第15話

喉に触れる相原の手の熱さに意識が自然そこに集中してしまう。首を締められているわけではないのに、俺は息苦しさを覚えた。

「あいは……ら」

 息が詰まるような感じを堪えて相原の顔を見た。

 唯一自由になる右手で相原の左腕を掴んで、力付くで首からはがそうとしても、相原の手は首から離れなかった。掴む手に力を込めても相原は反応しない。

 その顔がやけに真剣味を帯びているようで、にわかに怖くなる。けれどそれを押しのけるようにして言葉を紡いだ。

「なに……するんだ……よ」

 息苦しさに耐えられなくなって視線をそらして頭を横に振ろうとすると、相原はわずかに目を細めてようやく首から手を外した。

 酸欠でもないくせに頭が朦朧とする。いまいち物事がよく理解できなかった。とにかく酸素が欲しくて、俯きかげんに大きく息を吸い込んだ。

 ずるずると足から力が抜けて床に座りこみそうになるのをなんとか堪えて、態勢を整えようとして、まだ相原に拘束されたままの左腕に意識がいく。

「放せ」

 小さく呟くように言ってもう一度相原の顔を見るけれど、そこには何の感情も浮かんでいなかった。

 しばらく対峙して、ようやく左手首が解放される。強く握られていた手首に跡が付いていないか確認しようと腕を上げたところで、いきなり衝撃が加わった。

「んっ」

 左肩を強く壁に押し付けられて、何がなんだかわからないうちに唇に柔らかいものが押し付けられる。それが相原の唇だとわかると、なおのごとく俺の頭は混乱した。

「……あ」

 呆然として浅いキスを受け入れていたけれど、唇が舐められた感触にようやく危機感が復活した。

 必死になって相原の肩を押し戻そうとするのにそれ以上の力で壁に押し付けられて、より深い口付けを受け入れさせられる。

 口の中へ進入しようとする相原の舌に対するせめてもの抗いとして、歯をくいしばると再び喉に手が回ってくる。首を締められ、段々ときつくなるのにさすがに苦しさが勝って、息をしようと口を開いた。その瞬間を狙うようにして強引に舌が入り込んできて、口内を蹂躙していく。

「んっ……ふ」

 息がうまく出来なくて鼻から抜けたような声がもれる。開きっ放しのキッチンのドアからリビングでやっているゲームの音やみんなの声が小さく聞こえてきて、なんだか自分の置かれている状況が異様にも思えた。

 段々息が辛くなって、目の前が薄暗くなってくる。

「!」

 苦しさといろんな感情が混ざって、相原を思い切り蹴り飛ばした。

 膝の辺りを狙ったのにはさすがに耐えられなかったのか、よろめくようにして相原は離れた。

 その相原の唇が濡れているように見えて落ち着かない。

「……酔ってるのか」

 震えるような声で聞いても相原は答えない。その相原の頬に朱がさしているように見えて、怒りともつかない感情が沸き起こった。

「あの時も、昨日も、お前何考えてんだよ?!」

 リビングへは聞こえないように気を使いながらも、小さく叫んだ。

「何のつもりなんだよ……」

 わけがわからなくて、何も答えない相原に腹をたてているのに、気を抜けば体中から力が抜けてしまいそうで。言葉を発することでなんとかそれを堪えてるようだ。

 とにかく頭の中はぐるぐるしていて、まともにものを考えられない。まるで相原に当たり散らしているみたいだ、とぼんやり思ったところで再び相原が動いた。

 俺が反応できないくらい素早く動いて、距離を詰めてくる。そして俺の顎に手をかけて、顔を上げさせる。今では俺より少し背が高くなった相原を見上げる形になった。

「……あいは」

 俺が抵抗する前に相原はさっと掠めるようにキスをして、顔を離した。

「顔、赤いぞ」

 わずかに笑った顔で言われてカッとなる。自分でも顔が赤くなってるだろうと思う。

「お前何考えてんだよ」

 それにはやはりというか、相原は答えずに薄く笑っただけだ。

 そのまま壁に寄り掛かったままの俺に背を向けて、リビングへのドアを開けて中に入っていった。

 廊下に残された俺は、半ば呆然としたまま手の甲で唇を拭った。

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