Take4 デート?
4-1
週末の土曜日。もうじき梅雨が明けそうな、比較的過ごしやすい晴れの日。
まだまだ湿気は感じるけれど、半袖を抜けていく風が適度に涼しい。
僕は、家から少しばかり離れた駅前の広場に立っていた。ここへ来た目的はもちろん、卓上ベルを買うためだ。けれど、あんまり駅周辺を歩いたことがないので、多少難儀していた。
駅周辺にはさまざまな店舗がひしめき合っている。呉服屋から若者向けのファッションショップ、和菓子屋に洋菓子店、家具屋に金物屋、生花店に青果店。そして雑貨屋さんなどなど。
休日ということもあり、駅前は人々の往来が盛んで賑わいを見せている。そんな中で、僕は近辺のマップと一人にらめっこしていた。
駅近くには大型のショッピングモールもあり、そちらへ行けばより卓上ベルの購入は確実性を増すだろう。けれど、部長の言葉を信じるならば、駅前の雑貨屋にあるかもしれない。二度手間をかけたくないのなら、素直にショッピングモールにするべきか……。
マップの前で延々と悩む僕を、周囲の人々はどんな気持ちで見ているんだろう。
ふとそんなことを思い出すと、なかなか気まずくなってきた。
そろそろ行こう。三十分もこんなところで立ち往生しているわけにはいかない。時間は有限なんだから、もう少しくらい有意義に使わないと。
きっと周りの人は、デートをすっぽかされた惨めな男の子がいる、とか思っていそうだ。
……僕は一人です。
不確かな事への言い訳を心の内で吐露する。
とりあえず手当たり次第に入ってみれば、いずれ見つかるかな。そんな短絡的な結論に達して、僕はついに歩き出した。
やってきたのは、駅前マップからほど近い雑貨屋さんだ。ほかの店と比べると多少大きな店舗のようで、雑貨のほかにも駄菓子とか日用品を扱っているらしい。雑貨屋というよりは、雑貨も扱うコンビニみたいな感じなのかな。
目当ての物を探すため、店内を適当に見て回る。
すると、ぬいぐるみコーナーが目に付いた。思わず立ち止まる。
いや別に、僕がぬいぐるみが好きな少女趣味を持っているとか、そういうことじゃなくて。
見覚えのある背中を見つけたからだ。
金髪の二つのお下げを前に垂らしたあの髪型は、彩華さんだ。ふりふりの黒いスカートにノースリーブの白いブラウスを着て、腰に大きなベルトを巻いている。
初めて私服を見たけれど、いつものかっちりしているイメージからは程遠く、可愛らしいお嬢様な印象を受けた。
少し驚かせてみようと思い、静かに背後から近づく。
そうっとその肩に手を伸ばし、
「彩華さん、こんにちは」
「ヒッ!? 」
肩に手が触れた途端、非現実的な存在を見たホラー映画の女性のように肩を跳ね上げ、彩華さんは振り返った。
「こ、黒鳥君……」
その腕には、いま話題の『はねトラ』とかいうマスコットキャラクターを抱えていた。コウモリみたいな羽根が生えた、トラのぬいぐるみだ。ブームは一昔前に過ぎ去ったのだが、最近また中高生の間で流行り出した、珍しいパターンのマスコットだ。
僕の視線がはねトラに注がれているのに気づいたのか、慌ててそれを後ろ手に隠す。
「意外です。彩華さんもそういうのが好きなんですね」
まったくこういうものには興味がなさそうだったから、これは新しい発見だ。
「違うわ、私じゃないわよ」
違っていた。少し前のめり過ぎたかな。
「もしかして、好きな人へのプレゼントですか?」
「す、すすすっ!? そ、そんなんじゃないわ! 別にそういうのじゃなから!」
あ、噛んだ。
真っ赤に頬を染めると、彩華さんは後ろ手に隠していたはずのぬいぐるみで、咄嗟に顔を隠す。
「ってことは、自分用ですか? でも“私のじゃない”ってさっき言ってた気が……」
面白くなって、つい追求してしまう。
すると、彩華さんは申し訳程度に顔を覗かせ、
「あなたって、意外と性格悪いのかしら?」
非難めいたことを言った。
なんというか、やっぱり気になる。特に理由はないんだけど。いや、いつも僕たちと攻防を繰り広げる愉快な生徒会副会長のことが、少しでも知りたいと思ったのかもしれない。
じっと微笑んで見ていると、彩華さんはまた顔を隠した。うーっとなぜか唸っている。
少しして、まるで観念するみたいに両手を下ろした。
「はぁ、敵わないわね。白状するわ――」
そう言って、彩華さんは三十センチくらいのぬいぐるみを手にカウンターへと向かう。レジを済ませ、プレゼント用にラッピングをしてもらうと、嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。
そして店の外へと出て行く。
僕もそれについて歩き、軒を連ねる店を横目にしばらく歩いていく。すると彩華さんは脇道を左へと折れた。僕も続いて曲がる。しばらくして、オシャレな立て看板の置いてある店に、彩華さんが入っていった。
早足で追いかけ、僕は店舗を見上げる。『カフェ・メルヘン』どうやら喫茶店のようだ。
店の中に足を踏み入れると、そこは別世界。茶色を基調とした数々のアンティークや植物で飾られた、童話を髣髴とさせるオシャレな空間だった。見渡すと、彩華さんが手招きをしている。僕は窓際の奥の二人掛けテーブルに、腰を落ち着けた。
「ここ、私のオススメのお店なの。紅茶がとっても美味しいのよ?」
そう言って、彩華さんはメニュー表を僕に差し出す。
「私のオススメは、紅茶とメープルパンケーキセットね」
聞いてもいないのにメニューを指し、オススメを押してきた。
「あのー、彩華さん?」
「黒鳥君、あなたお昼は?」
「まだですけど」
「じゃあおごるわよ、いや、おごらせてほしいわ」
……なぜ? 意味がわからない。
女の子の方から男におごるっていうのは、何か魂胆があるのだろうか? もしかして、部長がいつも彩華さんにやっている賄賂。あれを今度は僕に仕掛けて、仕返しのつもりだったり? そして生徒会にヘッドハンティングとか?
だとしたら困る。
「彩華さん、僕を引き抜こうとしたって、その手には乗りませんから」
先手を打って、毅然として断りをいれた。
「なにを言ってるの? 私がおごるって言ってるんだから、素直に受け取りなさい」
「それ受け取ったら、僕も晴れて生徒会ですか。多少考えたようですけど、僕は引っかかりませんよ。悪いですけど、僕はラジオ部を同好会から部へと昇華させるために、頑張ることを決めてるんです。申し訳ないですけど――」
そこまで口にして、彩華さんが呆然としているのに気づいた。
「どうしたんですか?」
「あなた、ラジオ同好会の中で唯一、沈着な常識人ポジションにいるとばかり思っていたけど、ずいぶんと暑苦しいのね」
「暑苦っ!? 」
「勘違いしないでほしいのは、別にあなたを強引に引き抜こうなんてこれっぽっちも思ってないのよ。だいたい、そんなこと許されることじゃないでしょ? マナーがなってないわ」
行為は違えど、なんだかラジオ部の二人を遠まわしに批判しているように聞こえる。それにこれっぽっちもってのは、少しショックだ。一人で熱くなったことに恥ずかしさも感じる。
「だいたい、あなたはラジオ同好会の期待の新人なんでしょ?」
「いや、期待されてるのかはよく分からないですけど」
どちらかというと、いいおもちゃ的なポジションかも?
自分で言っていて悲しくなるけど。まあでも、可愛がられていると思えば気が楽かな。
「期待されているのよ、黒鳥君は。見ていてわかるもの。みさ――、姫川さんの楽しそうな顔を見ていれば」
なんだか部長をよく知っているような口振りだ。なんとなく引っかかる。
でもそれとおごることになんの関係が……?
「だからあなたを引き抜いたりなんかしたら、姫川さんに怒られちゃうわ。そんなことになったら、渡せなくなるじゃない――」
隣の席に座らせたプレゼントの袋を、彩華さんはちらと見やる。
「もしかしてそのぬいぐるみ、部長への?」
彩華さんは黙ってうなずいた。
「もうすぐ、誕生日だから……」
ぼそっと呟いて、照れくさそうに俯く。
いつも喧嘩みたいなことになっているから、そのお詫びみたいなことだろうか? でも誕生日を知っていることが少し気になる。そういえば、僕は部長と静巴先輩の誕生日とか知らない。でも彩華さんは部長の誕生日を知っている。二人はそんなに親しい間柄なのだろうか? いまにして思えば、確か部長を呼ぶとき名前で呼んでいたことがあったっけ。あの時は素に戻っているとかなんとか部長が言っていた気がする。それに、いまさっきの口振りからしても、部長をよく知っているような感じが節々から伝わってくる。
そんな時、彩華さんが自分の眉間を指さし、僕を見ていることに気づいた。
ハッとする。考えることに集中して、眉間にしわを刻んでいたことに。
すると、彩華さんはくすりと微笑んで切り出した。
「私たち、小学生の頃からの幼馴染なの」
「そうだったんですか。どうりで」
「小学校三年生の時に、私が引っ越してきてね。私って見た目が他の子と違うじゃない? だから初めはぜんぜん友達が出来なくて、一人でいることが多かったの。そんな時、最初に話しかけてくれたのが美咲だったのよ」
なんだか部長らしい。その頃から面倒見がよかったんだ。
「髪と瞳以外に特徴がないからって、お嬢様言葉で話してみようって提案されたのも、そのくらいの頃だったっけ」
うん、なんか、部長らしい。平凡な僕からしたら、髪と瞳でも十分に特徴的だ。ただ単純に、面白がったんだと思う。それはきっと、彩華さんも気づいていることだろう。
なるほど。以前、お嬢様言葉になってるって注意されて、彩華さんが怒っていたのにはそういう経緯があったからなのか。
「その頃から活発な女の子でね。なにかと私を連れまわして、どこへ行くにも美咲と一緒だった」
過去形だ。なにがあったんだろう。
「でも、中学にあがって、私は生徒会に入ることになったの。いつも一緒に帰っていたのに、仕事が忙しくなってそれもだんだんと少なくなって。やがて疎遠になっちゃってね」
彩華さんはおもむろにグラスを手に取り、水を口に含む。こくりと小さくのどを鳴らし、そっとテーブルにグラスを戻した。
「そうして月日はあっという間に流れたわ。そんなある日、三者面談の時にね、偶然聞いたの。美咲が葦ヶ崎高校を受験するって」
「それで彩華さんも葦ヶ崎に?」
「うん。高校に入学すれば、またあの頃みたいに楽しく笑い合えるかなって。でも――」
「彩華さんはまた生徒会に?」
先んじて問いかけると、彩華さんは力なくうなずいた。
「なんでこうなっちゃうんだろう。誰が強制したわけでもないのに、私は自分から進んで生徒会に入ったの。美咲とあの頃みたいに楽しく過ごしたい、ただそれだけだったのに」
寂しそうな顔をしてグラスを弄ぶ彩華さんは、なんだか心ここにあらずといった感じだ。
「それから少しして、美咲が友達と同好会を立ち上げたって話を聞いたの。放送室を占拠するためにいろんなことを仕出かしたわね」
例の強攻策がどうとかいう話だ。聞くところによると、けっこう派手めなこともやっていたらしい。ねずみ花火で混乱させたり、かんしゃく玉やけむり玉を投げたり、猫を十匹くらい廊下に放ったこともあるって聞いた。
表向きは部長のせいになっているけれど、提案者は静巴先輩だとここで初めて知ることになった。
五十嵐先生にこっぴどく怒られて、それ以後、ずいぶんと大人しくなったらしい。
「そんな美咲に注意でもすれば、またあの頃みたいに接することが出来るかなって……」
「だから風紀委員会に、その役を代わってもらったんですか?」
生徒会は風紀委員とは役割自体が違う。生徒会は学校をより良くしていくために全体のことに視野を取るが、風紀委員会は生徒一人ひとりの風紀に目を配る。国か民か、大げさに分けるとそんな感じだ。そもそも、生徒会は学校行事の企画運営、その準備や経費の計算、部費の算出などが主だった仕事だ。
それなのに、彩華さんが風紀委員みたいなことをしているのには、疑問を感じたこともあった。
「我ながら、浅はかな話よね」
そう言って、彩華さんは自嘲気味に薄く笑う、
「だ、だからって別に、仲直りしたいとかじゃないんだから!」
かと思ったら、いきなりツンデレが入った。
「なるほど、だいたい理解できました」
自分なりの解釈で、なんとなく事情は飲み込めた。疎遠になってしまったから、昔みたいにしゃべるきっかけ作りとして、誕生日にプレゼントを渡そうと考えているんだ。
「……笑っていいのよ」
「いや、笑いませんよ」
笑えるわけがない。彩華さんは何事にも真面目で一生懸命だ。いままでは、やんちゃなことをしている僕たちを正すために注意しているのだと、そう思っていた。
けれど違った。彩華さんは少しでも部長といる時間が欲しかったんだ。少しずつでも、子供の頃のように話すことが出来ればと思って。そこだけ聞くと確かに、浅はかだと思われても仕方がないのかもしれない。でも、そうまでしないと修復できない溝だと思い込んでいるのだろう。
「あ、ここチーズケーキも美味しいから――」
そう言って、彩華さんは思い出したように再びメニューを指さす。
そして僕は、それが口止め行為なのだと初めて気づいた。
「安心してください。誰にも言いませんから」
数瞬、時が止まったように唖然とし、彩華さんは頭の中で僕の言葉を反芻しているみたいだった。
ややあって、
「ホントに?」
問いかけられ、僕は黙って首肯する。
ホッとしたように胸を撫で下ろす彩華さん。
「ありがとう、黒鳥君」
お礼を言われるようなことじゃないと思う。
それに、
「恋路を邪魔するみたいな野暮なことはしないですよ」
「こここ、恋路!? 違うから、私は別にそっちじゃないから! ただ美咲と仲直りしたいっていうか、なんていうかその、それだけだからッ!」
あうあうと動揺を隠すことなくテンパる彩華さんは、いつものしっかり者のイメージからは解離した別の人みたいで、見ていてとても面白い。
「仲直りって、別に喧嘩したわけじゃないんですよね?」
「そうだけど……」
「だったら大丈夫ですよ。少しばかり疎遠になったくらいなら、すぐ昔みたいに戻れますって」
「そうかな?」
「そうですよ。というか、傍から見ていても部長はいたって普通だと思いますよ? あとは彩華さんの気持ち次第だと思いますけど」
氷だけ残されたグラスを傾けては、物憂げにため息をついたり外を眺めたり。
彩華さんは彩華さんなりに、いろいろと悩んでいるんだな。
「それより、せっかくなんで食べませんか? メープルパンケーキ」
店内の時計を見ると、午後一時を回っていた。駅前でうろうろしていた時間が長かったから、少しお腹が空いている。
「あっ、そうね。頂きましょうか」
彩華さんもそれに同意してくれ、僕たちは同じものを注文した。
店員さんにオーダーする彩華さんの横顔は、どこかすっきりとして見えた。
確かに彩華さんの言うとおり、お店の紅茶は香りもよく、普段家で飲んでいるティーバッグのものとはぜんぜん違った。渋みというかえぐみみたいなものがほとんどなく、口当たりが優しい味。ストレートは苦手だったけど、ここの紅茶はそれでも美味しかった。合わせて出てきたパンケーキも格別だ。ほんのりとしたメープル味。甘すぎず、口の中で溶けてしまうようなやわらかいシフォンになっていた。紅茶との相性も抜群だ。
『いらっしゃいませー』
その時、店員さんの元気な声が店内に響いた。新しいお客さんが入ってきたのだ。
こんな脇道に入ったことなんてなかったから、一見マイナーなお店だろうと思っていたけど。意外と知っている人は知っている穴場なのかも?
そんなことを考えていると、
「あれー、彩華にくろすけじゃん。こんなとこでなにしてんのー?」
呼びかけられて振り返ると、そこには話題の部長の姿が。
いつものツーサイドアップではなく、今日は気分なのかサイドテールに結っている。オフショルダーのニットにショートパンツという、なんとも動きやすそうな格好だ。肩出しのせいで見える鎖骨、そしてなによりパンツと黒いニーソックスの間の絶対領域がとてもまぶしい。
彩華さんを見やると、「う、あ……う」と顔を真っ赤にして狼狽している。そしてばつが悪そうに、急に立ちあがった。
「じゃ、じゃあ黒鳥君、私は、お先にし、失礼するわね」
お皿には、まだパンケーキが半分以上残っていた。
「彩華さん、パンケーキは……」
「あげるっ!」
そうして部長と目を合わすことなく俯き気味で、すたすたと彩華さんは去ろうとする。大きなリボンで飾られたぬいぐるみの袋を、座席に置いたまま。
「あっ、彩華さん、ふくろ、ふくろ!」
呼びかけに足を止め、やはり俯いたままでUターン。プレゼント袋を引っつかみ、
「し、失礼するわっ」
袋を小脇に抱きかかえ、耳まで赤くして彩華さんは強く別れを言った。
「ん~? 彩華のやつ、なんか顔赤くなかった? 風邪でも引いたのかな。まさか、静巴の風邪がうつったとか!」
「風邪じゃないから心配いりませんよ。ところで部長、なんでこんなところに?」
「なんでって、このお店、あたしのお気になんだよねー」
……あー、なるほど。妙に納得してしまった。
なんだか、すごく微笑ましいな。というか可愛らしい、そう思った。
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