第14話『彼女の名は。』

 午前10時前。

 例の写真に写っている少女について月原高校で聞き込み調査をするため、俺達は寮を出発する。彩花は制服姿、渚と咲は私服姿、そして俺は……ワンピース姿だ。一目で俺だと気付かれないよう、昨日と同じくカチューシャをつけている。

「恥ずかしいなぁ……」

「可愛いですよ、直人先輩」

 しかも、渚……色々と考えていたのか、彼女が小さい頃に履いていた靴まで持ってきていた。仕方なく今はそれを履いているけれど、サイズも合っていてスニーカーなのが救いかな。彩花の持っている小さなショルダーバッグを肩に掛けている。

「歩くペースはこのくらいで大丈夫ですか?」

「……うん」

 体が小さくなったことで、歩く速さも俺よりも彩花の方が速くなった。彩花が合わせてくれているし、手を繋いで歩いているから大丈夫かな。

「こうして見てみると、彩花ちゃんの妹だよね」

「そうだね。お姉ちゃんの高校を見てみたいから今から行くって感じっていうか」

 相変わらず、渚と咲は俺のことについて好き勝手に喋っている。まあ、今の俺が藍沢直人だと気付かれず、ちょっと年の離れた彩花の妹と思われていた方がいいかな。小さな女の子のようだと思われることで面倒事には巻き込まれたくないけど。

 寮から10分ほど歩いて、俺達は月原高校の正門前に到着する。看守のおじさんがいたけれど、制服を着ている彩花がいるので特に問題なく4人で校内に入ることができた。

 彩花と渚は昇降口から入り、俺と咲は来客として事務を通して校舎の中に入る。事務で働く若い女性に可愛い妹さんですねと言われてしまった。咲と俺は全然似ていないのに、どうして妹だと思うのか。

「お待たせしました」

「じゃあ、さっそく職員室に行くか」

 月原高校の女子生徒が移っている15年前の写真。終盤とはいえまだ夏休み中なので、直接知っている教職員がいない可能性もありそうだけれど……卒業アルバムとかを見てせめても名前くらいは知りたいところだ。

 さすがに夏休みなだけあって、学校の中はとても静かだな。

「何だか、こんなに静かだと夜になると幽霊が出そうだよね」

「もう、怖いことを言わないでよ、吉岡さん」

「ははっ」

 渚、明るいうちだと心霊系の話も大丈夫なのかな。それとも、咲がよっぽど嫌いなのか。

 職員室の前に到着したのはいいけれど、どの先生に訊けばいいのか。15年前も職員だったことを考えると、若くても40歳くらいか。先生の年齢はあまり分からないから、見た目からして……知っている先生は4, 5人くらいいるかな。

「とりあえず、私のクラスの担任がいたら訊いてみます」

「彩花のクラスの担任はそんなにベテランなのか?」

「いえ、25歳ですけど……教職員のことなら、同じ立場の人がよく知っていると思いますから」

「確かにそれは言えてるな」

「じゃあ、うちのクラスの担任……浅井沙織あさいさおり先生がいるかどうか確かめてみましょう」

 浅井先生……ああ、家庭科の浅井先生か。去年、家庭科の授業で彼女から教わったな。黒髪のロングヘアで落ち着いた雰囲気の女性だ。

 そして、彩花はノックをして職員室の扉を開ける。

「すみません、浅井先生はいますか?」

「……あっ、彩花ちゃん!」

 そうだ、この可愛らしい声……浅井先生の声だ。

「いましたよ、先輩」

「よし、じゃあ……浅井先生に話をしてみよう」

 職員室の中に入ると、夏休み期間中ということもあって先生もまばらだった。遠くの方には俺と渚のクラス担任である湊麻衣みなとまい先生の姿もある。ちなみに、湊先生の担当科目は英語だ。

「彩花ちゃん、どうしたの? 吉岡さんはどうして私服なの?」

「ちょっと諸事情がありまして」

「そうなんだ。こちらの金髪の女性と小さな女の子は?」

「あたしは金崎高校2年の広瀬咲です。彼女達とは知り合いで、月原高校を見学しに」

「俺……じゃなくて、私……」

 ど、どうやって自己紹介しよう。先生だったら正体を明かしていいのかもしれないけど、下手に俺が藍沢直人だと言わない方がいいのかな。

「恥ずかしいのかな?」

「えっと……」

「沙織先生。驚かないでくださいね。実は……この子、小さくなった2年3組の藍沢直人先輩なんです!」

「えええっ!」

 驚いたのか浅井先生はとても大きな声を上げた。周りにいたほぼ全ての教職員がこちらを向いてきたので、浅井先生は慌てて謝っていた。

「本当に藍沢君なの? 言われてみればよく似ているけれど……」

「……小さくなった理由は不明ですが、俺は2年3組の藍沢直人です」

「へえ……あのとてもかっこいい藍沢君の小さい頃はこんなに可愛いんだね」

 と、可愛らしい笑みを浮かべながら俺の頭を優しく撫でる。浅井先生も俺のことを子供扱いするんだ。

「沙織先生、直人先輩のことを随分と覚えているんですね。確か、家庭科は1年生だけで学ぶ授業。2年生になって半年近く経つのに」

「彼、とってもかっこいいし、彼が1年生の時から女子生徒の人気がとても高いから。2年生になってからは、彩花ちゃんが一緒に住んでいるし、女バスのサポートをしているから落ち着いているけれど。それに、藍沢君……1年生の時はどこか寂しそうな雰囲気を常に纏っていたから、彼に温かい手料理を毎日食べさせたいなと思って」

「……なるほどです」

 つまり、浅井先生は俺のことが生徒としてではなく、男性として気になっていたときもあったと。それを彩花の前で言ってしまうのはとてもまずい気がする。


「ただ、沙織先生。私……この夏から直人先輩と付き合うことになりました!」

「そうなの! おめでとう! 一緒に住むって言ったとき、好きだって言っていたもんね」


 浅井先生は嬉しそうな表情をしてパチパチと拍手している。ていうか、彩花のことを好きだと知っていたら、俺に手料理を毎日食べさせたい時期があったなんて言わない方が良かったと思うけれど。

「それで、そんな幸せな彩花ちゃんが私に訊きたいことって? 多分、小さくなった藍沢君のことだろうと思うけれど」

「はい。昨日、起きたときに先輩の体が小さくなっていたことに気付いて。月原高校には課題の呪いがあることを渚先輩から聞いて」

「聞いたことあるね。9月の初め頃、夏休みの課題が終わらない生徒が怪我をしたり、重い病気にかかったりするって。まあ、月原高校のOGじゃないから詳しいことは知らないけれど」

 浅井先生は月原高校のOGじゃないのか。

「私と先輩は課題が終わっていたのですが、渚先輩は数学の残りの課題があったので終わらせました。広瀬先輩も課題があって一緒に。そうしたら、直人先輩の課題の中に月原高校の女子生徒が写っている15年前の写真があって」

「これです」

 俺はショルダーバッグの中から、例の写真を取り出して浅井先生に見せる。

「確かに、月原高校の制服を着ていて……写真の日付も15年前の春だね。友達のお姉さんも何人か月原高校に通っていたけれど、彼女のような人は知らないな」

「そうですか」

「でも、藍沢君と吉岡さんの担任の麻衣先生はここのOGなんだよ。確か、先生の歳だったら……15年前、ちょうど在学していたときだったと思うよ」

「えっ、そうなんですか? 麻衣さんが……」

 教職員のプロフィールなんてあまり興味が無かったから、湊先生の年齢もここのOGであることも知らなかった。


「あたしがどうかした? 沙織ちゃん」


 自分の名前が聞こえたのか、湊先生がこちらへとやってきた。焦げ茶色のセミロングヘアが特徴的で、見た目からして20代半ばだと思っていたけど、まさか30歳過ぎだとは思わなかった。

「渚ちゃん、どうして私服なの? ここの生徒でしょ?」

「ちょっと諸事情がありまして」

「そっか。それよりも気になるのは……この藍沢君によく似たワンピース姿の可愛い女の子だけれど」

 やっぱり、この姿だと女の子に思われるんだ。さすがに担任だけあって、俺と似ていることは分かるようだ。

「驚かないでくださいよ、麻衣先生。実はこの子……何らかの理由で体が小さくなった藍沢直人君なんです!」

「へえっ! この子が藍沢君……なんだ。藍沢君の妹さんかと思ったけれど、藍沢君本人だったのね。それじゃ、沙織ちゃんが大声で驚くのも分かる気がする」

「でしょう?」

 こんなところで驚かれると恥ずかしいけれど、馬鹿にされるよりはマシか。昔から知っている人も、初めての人もみんな可愛いって言うけれど、この姿がそんなに可愛いのかな。

「藍沢君、どう? 退院してから色々と調子は」

「……おかげさまで精神的には安定していますよ。体の方は……元気ですけど、ちっちゃくなっちゃいましたから何とも言えません」

「ちっちゃくても元気なのはいいことじゃない? 1学期は倒れて入院して……記憶喪失にもなったもんね」

「そ、そうですね……」

 そう考えると、2年生になってから身体的にも精神的にも色々なことがあったんだなと思う。これまでに比べれば、今は体が小さくなっただけなのでまだいい方なのかも。

「湊先生、大丈夫です。私が彼女として小さくなった先輩のことを支えていきますので!」

「へえ、藍沢君は宮原さんと付き合うことになったんだ! 藍沢君、寂しげな雰囲気を身に纏っていたからねぇ。それに加えて、2年生になってからは色々あったから。くれぐれも、宮原さんとは節度ある交際をしてね」

「はい!」

 彩花は嬉しそうな笑みを浮かべながら元気にそう答えるけれど……俺達、節度ある交際ができているかな。あと、やっぱり俺って……今まで寂しそうに見えていたのか。複数人から言われると申し訳ない気分に。

「それで、さっき……あたしの名前を沙織ちゃんが言ったような気がしたけれど、何かあったの?」

「ええ。私も噂で聞いたことはあるんですけど、藍沢君が小さくなったことの原因として、うちの高校にある課題の呪いに関係しているようで……」

「……そう」

 すると、湊先生の表情が急に曇った。どうやら、この様子だと……彼女は何か課題の呪いについて知っていそうだな。

「この写真が湊先生から受け取った特別課題のプリントに挟まっていたんです」

 例の写真を湊先生に渡すと、先生は目を見開いて、写真を持った手が小刻みに震え出す。

「どうして、この写真を……」

「……その反応だと、湊先生が入れたんじゃないですね」

「もちろんだよ。この写真は家のアルバムに大切に挟んであるから」

 ということは、例の写真は俺に見せるために用意された写真ではなくて、実際にある写真の複製……か。

 それよりも、俺達が知りたいのはこの写真に写っている女子生徒のことだ。

「湊先生。この写真に写っている女子生徒の名前は?」

 俺がそう訊くと、湊先生の眼からは涙がこぼれ落ちる。


「……日下陽子くさかようこさん。あたしの2年先輩で……15年前からずっと眠り続けているの」

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