文学少年の日常
第6話 文学少年の創作
「え、本?」
僕は不意を突かれてぽかんとしてしまった。あれ?また『イ』か?
「そう、物語。」
君は真面目な顔をしていた。どうやら冗談ではないようだ。
「私、小さいころから本が好きで、いつか自分でも何か書いてみたいなって思っていたんだけど、考えていることをなかなか形にできなくて。でね、こうやってしりとりをしていると、君はいつも本当に素敵な文章を返してくるから、すごいなって思っていたの。だからね、君と二人でだったら、きっとどんな名作にも負けない物語を作ることができるんじゃないかって、ずっと思っていたの。」
驚いた。いつも君と気まぐれにしていた言葉遊びを、君がそんなに真剣に思ってくれていたなんて。僕は、少し大げさで日常生活では使い道のない言葉たちに束の間の命を与えているだけのつもりだったのに、彼女にとっては創作活動の一環でもあったというのか。
「そんな、買い被りだ。僕はただの文学好きだよ。言葉のストックは多いかもしれないけど、創造的なことをしたことはあまりないんだ。君の期待に応えられる自信はないな。」
「ううん、君の言葉はとっても素敵だよ。私、空想ばっかり得意だけどそれを物語に組み立てることができないの。」
「じゃあ、えっと、君の創ったお話を僕が物語にすればいいの?」
良かった、僕は創らなくてもいいのか。いや、でも、物語を組み立てる?そんなことできるのか?
「うん、君が嫌じゃなければ。もちろん、君の考えたストーリーだって入れようよ。駄目かな?」
駄目?そういえば、なぜ僕はさっきから否定の言葉ばかり頭に浮かべているのだろう。君と僕とで、一つの物語を創る。この秘密の場所で、新しい物が生まれる。誰にもできない、僕らにしかできない、特別なこと。
「…もちろん、是非やらせてほしいな。今まで名作の感動を一方的に貰ってばかりだった僕が、今度は創る側に回ることができるなんて嬉しい。君となら、きっと世界で一番素敵な本が書けるよ。」
君は「大げさだな。」と照れて笑った。
そう、僕は大げさな言葉を選ぶのが得意なんだ。君との言葉遊びが鍛えてくれたんだ。大げさだけど、偽りはないよ。
物語は、完成するまで誰にも続きを話すことはできない。この日から、僕たちの抱える秘密は一つ増えた。
「んー、あるところに、二人の少年がいました。二人は孤児で、お互いを家族みたいに思っていて、いつか二人で旅に出ようねって小さいころから約束していたの。」
『二人は、親の顔を知らない。自分がいつ、どこで生まれたのかもわからない。でもそれが二人の当り前で、特別寂しいと思ったことはなかった。故郷はこの孤児院で、誕生日は二人とも同じ拾われた日。それで十分、二人は家族だったのだ。でもこの世界は孤児に対して決して優しいものではなかったから、十五歳になった夜、二人は誓う。
「いつか、一緒に旅に出よう。僕たちに冷たいこの世界への復讐として、この世界の隅々まで見て暴いてやろう」
その約束を守るため、二人は今日もくず鉄や落ち穂を拾い、駅の掃除をし、手を繋いで眠っている。』
「こんなもので、どうだろう。」
僕は彼女に聞いた話を、一冊のノートに書きとめた。
「…すごい、すごいよ!君、天才だよ!」
君はいつになく興奮していた。いつも透けるように白い頬がほんのり高揚していて、僕は思わず目をそらす。
「そんなこと、ないよ。それより、表現が陳腐じゃないかな?」
「そんなことないよ、私が言葉にするとどうしても子どもっぽくなっちゃうのに、あっという間に大人も読めるファンタジーになった。旅の動機が『二人に対して冷たい世界への復讐』だなんて、私、考えつきもしなかったよ。」
「ごめん、君のイメージとは違ったかな。」
「ううん、そうじゃないの。私が思いつきもしなかったところまで物語を補完してくれているのに、驚いたの。君、いつも日本の古典文学とかを読んでいるイメージしかなかったから、ファンタジーの言葉をこんなにすらすら選び出すなんて思わなくて。なんか、わくわくするよ。」
そう言って、君は嬉しそうに笑った。
「全く、君だってやっぱり大げさだ。例え、僕が一を聞いて二や三を創り出したとしても、その一をゼロから創り出した創造主は、君なのに。」
そうは言いつつも、僕も嬉しくなって笑う。
僕に、今まで無限の興奮や愛情を与えてくれた数多の物語も、こんなふうにして生まれたのだろうか。あの文豪たちも、脳みその内側に生まれた物語の種を、こんなふうにして慈しんできたのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます