第一章 文学少年の希望
第2話 文学少年の憂鬱
「おい、お前やるよな?」
「俺たち全員からの推薦だぞ?やらねえわけねえよな?」
教室中の視線が、何となく僕に集まる。
「やっぱさー、生活委員会とはいえども委員長なわけよ。リーダーだよリーダー。誰でもいいってわけにはいかねえよな」
「任せられる奴、っていうの?じゃんけんで負けて図書委員になれなくても、投げやりにならずにやり遂げられるような奴でないとなー」
委員会の顧問を任せられた新任の教師は、すっかり困っている顔で僕とにやにや笑い共を交互に見ている。
「…いいですよ、僕で。」
僕の言葉が、ぴりっと張っていた緊張の糸を解いたのを感じた。しかし、切れたその糸はだらしなく地に落ち、僕の足にも絡みつく。空気の匂いは、悪くなった。
「おーー決まった決まった!」
「よっしゃ、帰ろうぜ!」
「じゃ、よろしくな委員長!」
にやにや笑い共はガタガタとやかましい音をたてながら鞄を担いで教室を出て行った。
「あの、いいの?本当に」
新任教師は言い出しにくそうに聞いてくる。
「はい、僕の立候補ってことで、問題ないです。失礼します。」
ありがとう、と、新任教師は最後まで困った表情で僕を見送った。
きっと彼女には彼女の理想があって、学校には学校の方針があって、委員会の委員長とは『それらしい人物』が『立候補』したという形で決まることが一番望ましいのだろう。
去年まで全く人気がなかった図書委員会に、うちのクラスの男子枠に人気が集中した理由もわかっている。
僕を図書委員会から外すという目的のために就任したうちのクラスの図書委員は、昼休みの貸し出し当番をしっかり務められるのだろうか。
全く、くだらない。教室を出ると、たった今勢い込んで出て行ったにやにや笑い共が、仲間を呼んで群れをつくっていた。
「おー委員長、やるじゃん立候補なんて」
「地味な奴ほど、こういうところで光を当ててやらないとな」
「陰にばっかりいたら腐っちまうもんな。委員長として活躍できそうでよかったな」
僕は彼らの顔を、一人ずつゆっくりと眺める。小汚いジャージ。派手な色のインナー。油膜が張っているのかと見まごうほどにてらてらと光りながら不自然に流れる髪。
不思議なほど区別がつかない。どれも同じ格好をした、同じ表情をした男子が並んでいる。
「君たちは、よっぽど暇なんだな。それとも僕のことが好きなの?」
「…は?」
にやにや笑い共の顔からにやにやした笑顔がすっと消えた。その顔はまるでのっぺらぼうのようで、僕にはますます区別がつかない。
「僕は君たちのことが嫌いだし、正直に言えば個としても認識していない。普通にその辺にいても、話しかけるどころが目を合わせようとも思わないだろう。それなのに何故、君たちは僕にかまおうとするんだ?僕を入れさせないために図書委員に立候補までするなんて、理解不能を通り越して気持ちが悪いよ。」
「…お前、頭わいてんの?」
「図書委員の辺りとか、意味わかんないんだけど。自意識過剰?」
元にやにや笑い共の顔が一層引きつって醜くなる。
「質問に答えてくれないか?何故僕にかまいたがるの?はっきり言って、僕に対する君たちの時間と労力の使い方は異常だよ。好きな相手というなら、ともかく。」
「きっも、文学部の女子共の影響でBLでも読みすぎた?」
「ありえねえだろ、お前のこと好きとか、よく言えるよな」
「帰ろうぜ、つまんねえ」
そう言った彼は帰りがけに手に持っていた鞄を大きく振り回し、僕の膝に当てて行った。
「お前、やっぱキモいわ」
僕は、僕と彼らを決定的に隔ててくれたその言葉に対して、少しの喜びと安堵、そして大いなる憐れみを持って答えた。
「光栄だよ。」
元にやにや笑い共は、自分たちの不愉快と僕に対する嫌悪を前面に押し出そうとしている。僕を睨んでぶつぶつと罵りながら歩いていく様は、感情表現に一生懸命すぎて何だか冷めた。
結局、今日も僕は積年の疑問を解決することはできないままだ。
何故、彼らは僕のことをあんなに気にするのだろう。好きなわけない、と彼らは言う。でも、僕は、彼らがどこかで野垂れ死にしていても全く気にならない、いや、気が付きすらしないと思うのだが。
僕はまた、ポケットから表紙が赤く染まった川端康成を取り出した。全く不快だ。彼らは僕に言いたいことを言うが、僕の質問には返さない。彼ら自身にも答えがわかっていないのか、わかっていないことをわからないままでいたいのか。
僕は、小さく溜息をついた。吐息に乗せてその憂鬱を吐き出してしまおうとしたのだが、それはうまくいかなかった。
今日は、あの店に行こう。
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