第14話
「うわぁ、おいしそ~」
テーブルの上に並べられた料理に椿が歓声を上げた。
チキンに山盛りのサラダにスープ、バゲットやふんわりした生地のパン、それからチーズやクラッカーなどの差し入れてもらったものを並べるとテーブルの上は意外といっぱいになった。デザートには一応ケーキ――さすがに手作りではなくケーキ屋に予約しておいた――も用意してある。
「チキンは多いかと思ったんだけど一応三羽用意したから、十分食べられるようになってるよ。がっつり食べちゃっても大丈夫。ただ味付けは……あんまり保証しないけど。やっぱり肉屋に頼めばよかったかも。いくら本見てやっても、プロの味になんてならないんだし」
「え~、そんなことないよ。私が玲ちゃんの手料理食べたいって言ったんだもん」
「まぁそこそこに楽しんでもらえれば」
椿の応援に苦笑しつつ、席についたみんなに皿を配る。
「と言っても大したものもない、シンプルな構成だけどね」
一通りの準備が終わったところで、冷蔵庫からシャンパンを出した。
「まずはシャンパンでいいかな?」
「うん、じゃんじゃん飲んで」
「それじゃあ」
言って勢いよく蓋を開け、中身をそれぞれのグラスに注いだ。
「じゃあ~、かんぱーい!」
椿の声を合図にいっせいに声を上げるのと同時に、グラスがぶつかり合ってカチンという音が鳴る。
「うわ~サラダおいしい」
「チキンもうまく味付けできてるよ」
「このコーンクリームスープおいしいな」
「あ、それは缶のやつなんだけど」
そんな風に会話しながら、六人でいつになく賑やかな食卓を囲んだのだった。
「あれ~」
食後のケーキも食べ終わってみんながくつろぎ始めた頃、一人ダイニングの椅子に腰掛けたままだった椿が声を上げた。
「ここクリスマスツリーはないの?」
「ああ、ごめんね。うちにはないんだ。なんか元からなかったっぽいんだよね」
苦笑しながら言うと、少し遠慮がち問いかけてくる。
「じゃあ小さい頃からツリーは飾ってないの?」
「うん」
「そっかぁ」
いけないことを聞いてしまったという椿の素直な反応に、つい俺は笑ってしまった。こういうところが椿はかわいいのだ。
「椿ちゃんもまだ何か飲む? シャンパンも残ってるし、缶酎ハイはまだ手付かずであるよ」
「じゃあもう一杯だけシャンパンもらおうかな~」
「うん」
もう必要のない皿をついでに持ってキッチンヘ移動すると、ダイニングに続いているリビングから
「玲、悪い。缶酎ハイ三本持ってきて」
と声をかけられた。
椿のグラスにシャンパンを注いでやってから、食事が終わってリビングのソファに座ってテレビを見ている四人のところに缶酎ハイを運ぶ。
「はい、酎ハイ」
手を差し出している桜に向けて缶を見せると、智也以外の三人がそれぞれ一本ずつ取っていく。
「未成年なんだから、あんまり飲み過ぎないでくださいよ。シャンパンだって二本空けたんだから」
ため息をつきながら三人の顔を見ると、でも誰も顔が赤くなっていない。飲みなれてるのか、強いのか。一体どっちなんだろう。
「シャンパンくらいじゃ酔わないだろう」
三枝が缶酎ハイに口を付けながら笑った。それに同意するかのように桜と相原も笑う。自信満々といった顔で言われると、反論するのも馬鹿らしくなって三人にはそれ以上は言わないことにした。
「れいいちー、俺は酎ハイ飲んじゃダメ?」
一人クッションを敷いて床に直接座っていた智也が見上げてきて、俺の口からはまたため息がもれる。
シャンパンがきいたのか、智也の顔はほんのりと赤くなっていた。
「シャンパンで顔が赤くなるくらいなんだからダメだ。もうアルコール類は飲むな」
きっぱりと言い切ると残念そうな顔をしたけれど、智也は大人しく引き下がった。
「はぁい」
それを聞いてダイニングの椿の元へ戻ると、家事を全部やらせちゃってごめんねと言われて、椿に気を使わせたことに少し心が痛む。
「椿ちゃんが俺の料理食べたいって言ったんだろー」
それを押し隠すようにしておどけると椿に笑顔が戻った。
「そうだったねー」
「そうだよ」
二人で顔を見合わせて笑うと、リビングの四人が何やら盛り上がりだした。
「勝負だ」
「受けて立つ」
三枝と桜の声を聞きながら何事だと見ていると、智也がテレビにゲーム機を接続し始めた。どうやらゲームを始めるらしい。椿に仲間に入れてもらいなよとすすめると、笑いながら輪に加わりに行った。
五人がゲームで盛り上がっている間に、俺はダイニングテーブルに残されていた最後の食器をキッチンへ運ぶ。それらを洗剤で丁寧に洗って干す。全部洗い終わってしばらくしてから、ふきんで拭いて食器棚に戻していく。
それ以外のものはみんなが来る前に片付けてしまっていたから、片付け自体にはそんなに時間はかからなかった。それに背後から楽しそうな声が聞こえていたから、寂しいということはなかった。
全ての片付けが終わって一息つこうと、自分の分だけココアを作ってダイニングへ移動した。こういうことができるのは家事をやっている自分だけの特権だろう。
椅子に腰掛けてココアを飲みながら、対戦ゲームだろうか、熱中しているみんなを見ていると気持ちが和んだ。特に智也が楽しそうにしているのを見てほっとする。
普段この家には三人しかいないし、父親は仕事があるから家にいる時間はさほど長いわけではない。それに俺の帰りが遅かったりすると、智也が家に一人ということもある。それを考えるとこの家に一時でも大勢の人がいて、楽しく過ごせるのならなによりだ、と思う。
なんだかんだ言って俺は智也のことを大事にしているし、ブラコンって言われて仕方ないくらい可愛がっている。
高校を卒業したら就職するっていうのも、ここらへんに端を発しているところもある。他にも理由は色々あるけど、やっぱり一番の理由は家族を大事にしたいっていうのがあった。
なんとなくしんみりしている自分に気付いて、喝を入れるようにココアを飲み干す。
キッチンへ戻ってコップを洗ったついでにそれをすぐに拭いて、随分と濡れてもう使えないふきんを洗濯に出そうと考えた。
キッチンから廊下へと出るドアを半開きにしたまま、ほぼ真向かいにある洗面所へ入る。暖房のきいた温かい部屋にいたせいか廊下や洗面所の空気がやたら寒く感じられる。息も心なしか白く見える。
十二月の夜は冷える。屋内とはいえ、暖房がきいていない部分の気温がかなり下がってきているのだろう。
寒さに身体が追い付かなくて、ぶるりと震えた。
流しの近くにある洗濯機の脇にふきんをかけて、すぐに温かいキッチンに戻ろうとして廊下に出た。そこでトイレに立っていたらしい相原と偶然目が合った。
「相原」
「……なんか仕事ばっかりさせてるな」
丈の短いエプロンをして、腕のシャツもまくっている俺の姿を見て、相原は苦笑した。
「気にすんなよ。そもそもうちでやるからにはこうなるとは思ってたから。それより楽しんでるか?」
「楽しんでるよ」
「よかった。智也も久しぶりに受験のことを忘れてはしゃげてるみたいで、安心したよ。いつも俺とかあんまり構ってやれないから。相手してもらって悪いな」
「それこそ気にするなよ」
珍しく相原からひねくれていない素直な返事が返ってきて少し驚く。けれど今はそんな優しさが嬉しかったりしたから、一言、
「サンキュ」
とだけ言った。
少しの間だけ俺と相原の間に沈黙が流れたけれど、身体が少しずつ冷えるのを感じて相原にリビングへ戻るように言う。そして自分もキッチン側のドアから部屋に入ろうとした。
「梶」
ドアノブに手をかける前に相原に呼ばれる。それに振り返ろうとして、けれどそれは出来なかった。
ドアノブを掴もうとしていた左手首に相原の手がかかる。何、と言おうとした俺の口から出た言葉は意味を成さなかった。うわ、とも、へ、ともつかない音だけが静かな廊下に小さく響く。
掴まれた手首を相原に勢いよく引っ張られた反動で、俺は背中を反対側の壁に打ち付けた。
そんなに強くではなかったけれど突然の衝撃に息が詰まってむせた。背中が少しだけ痛い。
相原は俺の手首を掴んだまま目の前に立っている。
なにするんだよと言おうとして、それも出来なかった。むせたせいで声がうまく出ない。せめて、と軽く睨み付けた。
「梶」
再び小さく呼ばれて、
「いってーな」
と文句を言ってやった。
少し声が絡んだようになってしまったけれど、今度はちゃんと声が出てほっとする。けれどそれもほんのわずかのことだった。
相原の手が首にかかる。温かい手が喉仏の辺りを覆っら。左手は相変わらず拘束されて動かせない。
背中に壁の冷たさを感じて俺は小さく身震いした。
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