第4話
再誕 ④
古代龍グレドロス・エルトシアの壮絶なる最期を悼み、邪竜達は嘆きの声をあげていた。
屈強なる邪竜の頬に透明なる雫(しずく)が伝う。
しかし、哀しみは怒りへと転じた。
一匹が咆哮をあげた。
それは伝搬し、邪竜達は魔王城に向け怒声を発するのだった。
すなわち、偉大なる古代龍グレドロス・エルトシアの誇り高き死を汚した者、魔王アセルミアに対して邪竜達は激昂せずには居られなかったのだ。
そして、邪竜達はヴィル達に背を向けたまま、魔王城へと進軍していった。
これにはヴィル達も呆然とした。
「何が起きてるんだ・・・・・・」
思わずヴィルは呟いた。
『あの竜達は魔王に怒(いか)っているのよ。古代龍グレドロス・エルトシアの最期を踏みにじったと』
とのティアの言葉に、ヴィルは全てを理解した。
「でも、これは好機だ。これだけの邪竜を相手じゃいくら魔王でも」
そうヴィルが言いかけた刹那、滅びが天より降りてきたのだ。
上空より無数の白光する柱が降り注いだ。
それらは一つ一つが飛翔艇を飲み込む程の円柱であり、触れる全てを塵とするのであった。
邪竜達はこれを受け、次々と体を霧散させていった。
彼らは断末魔の悲鳴をあげる間もなく、死していったのだ。
「魔王城の防衛機構か・・・・・・」
狂戦士ローは竜マニマニの背で、呟いた。
さらに、光の柱は消えずにその場に留まり、乱雑に移動しだした。
これにより、より多くの邪竜が光の柱に飲まれていくのだった。
今の所、飛翔艇や竜のマニマニとティアの所には、光の柱は直撃していなかったが、魔王城に近づくにつれ、光の柱の密集具合が増していった。
しかも、飛翔艇は先程の戦闘により、著しく傷ついており、徐々に下降しているのだ。
目の前に魔王城は見えていたが、このままでは光の柱が無くとも、高度が足りなかった。
「クゥッ、これだから空は嫌なんじゃ!」
ドワーフのギートは、そうぼやきながら飛翔艇を何とか浮上させようと苦心していた。
その時、異端の魔導士シーレイが前に進み出た。
『仕方ない・・・・・・』
彼がそう呟くや、飛翔艇の全体を魔方陣が覆った。
次の瞬間、飛翔艇は時空転移し、数百メートル上方にワープしていた。
これこそがシーレイの帝国最高の魔導士たる実力だった。
「す、すげッ」
ダーク・エルフのトゥセも驚嘆せずにいられなかった。
しかし、その時、シーレイは激しく咳き込み床に片膝をついた。
その口元からは血が零れていた。
「お、おい。大丈夫か?」
格闘家のアーゼは心配そうに声をかけた。
『これ程の大きさの物体を転移させたのは初めてで、体が付いて来ないだけだ。案ずるな。あと4回は使える』
そう答え、シーレイはローブを脱ぎ捨てた。
彼の体には6つの魔導核が埋め込まれていた。
半機械化されている体からは血と魔油(まゆ)がしたたり落ちていた。
さらに今回の転移の負荷で、魔導核の内の一つが砕けているのだった。
さながら、シーレイは人型の魔導器と言えたかも知れない。
そして、彼の動力源が6つの魔導核であり、その一つを今回の転移で失ったのだ。
『一個の魔導核を消費すれば、一回は転移できる。故に後4回だ』
とのシーレイの声が甲板に響いた。
「お前・・・・・・その核(コア)が全て砕けたら」
そう言うヴィルに対し、シーレイは鼻で笑った。
『死など私の怖れる所では無い。それよりも、今の下降スピードでは、5回、上方に転移しても、とてもあの城に辿り着けんぞ』
シーレイの言葉に、皆はハッとした。
確かに、それは紛れもない事実であった。
すると、ドワーフのギートは迷い無く、決断した。
「総員ッ!不用な物を全て捨てていけッ!食料も物資も何も要らん。早くせんかッ!』
とのギートの怒号に、ドワーフ達は急ぎ甲板などから荷物を空に捨てていくのだった。
すると、心なしか落下の勢いが弱まっているように思われた。
しかし、これでも足りなかった。
「届かない・・・・・・」
トゥセは魔王城との距離を目視で正確に捉え、そう結論づけた。
「クゥッ、砲塔を捨てろッ!砲弾もッ!もう必要ないわいッ!」
そうギートは命じた。
「で、ですが、あれは古代文明の叡智が詰まっており」
と、部下のドワーフの言葉を、ギートは聞き入れなかった。
「このままでは宝の持ち腐れじゃ。いいから放り捨てんかい!」
そして、虎の子の砲塔や砲弾が次々と眼下の海へと落とされていった。
「ティアッ!人員を少しでも乗せよう。出来るか?」
とのヴィルの言葉に、竜ティアは頷いた。
さらに、狂戦士ローと竜マニマニも協力し、大勢が2体の竜に乗りこむ事となった。
とはいえ、ティアもマニマニも傷ついており、人員の全てを乗せきる事が出来なかった。
飛翔艇には合わせて百名程度のドワーフと騎士達が残されていた。
『こんなものか・・・・・・。なら行くぞッ!』
そう叫び、魔導士シーレイは2回目の転移を行った。
さらに、続けて3回目の転移を。
これにより、飛翔艇は大幅に上昇する事に成功していた。
しかし、シーレイへの負担はあまりに大きく、二つの核が無慈悲に砕け散った。
残る核は二つ。
それらが失われる時、シーレイの命の灯火も尽きるのだ。
既にシーレイの体は変調をきたしており、その両目から血を流していた。
しかし、彼に後悔は無く、薄い微笑みを湛(たた)えながら、4度目の転移を発動した。
莫大な質量を持つ飛翔艇は、ここに至りようやく魔王城と同じ高度に並び立つのだった。
「あと少し」
祈るようなヴィルの言葉が風に流されていった。
すると、カシムが目を見開いた。
「待って下さいッ!魔王城の周域に結界が張られています」
その言葉に、一同はざわめき立った。
ダーク・エルフのトゥセがカードを投げつけて見るも、それは不可視の壁に弾かれ、散っていった。
「あれは、相当に硬いタイプだぜ・・・・・・」
トゥセは焦りを滲ませ言うのだった。
「ティア。《共神》を使おう」
とのヴィルの言葉をティアは了解した。
すると、アーゼが血相を変えた。
「団長、駄目だ。それ以上、《共神》を使ったら、二人の体が保たないッ」
アーゼの言う事は、もっともだった。
確かに《共神》の技を使えば魔王城の結界は破壊できるかもしれなかったが、ティアとヴィルの二人もただでは済まないだろう。
もともと、二人の体は限界が来ていた。
治癒術士が二人に治療を施しているが、外傷は治せても、《共神》の代償である霊的な傷はどうする事も出来なかった。
次の一撃は、真に命懸けとなるだろう。
アーゼが止めるのも当然だった。
しかし、ヴィルはゆっくりと首を横に振った。
その様(さま)からは、死への覚悟が見て取れた。
「大丈夫だ。シーレイも命を捨てるつもりで協力してくれている。俺達が命を懸けないわけにも-いかないだろう?」
ヴィルの悲壮なる言葉に、アーゼは何も反論を口に出来なかった。
すると、竜マニマニが竜ティアの横に浮上して来た。
『マニュッ!』
「マニマニが今、そっちに乗っている者達を引き受ける。ヴィル、こちらに移してくれ」
そう狂戦士ローがマニマニの言葉を説明した。
少しでもティアの負担を軽くしようと言うのだ。
「すまない。頼む!」
ヴィルは自分以外の者に、マニマニへ乗るよう命じた。
そして、マニマニは巨大化の魔法で自身の体を膨らませ、大勢の人が乗れるようにスペースを作るのだった。
ティアの背からマニマニの背に、次々と人員が移動していった。
だが、巨大化しても、その推進力などは同じのため、竜マニマニは搭乗限界をとうに越えていると言えた。
元々、マニマニは幼い竜であり、度重なる戦闘の疲れも癒えていなかった。
『ニュー・・・・・・』
マニマニは辛そうな声を漏らした。
すると、ローはマニマニの背に手を当てた。
「マニマニ、ごめんな。あと少しだ。あと少しだけ頑張ってくれ」
そう優しく言い、ローはマニマニをそっと撫でるのだった。
『マニュ・・・・・・』
と、マニマニは嬉しそうに、か細い声で答えるのだった。
そして、ヴィルとティアによる《共神》が厳かに始まった。
二人の命の波動が重なり、神話級の力を秘めた火球が構築されていった。
死力を振り絞り、二人は神話の一撃を結界に向けて放った。
その小さな火球は、ゆっくりとそれでいて着実に魔王城の結界に迫り、着弾と同時に極大なる爆炎を振りまいた。
さしもの結界も、この一撃によりヒビ割れていった。
しかし、結界は徐々に自動的に再生しようとしており、ヒビも薄れていった。
「させはしないッ!鳴き貫け、魔刃よッ!」
そう叫び、狂戦士ローは我が身をも蝕む究極剣技を発動するのだった。
水平線の彼方まで達する力を有した必殺の一撃が、正確に結界のヒビに吸い込まれていき、一瞬の後に結界は大きな音をたてて砕け散っていった。
「おおッ、やったぞッ!」
甲板でドワーフのギートが歓声をあげるも、一方で、ヴィル達とローは魔王城に辿り着く前だというのに、今にも力尽きそうであった。
特にヴィルとティアは激しく咳き込み、口から血をしたたらせていた。
この時、生き残った邪竜達が結界に空(あ)いた穴より一足先に魔王城へと侵入しようとした。
次の瞬間、一際大きな光の柱が天より降り、邪竜達を一気に飲み込んでいった。
さらに、その光は飛翔艇をも塵と化さんと迫って来た。
「いかんッ!」
甲板でドワーフのギートは叫んだ。
部下のドワーフ達も必死で舵をとり、光の柱を躱そうとするも、物理的に不可能な事が目に見えていた。
その時であった。
飛翔艇が、あたかも今まで存在しなかったかに、フッと消えたのだ。
もちろん、光の柱に飲まれたのでは無い。
その横に瞬間移動したのだ。
シーレイの力だった。
彼は飛翔艇を斜め前に転移させたのだった。
飛翔艇は前進を続け、光の柱は後ろに遠のいていった。
しかし、上方では無く横にワープしたため、飛翔艇の高度はほとんど上がらなかった。
このままではギリギリの所で、魔王城に届かなかった。
5回目の転移により、シーレイの最後の魔導核は音をたてて割れていった。
全ての核(コア)を失い、彼は甲板に両膝をついた。
彼の命が尽きるのも時間の問題だった。
「おい、お主(ぬし)。大丈夫かッ!」
ドワーフのギートは駆けより、心配そうに声をかけた。
『問題ない・・・・・・。それよりマズイな・・・・・・』
シーレイの視線の先では、魔王城の結界がすさまじいスピードで再生されていた。
「馬鹿な」
ギートは体をわななかせ呟いた。
「クッ、《共神》をもう一度・・・・・・」
とヴィルが言いかけた時、魔導士シーレイの念話が響き渡った。
『後は私がやる。お前達は、そこで指をくわえて見ているが良い』
そして、念話は途切れた。
次の瞬間、飛翔艇の船内や甲板に居た人員が次々と魔王城の結界の上に転移されていった。
「シーレイ、お主(ぬし)ッ!」
言葉を言い終える間もなく、ドワーフのギートも魔王城の上方に飛ばされていくのだった。
さらに彼らはシーレイの魔力により、空中に浮遊していた。
飛翔艇に自分以外の者が居ない事を、魔力探知で確認すると、魔導士シーレイは最期の力を振り絞り転移の術式を構築していった。
「馬鹿どもが。しかし、借りを返したどころか、恩まで売ってやったな・・・・・・。まぁ、死に場所としては悪く無い」
そう呟くのだった。
今、シーレイは飛翔艇を魔王城の結界の内へとワープさせようとしていた。
そんな事をしても、上手く転移できるわけも無く、結界に激突するのは目に見えていたが、それこそがシーレイの狙いなのだった。
彼は飛翔艇を結界に激突させ破壊せんとしていたのだ。
シーレイは胸の前で、手の平と拳を合わせ、祈り捧げていた。
「陛下・・・・・・それに皆。あまりに遅くなりましたが、今、参ります」
そして、シーレイは今や亡き主君や同志達を思い浮かべ、人前で決して見せたことの無い穏やかな笑みを浮かべ、6度目の大規模転移を行うのだった。
次の瞬間、鋼鉄と魔導の塊なる飛翔艇は、魔王城の結界に激しく衝突し、歪み、ひしゃげ、わずかな時の後に魔導の爆発を引き起こしていった。
それは再生したばかりの結界を破壊するに十分であり、なおかつシーレイの体を天に帰すのだった。
結界はさも生きているかに鳴動し、さながら悲痛な断末魔をあげるかに、完全に砕け散っていった。
今、シーレイの尊い犠牲により血路が開かれた。
「行くぞッ!」
とのヴィルの魂震わす叫びと共に、魔王城へと突入が開始されるのだった。
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