不思議の団子の莉子
外で小鳥のさえずりが聞こえる。朝のようだ。
「僕は異世界から来た猫のミー。力を貸して欲しいにゃん」
目の前に立つ太鼓腹をした生き物。
猫だと言っているが、こんな大きな猫は知らない。
かと言って虎のような風貌ではない。
寝起きのトラ猫って感じ。
服は白地に赤と青の水玉模様が目に来るダボダボのスーツ、同じ模様のシルクハットだ。
「……」
情報を整理する事にした。
周囲を観察すると自分の部屋。
私はまだ薄いピンク地で苺の柄のパジャマのまま。
だとすると、正解は一つ。
これは夢だ。
「お休みなさい」
私は布団を被ってベッドに倒れ込んだ。
「なかった事にするつもりか!」
猫が何か言っているが夢なので気にしない。
「起きるにゃん!」
猫が布団を引き剥がす。
「夢が布団を剥がさないでよ!」
私は布団を奪い返した。
「時間がないにゃん!」
猫は布団を奪い取り、放り投げた。
「僕の棲む世界は魔王に征服されそうにゃん。魔王を封じるアイテムを見つけ出して、戻らねばならないにゃん」
猫は意味不明の事を言い出した。
「それは大変ね。頑張ってね」
ベッドに寝転ぶ。
「手を貸してくれたら、君の好きなお菓子、好きなだけあげるにゃん!」
猫は切り札を切って来た。
「ホント!?」
私は猫の襟首を捩じ上げていた。
私は
高校二年。今日は創立記念日で学校は休み。
納得がいかない。
制服に着替えた私は妙な猫の後ろを歩いている。
ウチの高校は外出時は必ず制服着用なのだ。
猫の話によると、こいつの姿が見えるのは私だけらしい。
「どうして私にだけ見えるの?」
疑問をぶつけてみた。猫は嬉しそうに笑って、
「僕と莉子が深い愛で結ばれてるからにゃん」
ゾッとした。
何言ってるの、この猫は?
「どこに行くの?」
もう一つ気になっていた事を尋ねる。
「この先にある店にゃん」
「店?」
私が言った時、ミーは角を曲がって来た男の人とぶつかった。
「にゃん!」
ミーはそのお腹で男の人を跳ね飛ばし、尻餅を突かせた。
ミーが見えないその人は私を見上げて呆然自失。
私の身長は百五十cm。
相手の男の人は百七十cmはある。
それなのに自分が尻餅を突いているのだから、ビックリして当然よね。
「こっちにゃん」
ミーは角を曲がって行ってしまう。
「ごめんなさい!」
私は何度もその人に頭を下げてミーを追いかけた。
「ここにゃん」
ミーが立ち止まったのはコンビニの前だった。
舗道を歩き去るのは、アイスお姉さん。
色っぽい顔とスタイル、アイスの大人買いで有名だ。
今日も男の人と一緒。この前とは別の人だ。
それにしても、猫の目的がまさかこの店だなんて……。
私はここの店員さんに恋している。
用もないのによく来て、何も買わずに出る事が多い。
その人がレジにいるとドキドキして近づけないからだ。
ミーは私の恋心も知らず、店に入る。
「待って」
私はその店員さんがレジにいるのを確認し、俯いてミーを追いかける。
「ここから感じるにゃん」
ミーはアイスの冷凍庫の前で言った。
「間違いない?」
私が訊くと、ミーは、
「莉子が手をかざすとアイテムが光るにゃん」
と言うが、アイスはお姉さんが全部買って行ってしまったようで、一つもない。
「何でないにゃん?」
ミーは今頃気づいたようだ。
「さっきのお姉さんが全部買ってったのよ」
私は溜息混じりに言った。するとミーは、
「その人を追うにゃん」
と走り出す。
「待って」
私はまた俯いて店を飛び出した。
そして、お姉さんを追いかける。
この先のマンションに住んでいるはずだ。
パスがないと入れないマンションだから、中に入られたらそれまで。
だけど、まだ追いつけるはず。
「でも、何て言えばいいのかな?」
「僕が魔法でその人を眠らせるから、その間に調べるにゃん」
「そうなの」
何だか犯罪者の心境だ。
しかし、私の心配は必要なかった。
お姉さんはマンションに入ってしまったようだ。早いな、手も足も。
「どうするのよ?」
ヘトヘトになった私はミーに尋ねた。
「アイテムはアイスじゃない気がするにゃん」
「何だって!?」
それじゃあ、走って疲れただけじゃないの!
「喉渇いた」
私は近くにあった自販機に近づく。
「何か飲む?」
一応訊いてあげる。するとミーは、
「僕はお腹が空いたにゃん」
「はあ?」
一発殴りたい! あれ、そう言えば?
起きてから何も食べていない事を思い出した。
ミーのせいで空腹のまま出かけたのだ。疲れる訳だ。
「仕方ないな」
私は通りの反対側にあるハンバーガーショップに行った。
桜も散ったとは言え、まだ肌寒い。それなのに私は変な猫と誰もいない公園でハンバーガーを食べている。
しかも、他の人には私しか見えないから、完全に可哀想な子だよ。
「出発にゃん」
ミーはそう言うと、歩き出した。
「待ってよ!」
容器をゴミ箱に放り込み、ミーを追う。
またあのコンビニに行くの? 嫌だなあ。
ところが、あの店員さんはいなかった。
レジには私と同じ歳くらいの女の子がいる。
笑顔が可愛い子だ。
「いらっしゃいませ」
彼女に会釈して、ミーを追う。
「ここにゃん」
ミーが指し示したのはキャンディの棚。
「ホントでしょうね?」
疑いの眼差しでキャンディに手をかざす。反応はない。
「じゃあ、こっちにゃん」
ミーは隣のクッキーの棚に移動する。
しかし、反応なし。
思わずミーを睨む。
「帰るにゃん」
私の怒りを感じたのか、ミーは苦笑いして言った。
「もう」
レジの女の子に愛想笑いをしながら、店を出る。
「調べて来るにゃん」
「どうするの?」
私はミーを追いかけながら尋ねる。
「僕の世界に戻るにゃん」
「そうなんだ。頑張ってね」
私はミーを置いて走り出した。もう付き合い切れない。
「莉子、待ってにゃん」
ミーは息を切らせて駆け寄って来る。
「何でついて来るのよ?」
イラついて言った。するとミーは、
「僕の世界への入口は莉子の部屋にあるにゃん」
「何!?」
私は仰天した。
家に帰るとお母さんは買い物に出かけたらしく、誰もいなかった。
ミーと共に自分の部屋に行く。
部屋に入ると、ミーは机の
「ドラ○もんかよ!」
思わず突っ込んでしまう。
「行って来るにゃんね」
ミーは抽斗に入ると、スッと消えてしまった。
すぐに中を覗いたが、只の抽斗だ。
全部夢だったのだろうかと思えた。
結局、ミーが戻らないまま夜になった。
私は気にするのをやめて寝た。
朝ミーがいたらどうしようなんて考えていたら、いつの間にか眠っていた。
朝になった。でも、ミーは現れなかった。
がっかりしている自分に驚く。
朝食をすませて家を出る。
途中ミーが待っているのではないかと思ったが、何事もなく学校に着いた。
どうしちゃったのよ?
ミーが戻って来るのを待っているの?
自分で自分がわからない。
そんな状態のまま、放課後になった。
(帰って来ないのかな?)
ミーの事を考えながら家へと歩いていると、舗道の向こうにミーが立っているのが見えた。
「お待たせにゃん、莉子」
ミーはニコッとした。私も笑顔になりかけたが、
「何だ、戻って来たんだ」
と言ってしまう。ミーは苦笑いして、
「行くにゃん、莉子」
「仕方ないなあ」
強がりを言う自分が嫌だ。本当は嬉しい。もう一度こいつに会えた事が。
「今度は見つかるにゃん」
ミーはコンビニに入った。私も続く。
レジにはショートカットが素敵なお姉さんがいる。あの店員さんは床掃除をしていた。
あれ? あの男の人達は?
「H署の刑事課の近藤と言います」
警察? 私は思わず身を縮めた。ミーと一緒だとつい隠れたくなる。
店員さんは警察の人と奥に行った。
ミーが歩き出す。
「こっちにゃん」
プリンやケーキが置かれているコーナーだ。
「これに間違いないにゃん」
ミーは自信満々で焼きプリンを指差す。手をかざしてみた。反応はない。
「違うじゃない!」
ミーに食ってかかる。
「呪文を忘れていたにゃん」
ミーは紙を目を細めてみる。
「オグナディサラティムって唱えるにゃん」
「ええ?」
そんな事を言うのをあの店員さんに見られたくない。私が渋っていると、
「早くするにゃん!」
ミーが急かす。
「オグナディサラティム」
私は顔を真っ赤にして呪文を唱えた。でも何も起こらない。
「莉子、あれにゃん!」
ミーが指差す。そちらに目をやるとレジ前のワゴンのみたらし団子が光っている。
お姉さんにはその光は見えないらしい。
「よし!」
お姉さんがレジにいるうちにあの団子を買って店を出よう。
私は足早にレジに近づくとみたらし団子を取り、台の上に置く。
「探し物は見つかった?」
ギョッとして顔を上げるといつの間にかレジにはあの店員さんがいる。
私は顔が紅潮するのを感じたが、
「はい」
と返事をし、会計をすませると逃げるように店を出た。
恥ずかしい! 顔真っ赤だったし!
舗道を駆けて公園に着く。
「もう一度呪文を唱えるにゃん」
ミーが言った。すでに怖いものがない私は、
「オグナディサラティム」
と呪文を唱えた。
レジ袋のみたらし団子が輝いて大きな剣に変化し、袋を破って地面に突き刺さる。
「それこそ、魔王を斬り封印できる
ミーが言った。私は唖然として剣を見た。
「これで僕の世界は救われるにゃん」
ミーが剣を持ち、私に微笑みかける。
その時、私はミーが何者なのか気づいた。
私がまだ小学校一年の時に家で飼っていた元野良猫。
ミーが大好きで、家に帰るとずっと一緒にいた私。
でも、交通事故で死んでしまったのだ。
知らないうちに涙が頬を伝う。
「僕は転生して別の世界で暮らしてるにゃん。だから泣かないで、莉子」
ミーの言葉に更に涙が溢れ出す。
「ミー!」
私はミーに抱きついた。
「ありがとう莉子。頑張れ、莉子」
ミーは光に包まれて消えて行く。
「ミー!」
私は消えて行くミーにもう一度叫んだ。
こうして、私の奇妙な体験は終わった。
それから数日の間、差出人不明の荷物が届き続けた。
中身は私の大好きなお菓子の詰め合わせ。
両親は気味悪がったが、私は誰からの物なのかわかっていた。
ありがとう、ミー。またいつか会えたら嬉しいな。
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