近代的反撃
狂気に震えた声。反して冷静な口調、狂った言葉。
スタンガンから発せられる極めて弱い電光に照らされる表情は、途方もない悦楽に歪んでいた。
ここに至るまでに思い描いてきたその全てが実現された悦びの顔だ。
憎いから、忌々しいから、あえて殺さない。
徹底的に嫐って、その体にも心にも癒えない傷跡を残し、死ぬまで恐怖と屈辱に苛まれる苦痛を味わい続けさせる、それが今回の月光の計画の全てだった。
手のひらに収まるような小さな羽虫を、握りつぶすことを我慢し、代わりにカゴに閉じ込めて逃がさず、くたばるまでいじめ続ける無邪気かつ残酷な子供のよう。
この日のために、この時のために、鞄の中にはいくつもの道具を用意してきた。
うら若き乙女なら名称も分からないか、あるいは言いよどむような代物ばかり。持物検査に引っかかってしまったらどう言い訳したって弁明の余地のないものばかり。
それらが闇夜を壊すと思っただけで、月光は悦に浸れた。
明日から月光の顔を見る度に恐怖に怯え、助けを乞う闇夜の姿を、月光はまじまじとまぶたの裏からすかして見ていた。
全ては思い通りと、月光だけはそう思っていた。
「さあ観念しなさい、闇夜」
闇夜の顎下、首元に目掛けて、構えたソレが差し出される。
次の瞬間には、闇夜の悲鳴が聞こえるものと思っていた。
「ヒ、キャッハアアアアアアァ」
そう思っていたのもやはり月光だけだった。
よく声の反響するこの倉庫内、予定では闇夜のあられもなく情けない悲鳴が響き渡るはずだったが、ほどよく響いたのは月光の、まるでさかった雌猫のような引きつった悲鳴だった。
月光は何が起こったかも分からないまま、その場に倒れ込む。
一方の闇夜は、振り上げた片足をそっと下すと、そのまま立ち上がり、身体にまとっていたロープからするりと抜けだした。
月光は全く気がついていなかったようだが、ロープは闇夜の胴体と椅子の背をグルグルに巻きつけただけだったので、両足は全くの自由だったことはおろか、ゆっくりと立ち上がれば、いともたやすく抜けられるようになっていた。
「せめて足の方も縛っておけばよかったのに」
と、誰に聞かせるわけでもない言葉をそっと漏らした。
説明するほどもないことだが、月光がスタンガンをつきつけた瞬間に闇夜はその手を蹴りあげただけだった。
ただ、どうも偶然が重なったようで、蹴られた衝撃で月光の手から離れたスタンガンはあろうことか月光の懐へ飛んでいってしまったらしく、電圧を上げたそのスタンガンの威力を自ら味わう形になったようだ。
先ほどの気取った態度や、普段の八方美人を醸し出す彼女からは想像もできないほど不恰好に仰向けで倒れる月光の姿は、無様という言葉以外でどう表現しようか。
何より無様なのは、完全なる無防備なソレをたった今の今まで、敵視していた闇夜の前に晒していることだ。
無論、闇夜も何事がなかったかのように月光を残し、このがらんどうの倉庫を後にする、などという選択はせず、おもむろにそっと割れ物を扱うように月光の身体を抱き上げると、先ほどまで自分が座っていた椅子へ下し、ロープを拾い上げた。
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