第21話『戻るかい?』

 午後5時過ぎ。

 森さんと話したことを日下さんに報告するために、俺達は月原総合病院に戻り、彼女に面会しに行く。

「……どうだった? 麻衣ちゃん達だけってことは……駄目だった、かな」

 森さんがいないからか、日下さんは寂しそうな笑みを浮かべる。

「いえ、そうじゃないです。ただ……」

 俺達は森さんと話したことについて日下さんに説明する。その間、日下さんは特に表情を変えることはせず、優しい笑みを浮かべながら、時々頷くだけだった。

「そっか……やっぱり、先生は私に会えないって思っていたんだね」

「ええ。多くの生徒の前で日下さんを叱っただけでなく、あなたが電車に轢かれる瞬間を見てしまったことで……森さんの心に罪悪感が深く刻まれてしまったみたいです」

「多分、そうだろうね。でも、先生が私の家に行こうとしていたなんて……嬉しい」

 日下さん、これまでの中で一番の笑顔を浮かべているぞ。まあ、日下さんは森さんのことが好きだからか。

「でも、森先生……結婚していたんだね。まあ、当時は35歳だったし、それから15年もあれば結婚もしているか……」

 日下さん、さっきの笑顔から一転……がっかりした表情を浮かべている。まあ、15年経ったとはいえ、好きな人が結婚したら元気がなくなってしまうか。

「陽子先輩……死なないでくださいね」

「死ぬつもりもないし、まだあまり体を動かせないからそんなこともできないよ」

 さすがに今の湊先生の言葉には日下さんも苦笑い。湊先生の気持ちも分かるけれど、少し心配しすぎじゃないだろうか。

「あなたと逢うかどうか、森さんは一晩考えて……明日の昼くらいまでには湊先生に連絡をすることになっています」

「……うん、分かったよ」

「何か……ごめんなさい。森さんを連れてくることができなくて」

「……ううん、全然構わないよ。むしろ、藍沢君に感謝しているくらいだよ。何が何でも会わないって言っていた森先生に、一晩考えさせるって説得できたんだから」

「……そう言ってくれると、助かります」

 日下さんは説得できたと言ってくれたけれど……その時も、感情的になって色々と言ってしまったからな。会えるかもしれないという羨ましさで……ちょっとした八つ当たりをしてしまったから。

「きっと、あたしだけだったら、森先生に文句を言うだけになって……こういう風にはならなかったと思います。藍沢君達に協力してもらったのは正解だったと思います。特に藍沢君は凄かった」

「……そう。じゃあ、眠っていたときに聞こえた女性も凄かったのね」

 まあ……数日前に旅行先で水代さんのことを解決したからな。きっと、それもあって彼女は俺や彩花に協力を求めたんだ。

「藍沢君達、ありがとね。あたし、あの時……感情的になって色々と言っちゃったから。みんながいなかったら、今頃どうなっていたか」

「そんな。麻衣先生の気持ちも分かりますし、15年前のことをよく知っていれば、森さんにああいう態度を取ってしまうのも分かります」

「そう言ってくれると助かるよ。生徒の前で……ましてや、受け持っているクラスの子にあんな姿を見られたから凄く恥ずかしくて。教師、失格かな……と思って」

「そんなことないですよ」

 そう言って、渚は麻衣先生の頭を優しく撫でる。これじゃ、先生と生徒が逆転したような感じだな。

「麻衣ちゃん、頼もしい生徒さんを持ったね」

「……教師は生徒に物事を教えたり、背中を押したり、支えたりする職業だと思っていますが、生徒に支えられることもあるんですね」

「……先生も生徒も同じ人間だからね。意外といつも支え合っているのかも。きっと、あの時……森先生は私のこと考えて、あそこまで厳しく叱ったんだって今なら思える。もう少し落ち着いて考えることができれば、こうはならなかったのかも。もし、明日……森先生に会うことができたら、先生に謝りたいなって思ってるよ」

「そう……ですか」

 この様子なら……森さんと会うことができれば、丸く収まりそうな気がする。そこまでが大変かもしれないけれど。粘り強く交渉していくか。

「ねえ、藍沢君」

「何でしょう、日下さん」

「……もう、元の体に戻ってもいいと思うんだけれど。藍沢君達は森先生に話をして、会うかもしれないっていうところまで説得しました。私に話しかけてくれた女性も、元に戻すときは……念じろって言われたから」

「そ、そうですか……」

 俺の体を元に戻すかどうかは日下さん次第ってことか。日下さんが戻してって願えば、俺の体は元の大きさに戻るという流れだろう。

「……まだ、戻さなくていいですよ。森さんと会って話すという日下さんのやりたいことを果たすまではこのままでいいです」

「い、いいんですか? 日下さんが戻してくれると言っているんですよ、先輩」

「まあ、この体で生活することにさほど支障はないし、彩花達は覚えていると思うけれど、この姿で話しても森さんはきちんと相手をしてくれただろう? それに、彩花は問題が解決するまでずっと入れ替わったままだったし」

「直人、先輩……」

 それに、この小さな体は日下さんとの約束の証だと思っている。その約束を果たすまではこの姿でいることにしよう。

「……そんなにワンピースを着るのが好きになったんですか?」

「そんなわけないだろ」

 昨日、渚と咲が家に遊びに来てから、ほぼ全ての時間……渚が持ってきてくれた服や寝間着を着ている。さすがに勘弁してほしいと思い始めたけれど……小さい体なのもそう長くないと思うし、何よりも俺が嫌がっても3人に着て欲しいと強く懇願され続けそうだからな。

「その服装だと、絶対に藍沢君のことを女の子だと思うよね」

「森先生も女の子だと思ってましたよ、先輩」

 本当にそうかもしれないけれど、彩花の知り合いの娘だって湊先生がとっさに嘘を付いたのも原因の一つだと思うぞ。

「直人、あたし……ずっと思っていたことがあるんだけど」

「なんだ? 咲」

「……元の体に戻っても、直人って女装が似合うんじゃないかなって思うんだ。直人、凄くかっこいいし、肌もとても綺麗だから……」

 咲、うっとりとした表情をしてそう言ってきた。何を言うかと思ったら。

「……そう思うのは勝手だけど、俺は絶対に女装しないぞ。今、ワンピースを着ているのはこれしかちょうどいい大きさの服がなかったからだ」

「じゃあ、元に戻ってもワンピースしかちょうどいい大きさの服がなければ仕方なく着るのね……」

「そ、そういう考えに至っちまうのかよ、咲は……」

 もし、彼女が咲だったら……俺、定期的に女装されていたかもしれないのか。まあ、彩花はそういうことをしないよな?

「それもいいかもしれませんね……」

「彩花、頼むから思い留まってくれ。体が小さくなっている間はワンピースを着てもいいから」

「別に着させるつもりはありませんでしたが……直人先輩がそう言うのであれば、元に戻るまではワンピースを着てもらいましょうか。まあ、ちょうどいいサイズがこれしかないので必然的にそうなりますけどね」

 ふふっ、と彩花は笑っている。これはまさか……はめられたのか? 

「元の体に戻りたくなったら、いつでも言ってきてね、藍沢君」

「ええ、分かりました」

「それにしても、森先生が会ってくれるかどうか……ちょっとドキドキするな。もちろん会うに越したことはないけれど、それが分かるまでの今の時間を楽しむことにするよ」

「……そうですか」

 今の日下さんを見て、一晩考えるところまで説得できて良かったなとようやく思えることができた。もちろん、森さんが会うと決心するのが何よりだけれど。

 そして、そろそろ面会時間が終わるということなので、俺達は病院を後にするのであった。

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