阿久津美鳩
「じゃあね
「うん、手紙も書くし電話もするね……。」
そう言うと二人は固く抱き合った。
期末テストの終わった夏休み直前、
「君達ぃ、大げさですよ。今生の別れというわけじゃないんですから……。」
そんな
「体には気をつけてね」
「うん」
「特に水に気をつけてね」
「うん」
「寂しくなったらいつでも帰ってくるんだよ」
「お母さんじゃないんだからぁ」
美鳩は
「それはダメ」
「え~」
美鳩は笑顔でふてくされた。
「……阿久津さん、そろそろ飛行機の時間です」
「はいっ」
美鳩はキャリーバックの取っ手を引っ張って伸ばすと、「じゃあね、みんな」と言ったきり振り返りもせずにまっすぐにターミナルへ向かっていった。まるで月に帰るかぐや姫のようだった。
美鳩の姿が見えなくなったので八月一日が生徒達を振り返ると、皆一様に心に穴が空いたようになっていた。なんだかんだ言ってやっぱり彼女はここの中心なんだなぁと八月一日は思う。
「ほらほら、皆さんそんなしょげた顔しない。阿久津さんは旅立ってしまいましたが、別れあれば出会いありです。交換留学生でイギリスからも学生さんが来るんですから」
「どんな人なの?」
相変わらずこういうことには俊二が食いついてくる。
「すごいですよ?なんたって金髪で巨乳で、性に対して大らかなスパイスガールですから」
「スゲェ、パソコンのエロゲみてぇっ」
色めきだつ俊二を始めとする男子達を遠巻きに見ながら、
「うん、まぁ、女子ではある。ブロンドだし、まぁふくよかだし……性に対しておおらかかどうかは知らないが……。」
一体このクラスの男子は何度あの男に騙されれば気が済むんだろうか、暦は呆れながら八月一日を中心にして出来ている輪を眺めていた。
しかし同時にこうも思う。何故かこの人の嘘にはとことん付き合いたくなる不思議な魅力があるのだと。
イギリスへ向けて出発した飛行機の中では、美鳩が寄せ書きの色紙に書かれた一文一文をなぞるように読んでいた。
そこには、
――イギリスでも頑張って!
――さみしいけどずっと待ってるから
といったありきたりな激励もあれば、
――帰ったら俺と付き合ってくれ!
という、この場を借りた告白まであった。
美鳩は色紙を顔にくっつけると、目を閉じ意識を集中しながら言う。
「ありがとう、八月一日先生……。」
かつて美鳩が見た未来、そこでは自分が最期をえる病室に両親の姿があるだけだった。しかし今では、その周りを大勢のクラスメイト達が囲んでくれている。
「未来は変えられないかもしれない、でもそこに至る道が未来の意味を変えるから……」
色紙に吹きかけるようにして美鳩は呟いた。
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