近代的逆転

 月光がふと気付いたとき、その視界は全くの暗闇だった。頭もボーッとしていて、体も無気力。動かそうとしても痺れたように手も足も重くて動かせない。


 まるで中途半端な深夜に意識だけ覚醒してしまったかのように夢見心地な気分だった。


 どうにもならないから早く二度寝して明日に支障のないようにしなくては、と月光のぼんやり頭がゆるく浸食する脱力感にかしずく。


(明日は……、何の日だったか……ん)


 月光はそこまで思い至り、強烈な違和感と危機感が眠気をほどいた。


 ここは何処だ?


 記憶が抜け落ちている。思い出さなければならない類いの重要な何かが。


 煽るように鼻につく埃と油の不快な臭い。自宅じゃあり得ない。


 ここは自宅じゃない。ではどうして眠っていたのか。そもそも自分は何をしていたのか。


(闇夜……、は……?)


 記憶の糸を辿る。確か、学校での授業を終えて、憎き闇夜の後を追っていた。


 気絶もさせて、闇夜のその重い身体を運んで、人目につかない倉庫まで来て。


 そうしてどうなった?


 劣化して画質も音質も落ちてしまった読み込みの遅い動画ファイルを再生するかのように月光の記憶がじわじわと、まどろみの中から形成されていく。


 決着はついていない。スタンガンを構えた先の自分がいない。闇夜はどうなったのか、自分はそこから何をしたのか。


 まだ、自分はあの倉庫の中にいる。月光の鈍い思考がようやくしてそこまでたどり着いたが、安堵など微塵も感じられなかった。


 月光の視界は闇に覆われて、倉庫に臭い以外の情報が全くない状態。


 全身も、ぐったりと疲れていて身動きがとれない。


 この状況が判断できない。辿れる記憶さえも途絶えて頼りにならない。


 恐怖。どうとも表現できない、恐怖が月光の心を蝕んでいた。


 ふとギシリ、と倉庫の何処かが軋む。誰にも使われなくなった古びた倉庫なので何処にガタが来てもそれはおかしくはない。


(何? 怪物!?)


 しかし、月光はそれが闇に潜むおぞましい獣の唸り声のように聞こえ、身がすくんだ。


 声も漏らせない。何処から何が潜んでいるかも分からず、またこちらの気配に気付いているのかさえも分からない。


 気配を悟られた瞬間、食い殺されてしまうかもしれない。冷静など欠片もない月光には、どんな不条理さえも現実になり得た。


 月光は目頭の熱さに、まとわりつく恐怖とそれに対して無力な自分を自覚した。


 助けて。


 そんな言葉が不揃いで下手くそな輪唱のように月光の頭の中を反響し続けた。もはや正気の欠けた月光は思考も何もかも放棄されていた。息ごと喉の奥に押し殺された悲鳴の塊が、呼吸に耐え難くなり、一気に飛び出そうとしていた。


 この漆黒に包まれて何もない世界に、一体何があるというのか。

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