第11話『戻らない未来』

 髪と体を洗い終えた彩花は湯船に入ってくる。そのことで湯船の水深が深くなったので、座るのを止めて正座をすることに。

「ごめんなさい、直人先輩。正座をさせてしまって」

「いやいや、気にしないでくれ。こればかりは仕方ないんだから」

「それならいいですが。もし、脚がキツくなったら私の脚をクッション代わりにしてもいいですから」

「……そ、そのときは宜しく頼むよ」

 でも、いずれは彩花に抱き寄せられそうな気がする。

「それにしても、小さくなった直人先輩とこうして向かい合いながらお風呂に入っていると、先輩によく似た息子と入っているようですよ」

「そ、そうか……」

 俺の体が10歳くらい子供に戻ったせいで、彩花の精神が15歳から20歳くらい大人になっている気がする。


「なあ……彩花。もし、俺の体が元に戻らなかったらどうする?」


 世の中、何が起こるか分からない。

 昨日まで行っていた旅行では彩花は遥香さんと入れ替わりが起こり、そして今回は俺の体が小さくなった。彩花の場合は元に戻ったけれど、俺は……どうなるか分からない。

「戻りますって、きっと」

「……万が一のことだって考えられるだろう」

 絶対に戻るって信じたいけれど。

 すると、彩花は優しい笑みを浮かべて、


「そんなの……今までと変わりませんよ。直人先輩の側にずっといます」


 俺のことを見つめながらそう言った。考えるような時間もなく、すぐにそう言ってくれたのは嬉しいな。

「直人先輩、体が小さくなっただけで時間が経てば成長するじゃないですか。きっと」

「……きっとね」

 そういえば、体が小さくなってしまったってことばかり考えていたから、時間を掛けて成長していくって考えなかったな。

「もし、体が成長すればそれでいいですし……ずっとこのままの姿だったら、私の彼氏はとても可愛いですって自慢します。いずれは彼氏が夫になる予定ですけどね!」

 その状況を今から妄想……じゃなくて、想像しているからか彩花はニヤニヤと笑みを浮かべている。彩花、小さい俺のことを自慢するとき、きっと抱き上げるんだろうな。

「でもさ、彩花……この体のままだときっと俺との子供はできないと思うぞ」

「……それが分かったら、そのときに考えましょうよ。子供なしで過ごすのもありだと思いますし、もちろん責任を持って養子を迎え入れるとか。それに、今は非日常の時間を過ごしているんです。先のことが不安になるのも分かりますが、戻ると信じてそれ以外のことを考えないのもありだと思いますよ」

「……そうか」

「でも、結婚とか子供とか……そんなことを自然と話せるなんて、本当に私達……恋人同士になったんですね。それが凄く嬉しいです」

「……彩花と一緒にいると安心するよ」

 出会った頃に比べると、彩花は本当に強くなったと思う。気付かない間に俺は彩花に支えられ、彩花なしで生きていくことは考えられなくなった。彩花となら、小さい体のままでも幸せに暮らすことができそうな気がする。

「……あっ、もしかして」

 彩花はニヤリと笑って、


「小さい体のままだと、嫌われて私が離れていっちゃうって思ったんですか?」


 俺のことをからかうように言った。普段、こういうことを話さないからかな。


「……そうだよ」


 特に彩花にからかわれたからといって恥ずかしい気持ちにはならず、俺は素直にそう言った。

「俺は……彩花のことが好きだから。例え、体が小さいままでも彩花だけはずっと俺の側にいてほしいんだ。だから、俺の体が元に戻らなくても変わらずに俺の側にいてくれるって言ってくれたときはとても嬉しかったよ」

「……そ、そうですか」

 そう言うと、彩花は顔を真っ赤にして視線をちらつかせる。予想に反して俺が素直に気持ちを言うから不意を突かれたって感じかな。

「……せっかく、からかおうと思っていたのに。直人先輩にそんなことを言われたら、とてもキュンとしちゃうじゃないですか。たまに、今のように気持ちを素直に言うから、先輩は可愛くて……かっこいいんですよ」

 そう言うと、彩花は俺のことを抱き寄せる。そのことで彩花の柔らかな肌と甘い匂いに包まれる。


「私は……そんな先輩のことが大好きですよ」


 彩花は俺に優しく口づけをしてくる。

「……甘い、ですね」

「さっき、プリンを食べたからだよ」

 そう言う彩花の口からもプリンの甘さを感じたけれど。

「……直人先輩、覚えていてください。私は先輩が離れそうなら、今みたいに先輩のことを自分に引き寄せる性格だって。先輩が離れた分以上に、私から近づきます。だから、先輩と私が離れるなんて……あり得ませんよ」

「……分かってるよ」

 これまでの行動を思い出せば容易に。ただ、体が小さくなるのは普通ならあり得ない状況だったから不安になっただけで。

「直人先輩と別れるときはどちらかが亡くなったときです」

「……そうなるだろうね」

 仮に俺が何らかの理由で先に亡くなってしまったら、彩花が後追いで……なんてことはしないだろう。さすがに。そうであってくれ。

「もうちょっとだけ、このまま抱きしめていてもいいですか?」

「もちろん」

 子供の姿になったからか、彩花に抱きしめてもらうと普段以上に安心感がある。もしかしたら、何があっても一緒にいてくれると約束してくれたからかな。

「先輩の体が小さくなっても、こうしていると幸せですよ」

「……そう言ってくれると心強いよ。小さくはなったけれど、俺を頼ってくれていいんだからな」

「はいっ! 分かりました!」

 美来、大きな声で返事をしてくれるのは嬉しいけれど……浴室だから声が響いてびっくりしちゃったよ。

 そして、体が十分に温まったところで俺と彩花はお風呂から出ることに。

「あっ、そうだ。直人先輩。寝間着としてそこにあるものを着てください。渚先輩、寝間着まで持ってきてくれたんですよ」

 彩花が指さした先にあったのを手に取ってみると、それはワンピース型の桃色の寝間着だった。あいつ、小さい頃はワンピースが大好きだったんだな。

「これを……俺に着ろと?」

「サイズもちょうどいいだろうし、寝るだけだからいいだろうって」

「……しょうがない」

 断っても結局着させられそうだから、もう素直に着てしまおう。どうせ家の中でしか着ないんだから。

 渚の持ってきてくれた寝間着を着てみると、機能的な意味ではとてもいいな。ちょっとゆったりしているけれど、元々、俺はゆったりとした寝間着が好きだし。

「とても似合っていますよ、先輩!」

「……そいつはどうも」

 この姿の俺を見て、彩花が馬鹿にして笑うのではなく、本当に嬉しそうにしているからよしとしよう。

 鏡で寝間着姿の俺を見てみると……何とも言えない気分になる。こんな姿、クラスメイトやサポートをしている女バスのみんなには見せたくないな。

 彩花も寝間着姿になり、ドライヤーを使って髪を乾かす。その後、髪を乾かしましょうねぇ、と言って俺の髪も乾かしてもらった。

 そして、洗面所から出ると、


「ど、どうしたんですか? 渚先輩に咲先輩、廊下でぐったりしていて……」


 そう、渚と咲が廊下の上でぐったりとなっていたのだ。渚は仰向け、咲はうつ伏せの状態で。渚の顔を見てみると結構赤くなっているぞ。

「……ごめん。直人、彩花ちゃん」

「ど、どうしたんだ?」

「直人と宮原さんのことが気になってこっそり聞いていたら、宮原さんの可愛らしい声が聞こえてきて、色々と想像していたら恥ずかしくなって……」

「な、なるほどです」

 彩花もさすがに苦笑い。

「きっと、さっきの大きな返事が聞こえたことで、お二人は私達が浴室で変なことをしていると想像してしまったのでしょうね」

 彩花は俺にそう耳打ちをする。確かに、俺には「はいっ!」とはっきり聞こえたけれど、廊下にいては単に彩花が大きな声を上げているようにしか聞こえないかも。

「ええと……これを機に盗み聞きはしないようにすることをオススメするよ」

「……うん」

「これを教訓にするよ、直人、宮原さん……」

 2人をこんな風にぐったりとさせてしまうなんて。そんなにも彩花の声にパワーがあったのかな。

「俺達はただゆっっくりとお風呂に入っていただけだけど……ね、変な勘違いをさせちゃった俺達にも非があるかもな」

「そうですね。ここはおあいこということにしましょう」

 彩花ははにかみながらそう言った。

 まるで、そのはにかみが渚と咲に伝わるかのように、2人はすぐに俺達のことを見ながらはにかんだ。それがとても可愛らしかったのであった。

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