別窓の彼女

二谷文一

~ 十二月十一日 午後三時二十分 ~

   ~ 十二月十一日 午後三時二十分 ~


 その子の死体が必要だ。

《なんであんたが生きてんのよ》

 ぱっ、と相手に送信したメッセージが画面ディスプレイに表示される。私は自分の元に届いたEメールを見て、明らかに狼狽していた。なんで、あいつがまだ生きているんだ、と。

 しばらくすると、また相手から返事がくる。互いのメールアドレスを利用して、チャットをしているのだ、今は……。

《遠野園子》

 ただそれだけのリプライだった。それでもその文字列が意味するところの、ヒトの固有名詞とやらは、私には見慣れないもので……いや、見慣れてはいけないもので……。

「その子は死んだはずよ……大丈夫、三浦は大丈夫よ……こんなことで挫けてはだめ……」

 うつむいて、自分に言い聞かせてもみたけれど、そんな余裕があるはずもなかった。すぐにまた、その子――遠野園子からのメッセージが受信される。

《あなた半島三浦? 久しぶりね(^^)/ワタシ園子よ、覚えてる?》

 覚えているも何も……私はその子の死体を探しているのだ。

 覚えていなければ、ここまでやってきていない。

 だから、もう、限界だ。

 眦を決して、私はその子に訊いた。

《その子の死体は何処にあるの?》

 数秒間の間があった。永遠に感じられる静寂が、私の恐怖心を助長した――

《ここ》

「え?」

《その子の死体は、ここにあるのよ》

 脳みそをかき乱される気分。脳内麻薬にも似た、倒錯感。

 いや、でも、ああ――そうか。

 瞬時にはどの意味で言っているのか分からなかったが……いずれにしろ、死体は――

「見つかった」

 やっと見つけた。

《じゃあ、今から取りに行くわね》

 私はキーボードに素早くそのように打鍵して、出力されるテキストも確認せずに、そのノートパソコンを閉じる。

「……あっ、忘れてた」

 部屋を出るギリギリのところで気づいて、振り返る。あのノートパソコンは、これから必須になることは間違いないのだ。

 電源コードももろとも抜き取って、通学用の鞄の中に詰め込む。ジッパーを無理矢理引っ張って、密閉する。

「これで、よし」

 これで、完璧。

 その子の死体は、私だけのもの。

 あとは、この家を出るだけだ――

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