芝庭事件、一

 その異変に最初に気づいたのは、三年B組の富田弘樹(当時15歳)だったという。

(富田) なんか変な臭いがしたんです。なんつーのかな……ほらアレ、長いこと水変えなかった水槽みたいな?そんな臭いですよ。俺、席が廊下側の窓際だったし、一番うしろでC組に近かったんですよね。で、最初はなんかクセぇなって思ってたんだけど、臭い以外にもなんか変だなって思ったんです。静かだったんすよね、C組がやたら。おかしいですよね、だって帰りのHRの時間なんだから、誰かが話してるもんなんですよ、テストやってるわけじゃないんだから。だから、軽ぅく窓から廊下に顔出してC組見たんですけど、やっぱりおかしいわけ。なんつーか、窓がメチャ汚れてたんですよ。さっき水槽って言いましたけど、C組の窓がマジで掃除してない水槽みたいに汚れてたんです。アレ?って思いました。んで、よく見ると水槽どころか何か違うんですよ、C組の教室だけふいんきが。そこだけ何か、何年どころか何十年も昔の、心霊スポットみたいな廃墟みたいになってたんです。


 これが全ての始まりだった。この時の犠牲者は霞ヶ丘かすみがおか中学校三年C組の生徒と教師、合わせて33名。その日の朝はいつもと変わりなく登校していった生徒達が、その日の夕方には死後数十年経過したミイラとして家族のもとへ無言の帰宅をしたのである。しかし、それでもそれはまだ序章だった。日本中を震撼させる芝庭事件は、収束するまでに、さらに60名以上の犠牲を必要としたのだから。

 芝庭事件しばにわじけん――この出来事によって多くのものが損なわれた。それは、98名の命だけではない。彼らにまつわる人々から、そしてこの国からは、あの事件以来、取り戻せないものが損なわれたのである。

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