼女たちと小さい頃から関わってきたことだから身にしみてわかることがある。というよりも、一年間同じ校舎で過ごしていれば当然のように理解できることであり、彼女たちを有名たらしめている原因でもある。


 彼女たちは、例外なく才色兼備、しかも相当の美少女である。

 例えば、テレビで100人のうちの99人が共通して美人だと納得する人物がいると思う。そのような人間は、傾国の美女のように例外なく大衆に注目を浴び、記憶に刻まれる存在だ。彼女たち四人は抑えめに見ても、そのような存在に勝るとも劣らないほどに美少女だ。

 どういう因果で巡り合ったかはわからないが、そのような存在が四人もいるとなると有名になるというのは必然だ。当然、自分の高校は男子の数が少ないが共学ではあるのでそんな彼女たちを狙う輩も多く存在した。

 だが、そこでもう一つの有名にするための要因が発生した。

 彼女たちは同時に、極度の男嫌いだった。どれくらいひどいかというと、小学校の時のキャンプファイヤーで男に触れるのが嫌だったのか教師を巻き込んで、自分たちの踊る相手を全て女子にするという暴挙に出るほどだ。

 その事件があった時に、ドイツに短期滞在していたので事件の詳細をよくは知らないが、帰ってきた後に例のごとく後ろで話す四人組の言葉を聞くに、家が大金持ちで様々なパイプを持つ桐嶋と時雨がどうも権力を行使したらしい。それを聞いてしまった時に、小学生ながらも権力には逆らわないと心に刻むぐらいに恐ろしいと思ったほどだ。

 そんな彼女たちであるから、中学の時も自分がいない間に同じようなことをしでかしていたりした。それに加えて、権力を使って学校を支配していた節がある。中学の時に孤高の道を歩ませた女子生徒をなぜか、すぐに呼び出して何処かに連れて行った後、件の女子生徒が早退して行ったらしいが、その事実すらも恐怖を抱かせるには十分だった。


 高校生になって、彼女たちの人間性が変わるということもなかった。

 入学して間もない頃、どこかとっつきやすい雰囲気だと思ったのか同学年と学園内の数十人の有名な不良グループが飯島を屋上に呼び出すという事件が発生した。簡単に解釈すると、自分たちの手篭めにしようとでも考えたのだろう。

 だが、彼女が呼び出された次の日に、事件に関わった全ての人間が不慮の事故で病院に入院し、間もなく転校していった。被害者の飯島は、呼び出された翌日にもいつもの三人と満面の笑みで会話をしており、加えて彼女たちのことを知る人間からの情報が学園中に伝達し、以降、男は決して近づいてはならないグループということで『百合薔薇』という名前を学園中で共有した。

 とは言っても、それらの情報をハッタリだと思い込む人間も少なくない。というか、あまりにも現実味のない話であるからそう思うのは当然だ。だが、そう考えて『百合薔薇』に挑もうとした人間は例外なく不幸な目にあっている。そのおかげで、入学当初に自分の読書の趣味を笑っていた人間がいなくなって清々したのは記憶に残っている。あの時だけは、四人に感謝をするくらいに恩があった。口にはしなかったが。


 そんな危険きわまる彼女たちが、常に後ろで固まって話しているわけだから自分としては気が気でなく、安心できる読書に没頭することにしているのだ。

 ちなみに、彼女たち『百合薔薇」のうち三人が文芸部に所属しているのもあって、三人に加えて帰宅部の桐嶋好が放課後に滞在している文芸部室は『百合薔薇園』と一部の男子に呼ばれている。自分はしないが。

 ふと思ったが、どうして彼女たちは自分たちの部室があるというのにそこで話そうとはしないのだろうか。もしかして、教室にいることで周囲に対しての優越感を得ているのだろうか。

 それに、自分の通っていた中学と今通っている高校は県を跨いだところにある。それに、一応ずっと一人であったから勉強に割く時間もあって勉学能力は高いと自負しており、実際に都内有数の名門校であるこの学園に入学することができたのだが、他の四人が全員一致して自分と同じ場所に入学することなどあり得るのだろうか。


 いや、そんなことは自分にとってはどうでもいいことだ。今は、学園の授業から解放される昼休みという憩いの時間だ。そんな時間を偏屈なことに使うなど、あまりにも勿体なさすぎる。

 そう思い、自分の愛読書へと再び集中を傾けようとする。

 だが、そこに聞き慣れたアナウンスの音が耳に入った。廊下からも聞こえることから、学校全体に向けられたものなのだろう。

 その音声に耳を傾ける。


『昼休み中に失礼します。今から呼ぶ生徒は至急、小ホールまで来るように』


 その声とともに、一年生から名前が呼ばれていく。その呼ばれた名前は、学園の中でも聞いた名前ばかりだった。

 10人ぐらい呼ばれると、次は二年生へと移っていった。


『2年3組、飯島優佳。同じく、桐嶋好。花咲輪花。時雨アリス』


 自分の後ろにいる『百合薔薇』の四人も当然といったように選ばれた。なんとなく予想はしていたためにそこまで驚くことはなかった。

 だが、これでどのような生徒が呼ばれているのかがはっきりとわかった。今までに呼び出されているのは、やはり名の通った生徒だけ。知名度のある生徒を集めて何をしようとしているのかはわからないが、これで安心した。

 このアナウンスで自分が呼ばれることはないと確信したのだから。


『同じく、天海勇あまみいさみ

「……は?」


 


 

 








 

 

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