第3話 白髪の女
ナターシャは見知らぬ家で目が覚めた。
ここはどこだろう。そんな不安は部屋の入り口から漂ってくる料理の匂いで掻き消されてしまった。部屋に注ぎ込む日差しは彼女にさらなる安心感を与えたが、万が一に備えて彼女は部屋の奥まった暗い部分へと引っ込んでいった。アルビノである彼女は、今まで日光に触れないようにときつく言われて育ってきたのだ。
引っ込んだ先から台所が見えた。彼女はそこに、昨日自分が銃口を向けた相手を見つけた。しかし再び銃を取るつもりはなかった。ケトスの説明は、きちんと気絶している彼女にも届いていたのだ。
「私を殺しても無駄ですよ。昨日言われたじゃないですか」
自分以外の口からロシア語が出てくることに、彼女は一抹の懐かしさを感じた。それと同時に目の前の男への謎も深まった。彼の言葉はあまりにも流暢で、ネイティブである自分が気後れを感じるほどであったのだ。
ナターシャは英語も話すことができる。今はボロ切れを身に纏っているが、昔は結構な富豪の娘であったのだ。英才教育を施された彼女は、その能力とともにプライドまでもが磨き上げられ、音質育ちの我儘娘として名を馳せることになった。彼女は両親がEarthの政策に無償で援助を行うことに反対した。理由は至極簡単、彼女に残る遺産が減ってしまうからである。
しかし、普通なら我儘な娘だと怒られて終わるはずの計画が、そんなことでは終わらなかった。周りの人間はおろか、両親にさえ無神論者と非難され、勘当されてしまった。突然の出来事で彼女はしばらく何が起こったのかさえ理解できなかった。
目の前の日本人は、2つの皿にそれぞれ炒飯を盛っている。なんて呑気な人なのだろう。自分を殺そうとした相手が目の前にいるというのに、ナターシャはそう思わざるをえなかった。
「熱いうちにどうぞ」
彼女は何も言わず口をつけた。
「……美味しい」
「知ってます。美味しく作りましたから」
ナターシャは家を勘当されてからしばらくして、ケトスに出会った。針葉樹の森で彼女の胸の恨み辛みは力へと変わった。
「死にたくたい」
「みんな、不幸になればいい」
「みんな、死ねばいい」
それらは皆、彼女の願いとして受領された。
ナターシャは不死の体になった。そして他人の形のあるものからないものまで1つ奪い取れるようになった。そして彼女は存在だけで世界を衰退させる化物になった。
この翼は鳩から奪ったものである。 正確には飛べる能力を奪った。奪われた鳩はそれとも知らず湖に飛び込んで死んだ。
朝食の際、二人は言葉を交わさなかった。一足先に食べ終えた太郎は食器を片付けて、その足でテレビの電源をつけた。ナターシャははっとなった。あの忌まわしき世界統合機関が映っていたからだ。
「どうしました?大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫だから。それより……」
ナターシャはEarthを裏切る決意をして打ち明けた。
「あんたのこと、教えてくれたのはEarthの奴らよ」
God luckでまた会おう 祥子 @godsheep01
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