~ 十二月十一日 午後二時五十分 ~
~ 十二月十一日 午後二時五十分 ~
その子の死体が必要だ。
「あのぉ、私、園子の学校の友達なんですけれど。どうも園子の部屋に忘れ物をしちゃったみたいで…………はい。ですのでちょっとお邪魔してもよろしいでしょうか?」
私は「遠野」と書かれた表札の家屋に、あまりに唐突ではあるが突撃した。とりあえず制服を着ていれば同じ高校の人間だと分かってもらえるし、とりあえず友達と言っておけば普通の大人は信用してくれる。
その子の母親らしき彼女は最初こそ暗澹たる瞳孔を晒していたけれど、私という友達が来てくれたことで、いくらか表情も和らいだようだった。
「あら、園子のお友達……?……園子は残念だけど今いないけど……。あぁ、忘れ物ね。ならしょうがないわね……、外は寒いでしょう、ほら、とりあえずあがって」
そんな風にしてなんとかその子のいないその子ン家に侵入することができた。許可されているのだから、侵入とは言わないのかもしれないけれど。
「……警察にはその子の捜索願も出したんだけどね……一向に見つからないままで……」
お母さんは嘆くように呟いて、視線を落とす。
「あ、すいません、早く取ってきますね」
私はその異様な雰囲気に呑み込まれまいと、二階へ駆け上がった。その子の部屋は、確か二階にあったはずだ――
しかし、実質は赤の他人である私を、殆どなんの躊躇もなく家にあげてしまうとは……彼女は相当に精神的に参っているようだ。多分、私とその子のことをダブらせてしまったのだろう――
階段を上って右の位置に、その子の部屋があった。扉には《その子の部屋》とステッカーが貼られている。
ドアノブをひねって、ドアを開ける。ええと、忘れ物は、どこにあったのだっけ。
「忘れ物なんて、あるわけないのにね……」
あるとしたら、それは自分の心だろう。私はこの部屋に自分の残留思念を求めにやってきた、とも言える。
「まあいいや、それよりも迅く調べなきゃ」
だから私はこの部屋に私物を忘れたなんてことは決してない。ただ、その子のことについて調査が必要だっただけなのだ。
「あっ」
その子の机上にはパソコンが置いてあった。ノートパソコンで、今は閉じられている。私はそれを見てその子の遺体が瞼を下ろされているような暗示を感じ取る。
まあ、彼女は失踪中で、まだ死んだと確定したわけではないけれど、でも――私は意を決して、ノートパソコンを開いてみる。死体への冒瀆など今更気にしない。私はその子の死体を探しているのだ。
コンセントには予め繋がれていたので、なんなく電源は入れられた。ただ――
「パスワード……って何だろう」
起動してすぐに表示されたパスワード入力画面に、私は戸惑うしかなかった。しかしここは自分で予想を立ててみるしかない……、そう判断して私は、
『tonosonoko』
と入力してみる――けれど、打鍵し終わらない内にそんな安直で無意味なパスワードなわけがない、と一人で勝手に悟る。
『パスワードが正しくありません』
Enterキーを押した直後、そうパソコンから自動的な通告を受ける。しかし……パスワードなんて何を使うだろうか……その子はクラスメイトではあったけれど……。
はっ、と思い至る。彼女はそうだ、そうだった――私は即座にキーボードを打鍵する。タイプミスなど一瞬たりともありはしなかった――
『ようこそ』
画面にそう表示される。ロックが解除されたようで、無事ログインできた。
「…………」
数瞬後に浮かび上がったトップ画面は本当に無味乾燥という感じだった。背景の壁紙は荒涼とした砂漠で、茫漠とした雰囲気はまさに殺風景と呼べるものだった。
デスクトップにあるアイコンは精々10個くらいで殆どが必要に応じてインストールしたアプリや作成したファイルで、取り立てて調べるほどのものはなかった。
「あぁ、なぁんだ、忘れてた」
しかして私は一つだけ思考の範疇から除いていたものを思い出す。
『ごみ箱』のアイコンをダブルクリックすると、予想通りのものが出てきた。
「ごみ」として排除されていたファイルの題名は、『sonokotono』だった――勢いづいて、これまたダブルクリックする……と。
『mail-address』
メモ帳の形式で、1つだけそんな名前のテキストが入っていた。もう一度ダブルクリックして開くと、
《alternative0o0o0o0o0o@gmail.com → kononosoto》
テキストにはそう書かれていた。左にEメールアドレスが、右にはパスワードという具合だろうか。
「ていうことは……アクセスしろってことか」
私はまさかと思う。しかしそこまで用意されていたら、それはどういうことなんだろう――
やおら立ち上がって見ると――果たして、ノートパソコンの後ろには無線LANのルーターが隠れていた。いや、隠されてなど、全然なかったのか。片手で持てるほど小型なので、気づかなかっただけなのだ。
でも、これじゃあまるで――その子に誘導されているみたいじゃあないか。
「…………」
逡巡して、それでも決断した。
ポケットWiFiと呼ばれる小さなそれを持って、ボタンを長押しする。数十秒経って、ケーブルが繋がった。パソコンの方も接続されたようだ。
私はグーグルを開いて、右上の『Gmail』という所をクリックする……次にさっき入手したアドレスと、パスワードを送り込む……そして、ログイン……。
「これは…………」
見れば、受信トレイには新着メールが一件届いていた。
『遠野園子です。』
瞬時にメールを開くと、「うふふ。もう辿り着いた?」などと挑発めいた内容が書かれている。ちょっと待って……これ、数分前に受信したメールだ……!
そして私は閃く。そうだ……チャットなら相手に詰問することができる、その子の死体の場所を、リアルタイムで聞き出すことができる。確かGmailにもチャット機能はあったはずだ――そう、これだ。
私は画面の左下にひっそりと佇むマンガのフキダシのようなマークをクリックする……相手のアドレスを入力して……よし。
早速メッセージを送ってやろう。
《なんであんたが生きてんのよ》
私はその子に恨みがましい一文を送信した――
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