Take5 ゲスト回
5-1
週が開けた。六月の下旬、月末の月曜日。梅雨明けの予報は、来月の七日だそうだ。
今週から一週間はテスト期間。高校に入ってから初めての期末試験。
中学までは平均より少し上くらいで推移していた程度の、いたって平凡な成績だった。きっと高校でもそれは変わらないだろう。
今週の水曜日にラジオ放送がない旨を、いつもと変わらない様子の部長から聞かされたのは、昼休みだった。
「なんだかつまらないですね」
午前のテストを終え、昼食を食べながらそんな話を聞かされた僕は、率直な感想を述べる。
テスト期間は午前授業なため、別に弁当を持参しなくてもいいのだが。これも部活の一環ということで、いつもどおり空き教室に集合だ。
「まあこればっかりはねー」
家庭科室でチンしてきたという、牛カルビ弁当を美味しそうに頬張り、咀嚼し飲み込んでから部長は続ける。
「テスト期間なのに、昼休みにどんちゃんされたら迷惑かもしんないしさ」
「つまりは生徒への配慮ってことですね! 部長にしては珍しい」
図書室などで勉強する生徒も多い。それを考えてのことだろう。
僕は素直に感心した。が――
「なーに言ってんの。テスト明けから夏休みまでまた騒ぐんだから、今のうちにボルテージ高めとかないとね! 革命は爆発なんだよっ」
ぜんぜん感心するようなことじゃなかった。とどのつまり、気を遣ってやらないんじゃなくて、結局のところそれも次回へのテンションを上げるための、起爆剤としての我慢でしかないと。
「それだと他人が吹き飛ぶことすら厭わないように聞こえるよ? それを言うなら、『発明は爆発』だよ、ひめさん」
僕の隣でうな重をつつく静巴先輩が呆れ顔をした。
「部長、そんなんでテスト大丈夫なんですか?」
なんだかいろいろと心配になってくる。
「あれ、くろすけくん知らないの?」
静巴先輩がもう一膳の箸で、端の方のうなぎを二切れこちらへ差し出しながら聞いてくる。
どうやら量が多かったみたいだ。
「なにがですか?」
僕は弁当箱のごはんでそれを受けつつ、何気ない風を装って聞き返す。
ラッキー、今日は簡易うな弁になった。静巴先輩が持ってくるうなぎは外がパリパリ中ふっくらで、いつも食べてるスーパーの養殖ものとは別段違って美味しいんだ。これは最後にとっておこう。
そんなことを考えているとは、露ほどにも思っていないだろう。
「ひめさん、こう見えてテストで赤点とったことないんだよ?」
――うっそーう。
「ちょっとくろすけ、なんなのその疑心に満ち満ちた訝しげな顔は」
「いやだって……」
あの部長だよ? いつもやんちゃなことばかりしているあの部長が、赤点取ったことないなんて。にわかには信じられない。やんちゃな子は基本、頭が悪くて補習常連だというのがセオリーなはずだ。
「てか静巴、それだとあたしが赤点近くをうろついてる、補習予備軍みたいじゃん」
「あ、ごめんね。学年十位以内をずっとキープしてるって言った方がよかったよね。たしか学年末は三位だった?」
…………。
学年、十位? 高一の学年末は三位……
思わず、ミートボールを取りこぼしてしまう。
「いや、それはそれでなんか恥ずかしいな」
顔を隠すように、弁当の蓋を持ち上げる部長。……透明だから顔が丸見えなんだけど。ツッコミ待ちなんだろうか?
そんなことより、あまりの衝撃に僕は開いた口が塞がらなかった。
「おーい、どしたくろすけ? マーライオンみたいに呆けて」
マーライオンは別に呆けて口を開けているわけじゃないと思う。
そんなツッコミは喉奥に引っ込み、
「嘘、ですよね?」
代わりに僕の口から漏れ出たのは、否定前提の疑問だった。
「本当だよ?」
「あたしは嘘つかないもんねー」
言葉は違えど、二人から同じ意味の言葉が返ってくる。
確かに、静巴先輩に嘘をつかれたことはない。部長も、たぶんないと思う。ってことはそれが事実であると、急に説得力を増してくる。
「どんな勉強の仕方してるんですか……」
大して努力をしてなさそうというか、勉強をしてなさそうで。それどころか、間違いなく塾通いだなんて顔はしていない。部長も普段考えていることは僕とそう変わらないだろう。なにって、ラジオ部のことだ。これだけ情熱を傾けているんだから、きっと勉強が手につかないはず。
僕はラジオ部のことを考えあれこれやりつつも、勉強を疎かにはしていない。それでも真ん中以上、上位未満は確実なのに。そんなトップクラスの点数を取れる秘訣があるのなら、ぜひご教授願いたいものだ。
「ひめさんは、要領がいいんだよね」
「なんていうか、学校の授業だけでだいたい分かるんだよなー」
なんなの、この天才肌発言は。自宅でも塾でも勉強漬けのガリ勉君を敵に回したよ? いや、僕にそれは当てはまらないけど。人並みにはやっているつもりだ。
そして同時にいま、言い知れぬ敗北感を味わったよ、僕は。
「あれ、くろすけが落ち込んじゃったよ」
「なんだったら、ひめさんが勉強教えてあげれば?」
「えっ! あたし!? 」
「部長が……」
「無理無理無理! そんな二人っきりでレクチャーとかなんか如何わしいし、付き合ってるみたいな事になったらどうすんのさ!」
そんな無理三連発で否定しなくても。先週のデートもどきはなんだったのか。
「てか静巴だって成績上位じゃん。静巴が教えてあげれば?」
「静巴先輩……」
「――ん?」
数回瞬きした後、部長は便秘三日目みたいな微妙な顔をして眉根を寄せた。
「どうかしたの?」
「あのさ。くろすけ、ちょっとあたしのこと呼んでみて」
「部長」
言われるまま即答すると、それに納得したように頷く。
「んじゃあ次は静巴」
んん? いったいなにがしたいんだろう。
まあ、とりあえず名前を呼べばいいのかな。
「静巴先輩」
振られたからその通りに言ったのに、なぜか部長は肩ごとうな垂れた。
「どうしたんですか、さっきから」
なんだか妙だ。いや、部長が妙ちくりんな女の子なのは、いまに始まったことじゃないけれど。
なんで二人を交互に呼ばせたんだろう。
見ていると、急に部長は顔を上げた。なぜかその目を潤ませて……。
「なんでなんだよ、くろすけ!」
「いったい何ですかいきなり、僕なにか悪いことしましたか?」
まったく心当たりがないのに、怒られるのは筋違いだ。と思う。
「なんで静巴はちゃんと名前で呼ぶのに、あたしは部長なんだ!」
「いや、そんなこと言われても。部長は部長ですし……」
っていうか、いまさら過ぎる気が。
僕が部長に出会ってから、もう二ヶ月以上は経ってる。
「あたしも名前で呼ばれたい!」
えー?
「えっ、なに、その微妙に嫌そうな顔は?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
ずっと部長って呼んできたのに、いまさら変えるっていうのもなんだか気恥ずかしい。
部長を見ると、むっつりとこちらを見据えていた。期待を含んだ眼差しだけが輝いて見える。
「くろすけ君、呼んであげて。ひめさん、きっと喜ぶから」
「なななっ! なんであたしがそんなことで喜ばなきゃなんないんだ!」
「じゃあいいの? 呼ばれなくても」
「いやだ!」
なんだか母親になだめられる娘みたいだ。
確かに、部長は部長だけれど。このまま一度も名前で呼ばないってのはおかしい気もする。
それにこのままじゃ埒が明かない。
意を決し、照れくささを極力隠し、僕は出来うる限りの真剣な顔で部長に向き直る。
「み、……美咲、せんぱい」
やっぱり、恥ずかしかった。顔が熱い。
そんな僕を余所に、ぱあぁっと、花が満開になるみたいに部長は顔を綻ばせる。そして感動を噛み締めるように、「先輩、あぁ、美咲先輩……」と、恍惚とした表情でうっとりしだした。
なんだこれ。
「よかったね、ひめさん」
「よかったー、よかったよぉ~。苦節三年――」
「三年も前に出会ってないですよ」
そんなに前に出会えていたのなら、もっと自然だったんだろうな。別にいまに不満を感じていることなんて全然ないんだけれど。
それにしても、
「……難しいお年頃ですね」
僕は嘆息しながら呟く。
「まねー。花も恥じらう乙女だからさ」
「花も恥じらうくらいの乙女は、平気で下ネタ言ったりしませんよ」
恥じらうどころか、雑草だってドン引きするんじゃないだろうか。
そこまで直裁的でないにしても、もう少しくらい自制して欲しいと思ったり。
女の子なんだし。
「ああ、そういえばね」
と、気づいたように静巴先輩。
「どした?」
「ラジオに関してちょっと提案があるんだけど」
「ま、まさか静巴、茶道部に引き抜かれ――」
「違うから安心して」
間髪いれずに即答だった。
「じゃあ薙刀部とか……」
それも違うと、首を横に振る。
「だったら何さ?」
「部……、美咲先輩、想像力貧困ですね」
思い出して訂正すると、部長はにやりと口の端を上げる。やっぱりまだ慣れないな。
「言い直した言い直した。じゃあくろすけはなんだと思うわけ?」
「そりゃあもちろん、抹茶が飲めるようになった、ですよ」
僕は人差し指まで立ててドヤ顔を披露する。
「どっちもラジオ関係ないよね?」
静巴先輩がジト目でツッコんできた。貴重ではなかろうか?
ていうか恥ずかしいな、思いっきりスベったぞ。
部長はにやにや笑ってるし……名前で呼ぶの、やめようかな。
「私も前回のくろすけ君回を聞いたんだけどね」
まさかダメ出しか、そう思った。自分では途中から自然体で出来た気がしていた。恥ずかしくてあの回はろくに聞いていないけれど、傍から見たら拙くて聞き苦しかったのかもしれない。
それを注意されるものだと思って、体は強張り視線が下がる。
「私たち二人だけじゃなくて、ああいう回ももっとあるといいなって思ったの」
けれど静巴先輩の言葉は、予想していたものと違っていた。
「パーソナリティを変えたりするってこと?」
「それだけじゃなくて、ラジオにゲストって形で誰かを呼んでみたら面白いかもって」
「なるほどねー。それなら万が一間が持たないなんてことになっても、ゲストさんをいじり倒して繋げられるし……。いいかもね。くろすけは、どう思う?」
この二人に限って間が持たないなんてこと、実際あり得るのだろうか?
でも確かに、賑やかなのはいいと思う。けれど、やっぱり僕は表に出るのは得意じゃない。あの時はもちろん楽しかったけれど、自分のやるべき仕事もある。
「まあ、乗り気じゃないなら無理に出ろとは言わないけどさ」
気持ちを察してくれたのか、部長はそう言葉をかけてくれた。
「そういうわけじゃないんですけど」
「前みたいに、自分の仕事がおざなりになること気にしてるんでしょ?」
「くろすけ君がパーソナリティをやりたくないっていうんなら、私たちでやるから大丈夫だよ。でもゲストでっていうのなら、別にいいんじゃないかな? 常にしゃべっているわけでもないし、時間とかもちゃんと管理しようと思えば出来るよ。分担を適宜変えていけばいいんだし――」
静巴先輩の雰囲気がいつもと違って見える。口調はやさしいが、言葉からは力強い熱意のようなものが感じられた。こんなにも静巴先輩って情熱的だったっけ? 普段はどちらかというと二、三歩下がったところからものを見ているイメージだったのに。
「なにより、二人が楽しそうだったから……」
最後の言葉は、尻すぼみになっていてよく聞こえなかった。
「つまり、静巴は私たちに妬いたと、そういうことでOK?」
「違います! なにを聞いていたんですかッ」
静巴先輩がムキになってる。本当に貴重だ。
「まあでもそうだなー、静巴の言うことも一理ある。あたしが同じ立場だったら、やっぱり少し妬けるしねー」
「だから、そういうんじゃなくて――」
「んじゃあ、くろすけをゲスト入りさせるかどうかは、今度のラジオまでに、もし『ふつおた』の中にそんな内容のことが書いてあったら検討してみようよ」
静巴先輩の否定の言葉は、部長にさらっと浚われた。
「……ゲストを呼ぶかどうかを、視聴者に委ねるの?」
納得いかないといった風にむすっとしながらも、静巴先輩は聞き返す。
「もちろん静巴も、前回に関しては一視聴者だ。でも静巴はラジオ部の部員で、純粋たる視聴者じゃない。製作サイドだから当たり前だよね? そりゃ視聴者の中には、静巴みたいに思ってくれる人もいるかもしれない。けど、そういう人ばっかりってわけじゃないじゃん? あたしたち二人のラジオが好きだって人もいるかもしれないしねー。あたしたちの一存でそれを決めちゃうのはどうかなって話だよ」
「なるほど」
静巴先輩とともに、僕も納得してうなずいた。
今までどおりの放送がいいのか、変わっていくことが望まれるのか。その二択を、前回の反応で決める。これは視聴者への迎合だ。僕一個人が拒否してノーを通すわけにはいかない。もし視聴者のみんなが変化を望んでいるのだとしたら、その期待に応えないといけない。それに僕が関係していくことになるのなら、なお更だ。それが製作する側にとっては大事なことであり、視聴者とともに作り上げていく、このラジオ放送の醍醐味でもあるのかもしれない。
「くろすけも、それでいい?」
「はい、美咲先輩」
思い切って、尻込みせずに名前を呼ぶと、部長は驚いたように目を瞠った。
が、次の瞬間には、満足そうに微笑んだのだった。
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