某年某月某所にて
その夫婦はテーブルの上に散乱した書類を見ながら長いこと沈黙していた。書類が入っていたと思しき封筒には「O県T市市役所」と印刷されているが、中身の書類はHAD児童保護局から届いたものだった。パンフレットには来年から開校する特殊児童専門校が紹介されており、いかにその施設が人道的で子供たちのために良い環境が整っているかがアピールされていた。まだ生徒がいないにもかかわらず、表紙には笑顔で正門から建物へと向かう少年少女の写真が使われている。
「……あの子にどう言えばいいの?」
「でも、強制じゃないんだろ?」
「強制じゃなくっても……その代わりに毎月毎月役所から保護観察官が来て、あの子の報告をしなくちゃいけないのよ?担任の先生は中学に上がったらあの子は特別学級に入れられるかもしれないっていうし。だいたい、あの子のHADは隠し通せるものじゃないでしょ?」
「けどな、こんな……少年院に入れてるようなもんじゃないか。アイツは何もしてないんだぞ?」
「……この施設はあの子を閉じ込めるんじゃなくて守るための施設でしょ。私たちだけじゃ、あの子の支えになんてなれない。専門家の人たちがつきっきりになってくれた方が心強いわ。でしょ?」
「そんなこと言ってもなぁ……。家族とも友達とも離れ離れになるんなんてかわいそすぎるよ」
「……あの子に友達なんていないわよ」
「なに?」
「あの子がHADだってことが分かってから、友達が誰も遊びに来なくなったもの……。ふさぎこんでパソコンにばっかり向かい合ってるし。いっしょに弘美までいじめられてるみたいよ……。」
「何で俺に言わないんだ、そういうこと」
「言ってどうなるの?学校に文句でも言いに行く?私だって何とかしたかったわよ。専門の先生に相談したくたって県外まで行かないと……でも私だって仕事あるのよ?」
「そんなの、お前の都合じゃないかっ」
「家のことやってる私の身にもなってよっ」
「……分かったよ、俺も家のことをやるよ。それで、アイツとこれからも一緒にみんなで暮らせばいいじゃないか。お前も俺も、少しばかり仕事の量減らしてな、そうやっていけばなんとかなるって……。」
「そんな、夢みたいな……。保護観察官が月に数度も来るなんて、ご近所の目もあるし。今だって生活やっとじゃない。これからもっと苦しくしてくの?やめてよ、それはそれで生活がむちゃくちゃじゃない」
「お前、アイツと今の生活どっちが大切なんだ?」
「刑務所じゃないんでしょ?費用は国が全部保証してくれるし設備の整った学校でいい教育を受けられるんでしょ?いい機会じゃない?中途半端な公立の中学入れるより全然いいわっ。それにアレが弱まったらすぐに戻ってこられるっていうし、あの子のアレが今以上になるなんて思えない。きっと、あと数年すれば弱まってくるわよ……。」
「それこそお前、単なる希望じゃないか」
「じゃあどうするの?あの子だってわかってくれるわよっ」
声を潜めていたつもりだったのだろうが、それでも感情的になっていく過程で声が大きくなっていってしまっていて、結局子供の耳にはその声が十分に届いてしまっていた。数日後、少年は荷物をまとめて家を出たが、そのことがかえって「素行に問題あり」とされてしまい、彼の「学校」行きは確定してしまった。
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