第10話

  再誕 ⑩


 ヴィルとティアは、魔王アセルミアの待ち受ける《深淵の塔》へと意外にもすんなりと入る事が出来ていた。

 それは明らかにアセルミアの意志であるように思えた。

 すなわち、罠である事が覗えるのだった。

 しかし、時が無い今はそれに乗るしか方法が無かった。

 塔の内部では、時間と空間と重力が歪んでおり、ヴィル達を混乱させた。

 しかし、それ以外にヴィル達を阻む者は存在しなかった。

 無人の迷宮なる塔内をひたすらに進むうちに、ヴィルとティアは上下の感覚すら失っていた。

 そんな中でさえ、ヴィル達は魔王アセルミアの禍々(まがまが)しい魔力をはっきりと感じ、その方向へと迷わず進むのだった。

 今、決戦の時は近かった。


 ・・・・・・・・・・


 一方で、剣聖シオンの息子シオネスは、天魔の力を解放した不死王テレ・ネアの波動を遠く感じ取った。

「これは・・・・・・」

 それに対し、眼前の不死王レヴィストルは言い放った。

『テレ・ネアめ、もう力を解放したか』

 これを聞き、シオネスは目を見開いた。

「クッ。皆が危ない」

 この時、レヴィストルはシオネスに一気に大剣を振るった。

 それを二刀で受け、シオネスは衝撃で後方に飛ばされた。

『他人の心配をする余裕があるのかッ?おいッ!ハハッ。なら、いいさ。俺も見せようか?天魔の力をッ!』

 と叫び、不死王レヴィストルは、不死王テレ・ネアと同じように天魔の力を解放するのであった。

 すると、天より突如として暗雲が生じ、黒き雷がレヴィストルに降り注いだ。

 そして、黒き雷(いかずち)の鎧をまとったレヴィストルが降誕したのだった。

『さぁ、始めよう』

 次の瞬間、レヴィストルの姿は消えた。

 シオネスは勘を頼りに、襲い来る神速の攻撃を次々に防いでいった。

 それらの攻撃はさながらに迅雷の如くであり、周囲にはレヴィストルの通った残像の跡が幾条にも見受けられた。

シオネス自身も相当に素早くはあるのだが、さすがに雷に準じる速さとまでは言えなかった。

「クッ、ならッ!」

 シオネスは魔力を全解放し、周囲の全てを炎の海で埋め尽くしていった。

 しかし、それを避ける事は今のレヴィストルにとり、さほど難しくはなく、瞬時に高層-建造物の屋上へと駆け上がり、眼下の炎を楽しげに眺めていた。

『どうした?手詰まりか・・・・・・ん?』

 その時、レヴィストルに何かが迫った。

 レヴィストルは後方に避けるも、その何かは屋上をコロコロと転がるだけだった。

『なんだ?木の実?』

 レヴィストルが拾おうとした瞬間、それは突如として爆発した。

 とっさにレヴィストルは上方に躱していたが、そこには白い風船がいくつも待ち構えて居た。

 白い風船達は機雷の如くに弾け、レヴィストルを襲った。

『クソッ。何だ、これはッ!』

 レヴィストルの皮膚はこれらの攻撃により、弱冠、焼けただれていたが、瞬時に超再生していった。

『お前の力か・・・・・・』

 レヴィストルの刺すような視線の先には、小人族のモロンが居た。

 モロンは遠方の高層-建造物の上で、術式を発動していたのだった。

 すると、レヴィストルの周囲に再び白い風船が出現していく。

『下らないんだよッ!ガキがッッッ!』

 レヴィストルが魔刃を一閃するや、風船達は全て断ち斬られ消滅していった。

 そして、レヴィストルはモロンへと瞬時に迫った。

 しかし、その刹那、レヴィストルの体はあらぬ方向へ弾かれていった。

 シオネスの剣がレヴィストルを阻んだのである。

(見えずとも、向かう先の軌道が分かって居れば打ち返せる。銃使いを相手する要領で)

 と、シオネスは空中で思いながら、レヴィストルへと追撃を開始した。

 しかし、レヴィストルの対応は意外なものだった。

『近接戦だけが得意と思うなよッ!』

 レヴィストルの言葉と共に、暗雲より夥(おびただ)しい数の雷がモロンとシオネスに向けて、降りしきるのであった。

 これらの無数にして神速なる雷撃を避ける事は二人にとり不可能だった。

 そして一瞬の閃光の後に、重なる雷鳴が無慈悲に轟きわたった。


 ・・・・・・・・・・


 狂戦士ローとドワーフのギートは、不死王アーバインの前に屈しかけていた。

 アーバインの強さは3体の不死王の中でも最上とされており、いかな強者であるローとギートと言えど、太刀打ち出来ないのは当然である。

 しかし、相手がどれ程に強大であろうと、ロー達はしぶとく何度も何度も立ち上がり続けるのだった。それこそがロー達の長所でもあった。

『その不屈の闘志、賞賛に値する。だが・・・・・・』

 次の瞬間、不可視の攻撃が多方向からローとギートを襲った。

 それらはアーバインの放った拳撃であり、霊体の巨大な手ほどの威力は無かったものの、非常な速さを誇っていた。

 ロー達は成すすべも無くそれらの攻撃を喰らい、宙を舞っていった。

『悲しいかな。想いが叶うとは限らぬのだ。この世界は』

 そう告げるアーバインはどこか憂い気であった。

 もしかしたら、今の言葉は過去の彼自身に対し呟いたのやも知れない。

 ローとギートは地面に倒れ、血を吐いていた。

 すると、竜マニマニが黒いレーザーを不死王アーバインへと放った。

 それをアーバインは右拳で易々と弾いた。

『いいのか、そちらを無視して?』

 とのアーバインの言葉にマニマニはハッとした。

 こうしている間にも、周囲の騎士達は異形(フリークス)達と戦い、命を散らしていくのだった。

 マニマニは騎士達を守るために、アーバインでは無く騎士達に群がる異形(フリークス)達に対しレーザーを放っていった。

『無垢そのものだな、あの幼き竜は。竜に免じ、貴様らを見逃そう。魔王アセルミアのもとに侵入者が到達しているようだしな。あまり気乗りはしないが、いい加減そちらへ向かわねば』

 そう言い残し、アーバインはロー達に背を向けた。

「待てッ・・・・・・」

 ローは片膝をつきながら、声をあげた。

 しかし、アーバインは足を一瞬止めただけで、再び歩き出すのだった。

『待ってよ、アーバイン』

 その時、異形の声が響き、地面より黒い何かが浮かび上がった。

 黒い何かは粘体であり、その姿を人型に変えていった。

『ゼア・・・・・・』

 不死王アーバインは、その者の名を口にした。

『王には成れなかった不死の僕だけど、こいつらをいたぶるくらいなら出来る』

 そう言い、不死なるゼアは低く笑った。

対し、アーバインは珍しく肩をすくめた。

『好きにするが良い。どうせ何を言っても、お前は聞かないのだから。以前も今も』

『分かってるね。短くない付き合いだしね』

 とのゼアの言葉に、アーバインはフッと笑い、一瞬にして姿を消した。

『ハハッ。じゃあ、代わりに僕と遊ぼうかッ!ヒト達よッ!』

 そう凶悪に叫び、不死なるゼアは黒く歪んだ波動をまき散らしていった。



 ・・・・・・・・・・


 団長ヴィルと竜ティアは、ついに魔王アセルミアの待ち受ける玉座の間(ま)の前に辿り着いた。

 その巨人族ですら小人のように映るであろう高大な扉は独りでに開き、ヴィル達を中へと招くのだった。

 ヴィル達が内(うち)の暗闇に足を踏み入れるや、青い炎が次々と奥に向かって燃え上がり、その間(ま)を照らした。

 そして、その最奥に位置する禍々しい玉座には、呪詛の布を身に纏った魔王アセルミアが不敵な笑みを浮かべ、ヴィル達を見下ろしていた。

『ようこそ、至高なる冒険者達よ。いや・・・・・・もはや、貴様らは冒険者と呼ぶにふさわしくない。別の名を与えよう。元々、私は冒険者という称号に違和感を覚えていた。そうだな、なら、こう呼ぼう。探求者と。始まりの冒険者クル・フィネスも探求者と呼ぶにふさわしい。そうは思わないかね?』

 とのアセルミアの長舌に、ヴィルは露骨に顔をしかめ、袋から布に包まれた闇のオーブを取りだした。

「これが何か分かるか?」

 闇のオーブを結界越しに握り、ヴィルは魔王に見せつけた。

『もちろんだとも。我が半身、いや本体とでも呼ぶべき核(コア)だ。運んでくれた事、感謝しよう』

「感謝されるいわれは無いさ。もう、これで全てが終わるんだからな」

 そして、ヴィルは背の霊剣を一気に引き抜いた。

 今、ティアはヴィルの右手に、左手を重ねた。

 ヴィルとティアの魔力が《共神》の如くに重なり響いていく。

 魔王アセルミアは目を細めながら、それを興味深げに眺めているだけであった。

『虚無よッ!」

 ヴィルとティアの叫びに呼応するかに霊剣は激しく鳴動しだした。

次の瞬間、霊剣は虚(うろ)なる波動を発し、全てを時空の彼方へと葬り去らんとした。

 玉座の間(ま)の何もかもが、その刹那、消滅するのであった。

 

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