第12話『コイバナ』

 お風呂から出た後は、俺の寝間着姿が可愛い話や、彩花と行った旅行の話をしながら、リビングでゆっくりとコーヒーを飲む。


「宮原さんは旅先で出会った同い年の女の子と体が入れ替わって……数日くらいしか経っていないうちに今度は直人の体が小さくなるなんて。何か、課題の呪いの可能性もありそうだけど、旅先で出会った水代円加っていう幽霊もあたしは怪しいと思うけどな」

「私も何か関わっている可能性はあると思ってる。入れ替わりができるんだったら、体を縮める力があってもおかしくはないんじゃない?」


 なるほど、当事者じゃないとそういう風に考えるのか。

 旅行に行き、彩花と遥香さんが実際に入れ替わりを体験し、俺はすぐ側にいた。だから、水代さんが関わっているなら遥香さんの方にも異変があるはずだと思い込んだ。

 ただ、冷静に考えると……彩花の入れ替わりが起きてから数日くらいしか経っていない。水代さんは実際に入れ替わりを起こしている。体を縮める力を持っていても不思議ではない……か。


「渚先輩と広瀬先輩の言う通りかもしれませんね」

「……可能性の一つとして考えておこう。ただ、月原高校の制服を着た女子生徒が写っている15年前の写真が、突如として俺の課題に挟まっていたことも事実だ。まずは明日、月原高校に行ってあの写真に写っている女の子について訊いてみよう」


 ということは、体が小さいまま通っている高校に行かなきゃいけないのか。俺の知り合いがいなければいいんだけど。

 今はもう午後10時過ぎか。コーヒーをたくさん飲んだからか、俺はまだあまり眠気は来ていないけれど……課題を頑張って終わらせた渚と咲は眠そうに見える。


「そろそろ寝るか」

「そうですね、先輩」

「……今まで決めていなかったけど、寝るときはどういう部屋割りにするんだ?」


 自分で言っておいて何だけど、部屋割りって言うとまるで修学旅行みたいだな。まあ、渚以外は1学年後輩だったり、同学年でも他校の生徒だったりするけど。


「私と直人先輩が私の部屋で寝て、渚先輩と広瀬先輩が直人先輩の部屋……というのはおかしいですね。逆ならまだいいかも」


 彩花、色々と考えているようだけど、俺と一緒に寝るのは確定なのかな?


「こういうときは男女で別れればいいんじゃないかな。彩花の部屋に3人が寝て、俺は自分の部屋で寝るからさ。別に心霊系が苦手なわけじゃないし……」

『却下!』

「ええっ……」


 3人の声が見事に重なったよ。彩花はともかく、渚と咲まで俺と一緒に寝たいのか。修学旅行だと普通、男女は別々だから、なかなか決まらないならそれが一番いいかなって思ったんだけど。小さくなった俺は男としてカウントしないのかな。まあ、ワンピース型の寝間着を着ているし。


「じゃあ、4人で彩花の部屋で寝るか? 俺と彩花がベッドで寝て、2人分のふとんを敷いてそこに渚と咲が寝るって形で」

『賛成!』


 また声が重なったよ。4人同じ部屋で寝ることに満場一致で決定か。


「じゃあ、さっそく寝る準備をしよう。彩花ちゃん、ふとんってどこに置いてある? 広瀬さんと一緒に敷きたいんだ」

「分かりました。じゃあ、こちらに」


 そういえば、修学旅行のときは自分でふとんを敷いたっけ。あのときはすぐに布団に潜ったけれど、枕投げが大好きな同級生がいて、投げた枕が頭に当たったり、はしゃいだ奴の脚で強く踏まれたりしたな。


「……あれ」


 思ったけど、彩花の部屋にふとんを2枚敷けばいいって言ったけど、そこまで広いスペースがあったっけ。

 彩花の部屋へと様子を観に行くと、そこには既に2枚のふとんが敷かれていた。結構ギリギリだけど、みんなで寝る感じがしていいか。


「まだそこまで遅い時間ではありませんが、みんなで寝ましょうか」


 俺達は寝る仕度をして、彩花の部屋で眠ることに。

 体が小さくなったことでベッドがとても広く感じるな。そして、ベッドの横に敷いた布団に渚と咲が横になる。

 彩花は部屋の照明を消して、ベッドに備え付けられているライトを点け、俺の隣で横になる。彩花と一緒に横になっても全然狭く感じないな。


「こうしていると、何だか修学旅行みたいですね」

「……そうだな」


 俺の体は小さくなってしまったけど、この4人で同じ部屋に眠るのは貴重な経験だな。むしろ、俺が小さくなったからできたことだと思う。


「修学旅行では部屋いっぱいにふとんを敷いて寝たな」

「あたしのクラスでは枕投げしたなぁ」

「……やっちゃう?」

「したい気持ちも分かりますが、ここではやめてくださいね。狭いですし、隣や下の階にも住んでいる生徒がいるんですから」


 どこの学校でも修学旅行に行ったら、夜には枕投げをするのが恒例なのかな。俺は全然参加しなかったけど。


「修学旅行ですることといったら……恋バナ?」

「あたしもしたなぁ。中学の時は直人のことが好きだって言ったっけ」


 そういえば、咲は洲崎に住んでいた頃から俺のことが好きだったって言っていたな。


「へぇ……私の方は、同じ部屋で泊まっている子達が両想いだったみたいで、告白して付き合うことになったカップルがいたよ」

「ということは、女の子同士なの?」

「うん、そうだよ。私も何人かの男女が私のことが好きだって聞いたって言われて、その日はドキドキしてあまり眠れなかったなぁ」


 渚は背が高くてかっこいいから、男子だけじゃなくて女子からも人気がありそうだ。好意を抱かれるのも頷けそうだ。


「へぇ……その後に告白されたりしなかったんですか?」

「女の子には告白されたね。でも、その時はバスケ馬鹿みたいなところがあって、バスケが恋人っていうか。直人と出会うまでは恋愛感情を抱いたことは全然なかったかな」

「なるほどです」

「直人と彩花ちゃん……は過去に色々あったもんね。それに、直人の体が小さくなっても2人はラブラブだからいいか!」


 あははっ、と渚は楽しそうに笑っている。


「ねえ、吉岡さん。2人の惚気話聞きたくない?」

「ああ、聞きたい聞きたい! きっと、私達に話していないだけで旅行中にも色々とありそうだもん!」


 そう言うと、渚と咲はベッドに近づいて、ニヤニヤしながら俺達のことを見てくる。俺は唯のこと、彩花は浅沼のことで色々とあったから、過去のことを訊かないっていう渚の気遣いは有り難いけど、俺と彩花の惚気話は……いいんじゃないか? まだ付き合い始めて1ヶ月くらいしか経っていないし。


「ねえ、ぶっちゃけさ……2人はどこまで行ったの?」

「あたしもそれが一番気になる!」


 よりにもよって、最も訊いてほしくないことを訊いてきたぞ。


「えぇ、そこを訊いちゃいますかぁ?」


 あれ? 彩花……こういうことを訊かれると、てっきり恥ずかしくてふとんを被るようなことをすると思ったのに、意外と平気なのかな。それとも、俺と付き合っているから余裕があるのか。


「正直に話したら、きっと……さっきみたいに悶えてしまうと思いますけどね」


 なるほど、お風呂から出たときの2人の様子を知っているからこそ、仮に俺と彩花がしたことを正直に話しても変にからかわれることはないと思っているのか。だから、特に恥ずかしがるような素振りを見せないと。

 というか、俺のことは考えてくれないのかな、彩花は。


「えっ? そ、そうなの?」

「旅行中にも色々とあったと思うし、その……イチャイチャはしていると思うよ」

「……そうかもね」


 2人ともご名答。俺と彩花は付き合うことになった日にはもう、イチャイチャをしたんだよ。それからは幾度となく。そのことを俺の口から言うつもりはない。


「何だか眠くなっちゃったわね、吉岡さん!」

「そうだね! じゃあ、私達は寝るよ!」


 おやすみ! と言って2人はふとんを被ってしまった。まさか、こうなることを彩花は予測していたのかな。


「ふふっ、2人とも可愛いですね」

「ふとんは被ったけど、ドキドキして暫くは寝ないかもしれないな。ていうか、お前……俺とどこまで行ったかって言うつもりだったのか。俺、凄くドキドキしていたんだぞ」

「……まあ、適当に嘘を付いても意味ないですからね。もちろん、言葉は選んだ上で言うつもりでした。そうなっても、きっと今みたいに2人は恥ずかしがってふとんを被ると思っていました」

「……なるほど」


 やっぱり、そこまで考えた上でのあの態度だったのか。さすがは彩花。


「私達もそろそろ寝ましょうか」

「……ああ。ただ、コーヒーを飲みすぎたせいか、そこまで眠気が来ていないんだ。普段だったら普通に眠れるんだけど……」

「これも体が小さくなった影響ですかね。それなら、先輩のことを抱きしめて眠るのは止めておきます」

「いや、そこまで強くなければ別にいいよ。……彩花に抱かれると、まるでお姉さんと一緒にいるみたいだし」

「……ふふっ、そうですか。では、お言葉に甘えて」


 彩花はそっと俺のことを抱きしめる。俺には兄や姉がいないので、こうして抱きしめられて眠る機会がなかったから正直、ちょっと嬉しいのだ。


「気持ち良くて段々と眠くなってきたよ」

「私に抱きしめられて眠くなるなんて。直人先輩、見た目以上に子供になっちゃったんでちゅねぇ? かわいいなぁ」


 ふふっ、と彩花は優しい笑みを見せ、俺の頭を優しく撫でてくる。子供を通り越して赤ちゃんみたいな扱いになってるぞ。渚と咲が本当に眠っていてくれるといいんだけど。


「私も先輩のことを抱きしめていたら、段々と眠くなってきました」

「じゃあ、寝よっか。おやすみ、彩花」

「はい、おやすみなさい、先輩」


 彩花はゆっくりと目を閉じると、程なくして寝息が聞こえ始める。体が小さくなっても、普段と同じように彩花の可愛らしい寝顔を見ることができて良かったよ。


「……みんな、おやすみ」


 彩花の温もりと匂いに包まれながら、俺も眠りにつくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る