第13話『朝にはキスを』
8月30日、金曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、目の前には彩花の可愛らしい寝顔があった。彩花の生温かくて甘い寝息がくすぐったい。
「……戻ってない、か」
ワンピースの寝間着がきつくなっていない、か。昨日、俺の体が小さくなったことに気付いたのは目を覚ましたときだったから、戻るときももしかしたら……って思ったんだけど、さすがにこんなに早く戻ることはなかったか。
まずは15年前の写真の女の子が誰なのかを調べて、その女の子に何があったのかを調べないといけないな。
「んっ……」
「直人……」
ふとんの方から渚と咲のそんな寝言が聞こえてくる。
彩花の抱擁はあまり強くなかったので、ゆっくりと解いて渚と咲の方に振り向いてみると……2人が熱いキスを交わしていた。
「直人、あたし……」
「……んっ」
どうやら、2人はそれぞれ夢の中で俺とキスしているみたいだ。俺が彩花と付き合うことになってから1ヶ月くらい経つけれど、今でも俺への好意が心の中にあるようで。夢の中で何をしてもそれは自由だ。何も言うつもりはない。
そういえば……こういった光景、前に見たな。確か……ゴールデンウィークに俺の家族と彩花と渚が旅行へ行ったときだったかな。あのときは彩花と渚が寝ぼけてキスをしていた。
「……あのとき、私は渚先輩とこうなっていたんですね」
「……あ、彩花か。ビックリした」
「たった今、目を覚まして……直人先輩がふとんの方を見ているので、何かあるのかなと思って。渚先輩と広瀬先輩……実はデキているのでしょうか」
今の2人の姿を見るとそう思えるよな。何か……さっきよりもキスが激しくなってきている。
「いや、寝言を聞いていると、夢の中で俺とキスしているみたいだぞ」
「へ、へえ……」
そう言うと、彩花は後ろからぎゅっと俺のことを抱きしめる。どうやら、彩花は夢の中でも俺が他の女性とキスするのは嫌なようだ。
「思い出しちゃいましたよ。あの日の朝のこと。今だから言いますけど、目を覚ましたら渚先輩とキスしているのが分かって、唇を離したら唾液がふとんのシーツにこぼれ落ちて。その時に渚先輩も目が覚めて。その後、少しの間……何だか気まずかったですよ」
「そうか……」
思い出してみると、あの時の2人はどこかよそよそしい感じだったような気がする。普段よりも距離を取っているというか。
「それにしても、直人先輩……まだ体が小さいんですね」
「目が覚めたら元の体に戻っているかもしれないと思ったけど、写真の彼女のことが全然分かっていないからか元には戻ってなかったよ」
「ふふっ、そうですか。まあ、もうちょっと小さい直人先輩と一緒にいたいので、私はいいですけどね」
「まったく、自分が小さくなっていないからって……」
他人事みたいに言いやがって。
まあ、食事が多く取れないことや、手足が短くなってしまったこと以外にはあまり不自由はないけどさ。あとは筋力が落ちたから、スマートフォンをあまり長く持つことができなくなったことか。
「ねえ、直人先輩」
「うん?」
「……渚先輩と広瀬先輩のキスを見ていたら、私も先輩とキスしたくなってきちゃいました。目覚めのキス……しましょう?」
「……いいよ」
彩花の方に振り返ると、彼女からキスしてくる。渚と咲に負けないような熱いキスを。こうしていると、体が小さくなったことを忘れてしまいそうだ。
「小さくなった直人先輩の唇も段々と好きになってきました」
「そ、そうかい」
「……それにしても、渚先輩と広瀬先輩……まだキスが続いているんですね」
「そうだなぁ」
ここまでキスしていたら普通は目を覚ましそうな気がするけど、逆に夢から覚めないのかな。
「2人が目を覚ましたときに俺達がいたら、それこそ昨日のお風呂の時みたいに悶絶することになるから、俺達は外に出ようか」
「そうですね」
俺と彩花は今もなおキスしている渚と咲の側を通り、何とか部屋の外に出ることができた。
「……あとは2人次第だな」
「そうですね」
俺と彩花は洗面所に行って、隣同士で歯を磨くことに。
「そういえば、俺……学校に行くときにはどういう恰好をすればいいんだろう」
「いいじゃないですか、ワンピースで。似合っていますし」
「……やっぱり?」
「当たり前ですよ。家の中だったらブカブカの服でもいいですけど、外に出るんでしたらサイズの合う服を着てください」
「……まあ、ワンピースも動きやすいから別にいいか」
「なぁんだ、気に入っているんじゃないですか」
「動きやすくて通気性がいいからだ。それに、小さくなったこの体でも、ワンピース姿の俺を知り合いにあまり見られたくないんだよ」
夏休み終盤だし、女バスみたいに課題を終わらせるために活動をしていない部活が多ければいいんだけど。必要最小限の人しか会いたくない。
「なるほどです。ワンピースだけなら先輩だとばれる可能性はありますが、昨日みたいにカチューシャを付ければ小学生の可愛い女の子にしか見えませんよ」
「そう上手くいくかなぁ……」
小さくなった俺と一緒に学校へ行った彩花が興奮して、俺が小さくなったことをばらしてしまいそうな。渚と咲も喋ってしまいそうな気がする。
『きゃあああっ!』
彩花の部屋から渚と咲の悲鳴が聞こえた。
すぐに彩花の部屋へと向かうと、渚と咲が顔を真っ赤にしながら互いに背を向けて正座をしていた。
「ど、どうしたんだ? 2人ともふとんの上で正座なんかして……」
「え、ええと……」
「ねえ? 広瀬さん……」
まあ、2人が今みたいになってしまう理由は分かっているけど。渚と咲は互いに顔を向けるけど、目が合ってしまったのか慌てて視線を逸らした。
「きっと、何かがあったんですよ。ね? 渚先輩、広瀬先輩」
「そ、そうなんだよ! 彩花ちゃん」
「でも……これ以上は訊かないでくれると嬉しいな、2人とも。ちょっと……言うのが恥ずかしいことだから」
まあ、何があったのかは俺も彩花もしっかりと見ているんだけど。2人のためにもこれ以上は訊かないでおこう。彩花に視線を送ると、彼女は小さく頷いた。
「ねえ、直人、彩花ちゃん。2人が部屋にいたとき……私達、どうだった?」
「普通に気持ち良さそうに寝ていたよ……なぁ? 彩花」
「そ、そうですよ。寝顔がとても可愛らしかったです」
まるで何事も無かったかのように言うと、渚と咲はほっとした笑みを浮かべている。本当はバッチリとキスしているところを見たし、それが数分以上続いていたことは……心の中に閉まっておこう。
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