東都新聞夕刊

「遅れている日本のHAD対応

 HAD医学博士 中川彦一」 東都新聞夕刊


 先日アメリカ合衆国11州でヴァレンタイン法が可決されたのは、ひるがえって我が国のHAD患者への社会的対応の後進国ぶりを印象づける結果となった。アメリカのみならずEU諸国では早くにHAD患者の社会適応を目的としたプログラムが検討されそして順次採用されており、その目的はいち早く彼らを社会の一員として復帰させるためであって、事実アメリカやEUのここ数十年の保有者治療施設は減少の一途をたどっている。しかし我が国の現状としては未だ施設は増え続け、そこではEUで既に使用されていない激しい副作用の伴うA10‐300等の薬物投与による治療も続いているのである。現在では忌まわしい出来事としてしか記憶されていない患者へのロボトミー手術も、欧米から10年以上も遅れて廃止されたことを鑑みれば、この現状は今後ももうしばらくは続くものと思われる。

 このような我が国のHADへの対応の遅れを究明するためには、我が国のHAD研究の草分け的存在である福来友吉ふくらい ともきち博士の時代にまで遡らなければならない。1910年に福来博士によって日本で初めてHAD患者として確認された御船千鶴子みふね ちづこの研究が学会で発表された直後、当時の日本政府はこの近代においてもなお科学的に証明できない存在をいかに隠蔽するかに尽力した。それはようやく列強と肩を並べることに成功した我が国の国民が、再び前時代的な信仰に陥ろうとする事への危惧でもあったのと同時に、日本古来の異端者を隔離して排除するという国民性もあったのだと考えられる。以来、我が国はHAD患者の隔離・排除の方針を取り続けた。年々増え続けるHAD患者を隔離するにも限度があるはずなのだが、施設を増やし患者を隔離するほどに施設運営側に国からの交付金がおりるなど、このビルド・アンド・イソレーションは我が国ではビジネスの一つとして成立してしまっている。そして隔離され続けいざ社会復帰しても全く社会に適応できず職にもありつけず、患者を社会的に追い込んでいき、そしてその極北に芝庭事件の末路があるのであれば、現状は一刻も早く改善されてしかるべきなのである。

 先月開校が決まったHAD児童専用の教育機関は、児童の社会への適応を目的としているのだという。紆余曲折を経て建設から運営まで10年近く要したが、是非とも我が国のHAD対応の新しい時代の幕開けになることを期待せずにはいられない。

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