第2☆油断大敵

 中学生の折に、しかも受験シーズン真っ最中というとき。

 作文を短くまとめられないわたくしは、内申のためだと思って、初めて夏休みの作文を書いた。生涯に生まれて初めてだった。

 簡単な随筆を書くつもりだったが、短くまとまらないので十枚もの話になった。

 これは実は褒められたことではない。

 作文の書き方にはいろいろある。どうしても書き方がわからないという生徒にはテンプレが回されてきたものだ。小学校の折である。


 しかしわたくしは作文が大っ嫌いッである。

 なぜなら正直になれない正直者だからである。

 学校の宿題を見て、

「なんで家のプライバシーを、学校の人に見せなくてはならないの?」

 こう考えるのである。

 だったら、簡単な作り話でもすればよかったものを、それはそれでつまらないと思っていた。


 わたくしの周りには清濁あわせもつ事柄が多かったんである。そして、清の方は大切にしておきたい=人に教えたくない事柄だったし、濁の方はあまりにもありきたりでつまらない。


 たとえば…清の方は、

「今日も神社にお参りに行きました。おいのりをしました。今日も虫取りをしました。晴れてよかったです」

 に尽きるし。

 濁の方は、

「今日もお父さんがケガをさせられて会社から帰ってきました、クリーンなエネルギーってなんなんでしょうか? 原発反対のどこがいけないのか、わかりません」

 ということになる。

 正直前者は語っても仕方のないこと。後者は社会的波紋を及ぼす重大事件だ。

 ゆえにどちらも作文には書けない。

 そういうことである。


(内容を補足すれば、前者はわたくしが毎日神様においのりをする暇な子供だったことを打ち明けることになるし、馬鹿にされると思った。後者ははっきりとはわからないが、実は父親がそのとき原発反対運動をしていたらしい、というのがあとでわかった。このことをもらせば、学校でいじめられるもとになっていただろうし、父の社会的立場も危うかった。宿題を出さなくて正解だったわけだ)


 学校の先生も、そういう事情を鑑みて、宿題を出してもらいたいものだ。


 ところが、その手の宿題が、中学生になってもあったのである。一応、自由課題とあったが、読書感想文が必須だったから原稿用紙を買った余りで書いてみた。

「おまえは将来作家になれ」

 と、まだまだお若い女の先生が言った。一応担任の先生だ。

 冗談ではない。

『自分がなりたかったんでしょ?』

 心の中で思った。

 わたくしは学区内で三番目の進学校へいくのだ。そんな暇などない。

 がむしゃらに書いたし、評価されたのはうれしい。

 が、それは行きたい学校へ入るための布石である。


 しかし、学年さいごの説明会でハプニングが起こった。

 非常勤務の最高齢の先生が、マイクをとったとたん、バタッと後ろへ倒れてしまった。

 のちに高校の友人から聞いたことだが、人が倒れるとき、前へではなく、後ろへ倒れるのは命の危険があるときである、と。

 そのときがまさにそうだった。


 割愛するが、これは生涯何番目かに入るトラウマとなった。

 なにせ、目の前で人が死んだのは二度目である。


 わたくしはその先生に、

「アミノ酸がタンパク質を構成した時点で生命が誕生したと教科書にありますが、ただのタンパク質は物質にすぎないのであって、それが生命になるのにはなにか別のものが必要だったのではありませんか?」

 という、質問をしていた。

 先生はすぐには答えられない、と言い、

「調べてくる。さすが成績九の子だ」

 と言われた。

『九か……』

 と、なんだかうれしくもつまらない回答だと思った。

 答えは高校に入ったらわかったのだが、わたくしは同様の質問を父親にしており、彼は夜も眠れないで自律神経失調症に陥った。わたくしのせいであろうか……?

 父はあちこちの本屋をめぐり、都会の大きな専門店まで行って調べてくれた。

「ゲノムだ。しかし、ゲノムってなんだ……?」

 と、彼は悩んでいた。

 彼の時代にはまだ、人が猿から進化したなどと、とても信じられない世界の出来事だったし、ローマ法王もダーウィンの進化論を認めていなかった。

 ゆえに、彼は思い悩みながらこう言った。

「ゲノムは、塩基配列で……(以下、高校レベルの生物の教科書参照のこと)」


 わたくしが答えを知ったとき、先生は亡くなってしまっていたのだ。

 先生から聞きたかった。

 生まれて初めて、わたくしを「さすが」と言ってくれ、認めてくれた先生から、聞きたかった。


 だから、高校に入ってからは、生物ではない物理を選択した。

 わたくしは心のどこかで先生にはかなわないと感じていたのかもしれない。

 授業は、ほとんど壁に寄りかかって聞いていたが、なんの努力もせずに頭に入った。努力のし過ぎで、低血糖に陥り、一時期脳が酸欠状態だった。ダイエットの知識によると、そういう時は一時的に集中力が上がるらしい。

 なんの努力かと言ったら、部活だ。勉強と両立させないと、やめさせると親がうるさい。わたくしはジョギング・筋トレ・筋トレ・筋トレ・食事制限・勉強、と一身に打ち込んでいた。当然痩せた。半年で十キロやせたので、保健室に呼びだされ、心配された。

 思春期には女子の体重の激変はままあることらしく、特に注意された。

 が、わたくしは生活を改めなかった。調子が乗っていたからである。


 そして高校に入ったら――つまらない。あまりにつまらなかった。

 まず、生半可なエリート意識がないのはいいとして、生徒全員、おとなしすぎる。コギャルなんていない。入学式の時、前にいた娘が見るたびにピアスを増やしていたり、授業中に田中芳樹のアルスラーン戦記を読んでいても注意されない成績上位者もいたし、馬鹿のふりをしてはいるが、わたくしより四つも成績が上の娘もいた。中学校とは全く違う。なんだかかちんとくる言い方だが、同じようなレベルがそろっているところというのは、つまらない。

 イコール、自分はつまらない人間なんだ……と感じてはいた。

 おおかたの娘とは友達になってしまったが、やっぱり部活に専念していたために、色恋には無縁であった。

 すべり止めの高校の方がよかったんじゃないか? 偏差値も二個くらい上だったし。大学までエレベーター式だったし。だけど女子高ってね……言葉遣いが悪くなると聞いて嫌厭したのだ。

 大学選びも同様で、毎日授業と部活でへろへろになりながら、通信教育にも取り組んでいた。


 しかし、わたくしはあまりのつまらなさに、うっかりミス(?)を連発した。

 面白さを求めてしまったのである。

 まず、生物より物理を。日本史より世界史を。レベル下より上を。英語も、古典も上、上、上!!!

 そして、必要以上の単位を取得した。勉強をするなら、今しかない、と考えたのだ。


 結果、順位は上位から下位へ。(正直後ろから数えたほうがはやい)

 父は怒るし、母は私大を勧めた。当然部活も一つやめさせられ、葛藤のうちに現国の成績だけがぐんぐん伸びていった。偏差値七十二以上。メモリを振り切った。 

 しかしこれまた、作文が書けないのである。

 読書感想文は速読でなんとかこなした。先生の反感を買ったらしいが、その時は気づかなかった。韓国人の国籍を持っている女子と仲が良かったので、わたくしも同様だと思われた模様である。なんでわかるかというと、現国の先生はセクハラ魔王だったのである。それが、その娘とわたくしにだけしてこない。意識しているのだ。しかし当時はセクハラなどあって当たり前で、それは女子が自分で気をつけねばならないことだった。

 脱線したが、その頃、大卒の就業率が下がり始め、大学へ入っても職につけないぞおまえら、と言われる時代となった。進学校なのにせつない。対策として、友人は大学院に入った。そののちどうしているだろうか。話したことがない。

 たしか先生はその夏の記録的大雨に、

「七年後には蝉がいない」

 と言っていたが、あれは七年大学にいても生き延びられないぞ、という意味だったのかもしれない。

 

 わたくしは、と言えば小論文のへたくそさに泣いたが、留学が決まった。

 上へ上へ精神が役だったのである。年額授業料が五百万かかった。とんでもない。勉強の仕方がわからなくて四苦八苦し、なんとかこなした、なんとかなった、と息を切らせているときに親からの一言に絶望する。

 いわく、

「留年してもいいから」

 冗談ではない! わたくしは発狂した。当然、病院ゆきで退学するに至った。

 そして、日本で保護入院させられ、五か月で退院したのち、薬の副作用に悩みつつ、デイケアに通い、そして新たな目標を決めた。


「私は作家になるしかないのよ!」


 そういうわけである。

 人間、トチ狂うとはこのことで、今もあきらめてはいない。

 ネットで作家。いいじゃなーい?

 かなり、やりがいのある行為である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る