第22話『ソファーの上で甘えて』
森さんの考えが纏まったら湊先生に連絡することになっている。彼の決断を先生が聞き次第、彼女が俺達へと連絡をすることになった。
午後6時前。
俺達は4人で家に帰ってきた。
リビングに入ると、俺は真っ先にソファーの上で仰向けになる。体が小さくなってしまったからか、それとも森さんにあんなことを言ったからなのか、何だかとても疲れてしまった。3人からだらしないと言われてもいい。俺はここから動かないぞ。
「……直人先輩」
「うん?」
「ちょっと体を起こしていただけますか?」
「あ、ああ……」
彩花に言われるままに体を起こすと、彩花はソファーに座って、
「先輩、どうぞ」
太ももをポンポンと叩きながらそう言った。なるほど、俺に膝枕をさせたいのか。ここは彩花のご厚意に甘えることにしよう。
しかし、頭を下ろそうとしたら……彩花の胸が大きいからか、頭にちょっと当たってしまったぞ。膝枕をした状態だと、俺の視界に彩花の胸が多大なる存在感を放っている。
「どうですか? 直人先輩」
「とても気持ちいいよ。それに、いい眺めだ」
「ふふっ、私にとってもいい眺めですよ。幼い妹……じゃなくて弟や、娘……じゃなくて息子がいたらこんな感じなんだろうなって」
今、妹とか娘とか言ったよな、こいつ。もしかしたら、ワンピース姿のせいで3人にとっては俺の性別が女だと思っているんじゃないか?
「パンツは男物を穿いているんだね、直人」
「そりゃそうでしょ。小さくなったからって宮原さんのパンツを穿くわけがないと思うけど……」
「だよね! 似合うと思うけど」
「似合うだろうね、今の直人なら」
「……ワンピースをたくし上げながらパンツ議論をするんじゃない」
人が仰向けになっているのをいいことに。足をバタつかせてやろうかと思ったけど、2人の顔に当たったら申し訳ないので止めておいた。
「上の方は何も付けてないですよね、先輩」
「当たり前だ。やめろ、触るんじゃない……あっ」
彩花に胸のあたりを触られたので、思わず変な声が出てしまった。
「……ゴクリ」
「おい、彩花。今……俺に対して変な感情を抱いただろ。俺は体が小さくなったけれど、歴とした男なんだぞ。そこを忘れるなよ」
「わ、分かってますって……へへっ」
へへっ、て。今もなおニヤニヤとした表情を浮かべながら俺のことを見ている。体が小さくなってから一番の身の危険を感じるぞ。
「ひゃあっ」
何かしないとと思って、俺はとっさに指で彩花のお腹をつんと押した。
「せん……ぱい。お腹をつん、って」
「ごめんごめん。身の危険を感じたから、防衛のためについ」
どうやら、彩花は我に返ったようだ。
「でも、さっきの直人はちょっと可愛かったよね。彩花ちゃんがどうにかなっちゃいそうだって言ったのは分かる気がする」
どうやら、2人とも彩花の方に加勢する可能性が高そうだ。我が身の安全を考えたら、あの時に日下さんのご厚意に甘えた方が良かったのかも。
「直人先輩」
「うん?」
「今日はお疲れ様でした。日下さんに会うことを頑なに拒んでいた森さんをよく、一晩考えさせるまでに説得できましたね」
「途中から、感情的になって好き勝手に言った感じになっちゃったけど」
もっと、言葉を選んでいれば、今日中にでも日下さんと森さんを会わせることができたかもしれない。そう思うと何とも言えない気分になる。
「今までのことを考えたら、羨ましいと言った気持ちも分かります。ただ、もう少し……落ち着いて言えればもっと良かったかもしれませんね」
「……ああ」
「しかし、直人先輩でなければここまで進展しなかったと思います。よく……頑張りましたね」
彩花は俺の頭を優しく撫でてくれる。頑張った……か。仮にそう言われるに値することをしたとしても、その称賛の言葉は日下さんと森さんが会えてから言われるべきことだろう。
「そんな直人先輩にはご褒美をあげないと。先輩、私に甘えてきてください。体も小さいことですから」
「いや……その気持ちだけ受け取っておくよ。それに、こうして膝枕をしてもらっているだけで十分に甘えているし」
「こ、これまでのはノーカウントで」
「ええっ……」
俺に甘えさせてくれるのは確からしいけれど、本当の目的は甘えてくる子供らしい俺の姿を見たいだけな気がする。
「そうそう、彩花ちゃんのお言葉に甘えちゃいなよ」
「吉岡さんの言うとおりだわ。甘えられるときに甘えた方がいいと思うよ」
そう言って、渚と咲は俺の体をしっかりと押さえてくる。まったく、俺の体が小さいのをいいことにこんなことしやがって。一種のホラーだぞ。あとで覚えてろよ。
しょうがない、恥ずかしい想いはしてしまうけど、ここは子供っぽく、
「夜ご飯はオムライスがいい!」
午後6時過ぎっていう時間帯に救われた。好きなものを食べたいって言えば甘えた感じになるだろう。
「分かりました。では、夕ご飯はオムライスにしましょう」
「あと、渚は玉子焼き、咲は茶碗蒸し作ってよ。昨日、ワンピースを着させるときに作ってくれるって言ったのに」
頬を膨らませてみる。本当はあまり気にしていないけれど、食べてみたい気持ちはあったので、2人にも甘えてしまおうと思った次第である。
『かわいい……』
3人とも、目を輝かせて俺のことを見ている。これは逆効果だっただろうか。
「早く作ってよ!」
何かされるかもしれないので、先手を打つ意味で駄々をこねてみる。すると、3人は……嬉しそうに笑みを浮かべている。
「はいはい、分かりました。ふふっ、直人先輩はあまりそういう表情を見せませんから新鮮でいいですね」
「そうだねぇ。でも、昔はこうだったかもよ?」
「あたし、今の直人みたいな弟がほしかったなぁ……」
どうやら、俺のわがままな演技は3人に好評だったようだ。
「じゃあ、3人で作りましょうか。玉子焼きと茶碗蒸しは私がサポートしますから。では、直人先輩はここでコーヒーでも飲みながら待っていてくださいね」
コーヒーでも飲みながら、という部分が俺のことを完全に子供扱いしていないように思えた。
「……分かった。楽しみにしてるよ」
彩花に甘えてほしいと言われ、渚と咲に体を押さえつけられたときはどうなるかと思ったけれど、これで一件落着かな。夕ご飯に卵料理をたくさん食べられるとのことなので今から楽しみだ。
彩花に言われたように、コーヒーを飲んでテレビを観ながら俺は夕食までの時間をゆっくりと過ごすのであった。
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