046.断章:風は未だ吹かず
あの人からの連絡は、待てど暮らせどやっては来ません。もう連絡は来ないのかもしれない、そう思うと不安になってくるのが自然な心理です。でも、家族への電話が何かの拍子に鳴ると、もしかしたら、という気持ちが溢れ出てくるのです。そうして一日が過ぎ、二日が過ぎ、一週間も経たないうちに私の生活の調子は乱高下してしまいました。あれほど足元のおぼつかない気分で送る生活というのは初めてでした。朝は日の出とともに目が覚めて、家でお気に入りの椅子にゆっくり座っていても妙に落ち着かなくて、一本早い電車に乗って学校へ行ったりしました。学校という鎖のおかげで日中は気が紛れるのだけれど、放課後になるとその反動で色々なことをして遊びました。知り合いのいるわけでもない吹奏楽部の練習を見学してみたり、河原で一人リサイタルを開いてみたり、意味もなく電車の一駅分を歩いてみたり。
そういう無軌道な日々は意外に楽しかったです。でも、ひどく疲れました。何より心がざわざわとして、午後九時には自然と眠れるのですが、次の日もやっぱり五時に起きてしまうのです。もっと眠っていたいのに、一度目が覚めればもう眠れません。母親はそんな私に向かって、最近は健康的に過ごしてるわね、なんて的外れなことを言うので、あまり家にいたくはなかったのです。家の外で多くの時間を過ごしたのは、そうした理由もあったのです。
やがて困ったことが起きました。週末がやってきてしまったのです。平日なら学校へ行って時間を潰せるのに、なんて言うと叱られるかもしれませんけど、とにかく学校が休みではどうにもなりません。どうにもならないというのに、朝の五時には目が覚めてしまう。だから私は仕方なくいつもの時間に家を出て、いつものように電車に乗って、ぶらぶらと出かけることにしました。
休日の朝はいつもとダイヤが違っていて、私はいつもと同じ電車に乗ろうとして出鼻を挫かれたのですが、仕方なく入った駅の待合室で縁もゆかりもないおばあさんと談笑する時間を過ごすことになりました。話した内容なんてもう覚えていないけれど、手品のようにどこからともなく小ぶりのみかんを取り出したおばあさんの笑顔は、今でもはっきりと覚えています。やがて暖房の弱い待合室から出たとき、その頼りない暖房が愛おしく感じられるくらいのとても冷たい風に吹かれました。
あの人からの連絡は、未だ来ていませんでした。
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