第11話

  再誕 ⑪


 浮遊する魔王城を大きな揺れが襲った。

『これは・・・・・・』

 至高なる不死王アーバインは足を止め、呟いた。

『何の魔力も波動も感じられぬ。それでいて、塔の中枢が消滅している。これこそが霊剣の誇る虚無の力か』

 アーバインは微かな狂喜を見せながら、そう口にするのだった。

『魔王アセルミアの安否も気がかりではあるが、その前に片付けねばな・・・・・・』

 と言い、アーバインはおもむろに背後を振り返った。

 そこにはダーク・エルフのトゥセと、片腕を失った格闘家のアーゼが魔力を高めていた。

「さぁ、第2ラウンドと行こうぜ」

 そうトゥセは不敵に言い放った。

『何度やっても同じだ』

 と答え、不死王アーバインは目を閉じ、静と動の構えを再び示すのだった。


 ・・・・・・・・・・


 一方で人型に変化した茶猫のケシャは、胸を貫かれても何とか生きていた。

『へぇ、獣だから心臓が二つあるのかしら?アハハッ!面白い、面白いわね。すっごく!』

 そう不死王テレ・ネアは叫び、ケシャへと無数の魔弾を放っていった。そして、彼女の言葉は正しく、ケシャには心臓がもう一つだけ残されていた。

 ケシャはこれを巧みに躱し、テレ・ネアへと真空の刃を放つのだった。

 しかし、テレ・ネアはフッと笑い、魔力で真空の刃を打ち消した。

『でも、その体、避けづらいんじゃないかしら?』

 次の瞬間、テレ・ネアの周囲に数知れぬ白い球体が出現し、それぞれの球体から無数の白い茨がケシャを貫かんと伸び迫った。

 対し、自動回避により空中を華麗に躱し続けるケシャをテレ・ネアは楽しげに見つめていた。

 今、白い茨の自動追尾とケシャの自動回避は完全に拮抗していると言えた。

『なる程ね。なら、これはどうかしら?』

 そして、テレ・ネアは先程の光輪(チャクラム)を、右足と左手を失い立ち上がれずに居るカシムに向け放った。

「ッ!」

 ケシャは何の迷いも無く、カシムを守るため光輪に立ちはだかった。

 何とかケシャは光輪(チャクラム)を弾こうとするも、ケシャの力ではそれは止まらず、ケシャの残った心臓を無慈悲に貫くのだった。

 これにより光輪は軌道を逸らし、カシムの心臓のわずかに横を通り過ぎ、建物に突き刺さっていった。

『ア・・・・・・』

 全ての心臓を貫かれ、ケシャは力なく倒れた。

 さらに変化(へんげ)が解け、ケシャの体は元の小さな体に戻っていった。

 茶猫ケシャの体からは止めどなく血が溢れ、もはや命の灯(ともしび)は尽きようとしていた。

 一方で、カシムも心臓に直撃こそしなかったが、胸を貫通しており、口から血をこぼしていた。

「ケシャ・・・・・・ケシャ・・・・・・ッ」

 それでもカシムは身を引きずりながら、ケシャのもとへと這っていくのだった。

 しかし、カシムの声にケシャは答える事はなく、その体からマナの光を天に散らしていくのだった。

 後にはカシムの慟哭(どうこく)が響いた。

 それを不死王テレ・ネアは嘲笑うのであった。

『アハハッ!猫が死んだくらいで何ピーピー泣いてるのかしら?何て愚かなのかしら、アハハハハッ」

 その時、テレ・ネアは後方よりただならぬ殺気を感じ、思わず横に跳びすさった。

(今のは恐怖?ありえない、この私が・・・・・・)

 戦慄するテレ・ネアは、その正体を見極めるべく視線を向けた。

 そこには歩道橋に寄りかかりながら佇む大男のポポンの姿があった。

『今のはお前?』

 と、テレ・ネアは指差し問いかけた。

 しかし、ポポンはジロリとテレ・ネアを睨(にら)むばかりで、何も答えようとしなかった。

『今のはお前かと聞いているの』

 不死王テレ・ネアはポポンの眼前へと瞬間移動し、そう尋ねた。

 すると、ポポンは首を横に振り、口を開いた。

「よくねぇ、よくねぇよ」

『何が良くないのかしら?』

 わずかに浮遊するテレ・ネアはポポンの顔を覗きながら聞くのであった。

「不死王さんよぅ。あんたは人だった頃の情も捨て去っちまったのかい?今、俺は怒り狂う所なんだろうが、あんましにもブチ切れちまったんで、逆に落ち着いちまってるよ」

『あらそう。それで?』

「あんたみたいに精神年齢が低いと人を小馬鹿にしか出来ねぇのかも知れないけどよ・・・・・・。愛っていうのは、もっと深いものなんじゃねぇのか?」

 とのポポンの言葉に、テレ・ネアは怒りでその身を震わせた。

『ハハッ、アハハハッ!この不死王に対し、悠久の時を超えし神にも等しい存在に対し、薄汚い人間ごときが、説教を施すとはッ!』

 そして、テレ・ネアの周囲には天をも揺るがす膨大な魔力が吹き荒れた。

 しかし、ポポンは一歩も動じる事は無かった。

「だが、その体。いいな」

 とのポポンの突然の言葉に、テレ・ネアは微笑みを浮かべた。

『何?今更おだてたって無駄よ』

「いや、外見が化け物だと殴りやすい。女相手だとちょっとな」

 それを聞き、テレ・ネアは一瞬キョトンとし、すぐさま怒りの形相を見せた。

『殺すッ!』

「お前もなッ!」

 次の瞬間、ポポンの拳がテレ・ネアの顔面に突き刺さった。

 そして、テレ・ネアの体は大きく後方に飛ばされていった。

『ウ・・・・・・ア・・・・・・何で、私の体。攻撃が通って』

 見れば、テレ・ネアの頬から大きなヒビが顔面一帯に広がっていた。さらに、目隠しも砕け散っていき、その内からは爬虫類の如き、それでいて幽美な瞳が露となった。

 しかし、この攻撃にポポンも無事ではなく、代償として殴りつけた腕が光と化して散っていった。

 これによりポポンは両腕を失った事となる。

 しかし、それでも彼には蹴る事も頭(ず)突(つ)く事も出来るのだ。

「来いやァァァァァッ!」

 と血を吐きながらポポンは叫び、最期の戦いに身を投じていくのだった。


 ・・・・・・・・・・


 気づけば団長ヴィルと竜ティアは不可思議な空間に居た。

 霊剣の力により確かに彼らは虚無へと消えたはずであったが、今、彼らは実在していると言えただろう。

「ここは・・・・・・」

 ヴィルは辺りを見渡し呟いた。

 そこは世界の全てであった。

 星の総体(そうたい)と言えた。

 連綿と広がる三千大千世界の情報の一端がそこには存在した。

『アカシック・レコード。それが、この場の名だ』

 声のする方向を振り向けば、そこには魔王アセルミアの

後ろ姿があった。

「何故、生きているッ!」

 ヴィルは腰の愛剣を引き抜き、叫んだ。

『生きては居ない。しかし、死んでも居まい。あの玉座はアカシック・レコードへの接続点であった。だが、そこには魔女の王による封印が施されていた。その封印をお前の霊剣が解除してくれたのだよ』

 とのアセルミアの説明に、その言葉の全てが分からずともヴィルは愕然とした。

「そんな・・・・・・俺は・・・・・・」

『案ずるな。逆に言えば、貴様らも死んでは居ない。私はあくまで公平(フェア)だ。さぁ、このアカシック・レコードの所有を賭け、死(し)合(あ)おうでは無いか。ヴィル・ザ・ハーケンス、そして星(せい)竜(りゅう)ティアナトーよ!』

 すると、魔王アセルミアの体内より無数の魔刃が自ずと突き出ていった。

『言っておくが、霊剣はもはや存在しない。彼(か)の剣は力を失い砕けていった。そして、我が核はアカシック・レコードの表皮と同化しつつあるのだ』

 アセルミアの言葉に対し、ヴィルはギリッと奥歯を噛んだ。

『さぁ、始めよう』

 両手を掲げるように広げながら、アセルミアは告げるのだった。

 それに対し、ヴィルとティアは共に叫び声をあげ、魔王へと果敢に立ち向かうのだった。


 ・・・・・・・・・・


 不死王レヴィストルは漆黒の雷(いかずち)を纏いながら空中の高みに浮遊していた。

 眼下には焼き焦げた小人族のモロンと剣帝シオネスの姿があった。

『やれやれ。さぁ、続きをしようか。剣聖の息子、剣帝シオネスよ。あの冒険者達の中では、お前以外ではカード使いの男くらいしか俺の相手をしてくれそうに無いからな』

 そう言い、レヴィストルはシオネスに対し大剣を向けた。

 対して、シオネスは答えた。

「お前は勘違いをしている。ヒヨコ豆-団で最強なのは俺でもトゥセさんでも無い」

『ほう。なら誰だ?言って見ろよ。ヴィル・ザ・ハーケンスは無しだぜ』

 しかし、次に紡がれるシオネスの言葉は意外なものだった。

「モロンさんだよ」

『人を馬鹿にするのも、いい加減にしろッ』

「馬鹿にしているのはお前だ。感じないのか?エヌの力を」

『エヌだと?』

 その単語にレヴィストルはギョッとした表情を浮かべた。

「モロンさん・・・・・・すいません。俺ごと奴を滅ぼしてください」

 そのシオネスの言葉と共に、モロンがゆらりと立ち上がった。

「ごめんね・・・・・・。じゃあ、始めるよ」

 そして、モロンはそっと眼を閉じ、魔力を高めその全身を光(ひかり)輝(かがや)かせていくのだった。

『オオオオオオオッッッ』

 との謳い高まるようなモロンの声が響きわたり、彼の頭上には天使の如き輪が出現した。

『なんだ、なんだッ!何だよ、それはァァァッ!』

 突然の強敵の出現に、レヴィストルは狂喜の笑みを隠しきれなかった。

 しかし、膨れあがるモロンの魔力を感じ、徐々に危機を覚え始めた。

『な。馬鹿な・・・・・・嘘だろ?おい、おいおいおいッ!それはヤバ過ぎるだろうがッ!』

 その時、レヴィストルの足をシオネスの鞭が縛った。

「逃がしはしない」

 とのシオネスに対し、レヴィストルは獰猛(どうもう)に叫んだ。

『発動する前に殺しゃ関係ねぇッ!』

 そして、レヴィストルは一気にシオネスに大剣を突き立てた。

 今、シオネスの体を大剣が貫通していた。

『お前・・・・・・何で避けようとしない』

 不気味な悪寒の中、レヴィストルは気づけば尋ねていた。

「やっと捕まえた」

 そう告げ、シオネスは口元より血を零しながらレヴィストルの両肩を掴んだ。

 次の瞬間、レヴィストルの体ごとシオネスの全身は燃え上がりだした。

 シオネスの背後には常に精霊なるターニャが守護しており、彼女もまたその身を焼いていくのだった。


『私は置きましょう。発火する聖具の上に、悪しき魂を』


 そのシオネスと精霊ターニャの紡ぎ重なる音霊と共に、聖なる炎は激しさを増していった。

『ふざけるなッ!貴様ら如きが、この不死王レヴィストルをッ!』

 この時、モロンの詠唱が唐突に止んだ。

「レクク、ニョモ、ガイン、リコリスさん、ロイスさん。それに皆(みんな)・・・・・・今、行くね」

 その刹那、聖火と悪しき魂ごと、エヌの波動による光の柱が全てを飲み込んでいった。

『アアアアアアッッッ!そんなッ。この俺が、不死王なるこの俺がッ。アァァァァァッ!』

 そして、超再生も追いつかず、不死王レヴィストルはこの世界から消滅していった。

 光の中それを見届け、シオネスは満足そうに目を瞑り、ターニャの魂に包まれる中、散っていくのだった。


 気づけばモロンは花畑に横たわっていた。

 体を起こし、立ち上がり、ふと横を向く。

 その先には会いたくてやまなかったヒト達が居た。

「モロンッ!」

 そう声をあげ、ヨチヨチと可愛らしく駆けてくるのは、愛らしいゴブリンの少女のレククだった。彼女はかつてヴィルやモロン達に救われ、ククリ島に残り、そして寿命を迎えた。

 天寿をまっとうし先に逝った彼女は安らかなる世界でモロンを待ち続けて居たのだ。

「レククッ!」

 そして、二人は抱きしめあった。

「僕、僕、頑張ったよ。頑張ったんだよ」

 涙をこぼしながら、モロンは言った。

「うん、見てたよ。ずっと、見てたよ。とっても格好良かったよ」

 すると、「ニョモッ!」という声が足下から響いた。

 見れば、半透明の小さな子であるニョモがモロンにピトッとしがみついていた。

「ニョモちゃん」

 と、その名を呟き、モロンはかつての仲間であるニョモの頭を優しく撫でた。

 そして顔を上げると、花畑の向こうにはロイスやリコリス、ガインといった死した仲間達が手を振っていた。

 さらに、シオネスとターニャも手を繋ぎ微笑みを湛(たた)えていた。

 モロンとレククは互いに顔を見交わし、ニッコリと笑顔を浮かべ、それぞれニョモの小さな右手と左手を握り、三人で彼らのもとへと駆けだして行くのであった。


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