第6話『なぎさき』

 俺と彩花がリビングに戻ると、さっき注意されたこともあってか、渚と咲は一生懸命課題に取り組んでいるように見える。そう思ったのは、プリントの方に視線は向いているけれど書く手が全然動いていなかったからだ。

「俺と彩花の課題は全部終わってた。渚も咲も、分からなかったら遠慮なく訊いてくれよ」

「じゃあ、さっそく質問です!」

「あたしも!」

 やっぱり、問題が分からなくて手が動いていなかったんだな。

「俺は渚の方を見るから、彩花は咲の方を見てやってくれ。彩花、自分でも解けなかったら、俺に言ってくれ」

「分かりました。では、広瀬先輩……どこの問題ですか?」

「ここなんだけど……」

 彩花の期末テストは全教科かなりの高得点だったし、特に文系の教科と英語は満点に近かった。咲に教えるくらいのことはできると思う。

 俺もしっかりと渚のことをサポートするか。

「よし、渚。どの問題が分からない?」

「ここなんだけど……」

「どれどれ……」

 って、まだ3問目じゃないか。この問題……公式に当てはめれば簡単にできるんだけど。

「……渚、ちなみに期末テストはどうだったの?」

「赤点より上、平均点以下です! 公式を必死に覚えて何とか乗り切りました!」

「……なるほど」

 胸を張って言われてもなぁ。

 おそらく、テストに向けて必死に公式を覚えたから、夏休み終盤のこの時期にはすっかりと忘れちゃったってことか。苦手なら仕方ないけれど、数学は英語と同じくらいに積み重ねの教科だからなぁ。

「2学期の授業でついていけるように、この課題でしっかりと1学期にやった内容を復習していこう」

「それだと課題終わるかなぁ?」

「大丈夫だ。今日を入れて夏休みはあと4日間ある。もし、課題の呪いさんが俺の体を縮めさせたなら、それはもしかしたらお前にしっかりと数学を教えろっていう意味かもしれないし」

「そ、そうかなぁ」

 俺も実際のところは全く分からないけれど、こうでも言えば渚がしっかりと課題に向き合ってくれると思う。

「……直人のためだもんね。私、頑張るよ! 今の直人は可愛いけれど、やっぱり元の直人の方がいいから」

「よし、じゃあ……頑張ってやっていこう」

 ちなみに、1問目と2問目は……大丈夫だな。ちゃんとできている。公式当てはめれば簡単にできる計算問題だ。

「ええと、この問題を解く公式は……」

 そして、俺は渚をサポートする形で彼女の数学の課題を進めていく。さすがに赤点を免れただけあって、公式やその使い方の覚えは早い。実際に問題を解いていく中で内容を理解していけば大丈夫そうだな。

 時々、咲の方の様子を見ているけれど、そちらは彩花がしっかりと面倒を見ていた。英語とはいえ、2年生が1年生に勉強を教えてもらうなんて。ただ、俺とは違って彩花は時々席を外してキッチンの方に行っていた。プリンを作っているからかな。

「咲の方はどうだ?」

「宮原さんのおかげでスムーズに進んでいるわ。英訳問題とか、穴埋め問題はまだできるんだけど、長文読解が苦手で。長文を中心に宮原さんにお手伝いしてもらっているの。あと、課題はないけれどリスニングも苦手で……」

「あぁ……なるほどね」

 ライティングは得意だけれど、リーディングが苦手なのか、咲は。長い文章を読むのが得意じゃないのかな。長文ってテストでも点数を多く割り振っている場合もあるし、受験のことを考えたら今のうちに苦手を克服した方がいいか。

「宮原さんって教え方上手だよね」

「そうなんだ。俺、彩花に勉強を教えてもらったこと全然ないからなぁ」

 あいつの好きな漫画とか小説を教えてもらうことはあるけれど。たまに俺が彩花に勉強を教えることはある。

「あたしの方は順調に進んでいるけれど、吉岡さんの方は?」

「私も直人のおかげで順調だよ。何だか、こんなに小さな女の子……じゃない、男の子が高校の数学を教えてくれるのが不思議な感じだけれどね」

「あたしも何度か2人を見たけど、凄く面白い光景だったわ」

 俺にとっては紙に公式や計算の途中式を書くのは普通のことだ。でも、そんな俺の体が小さくなっており、ワンピースを着させられていた姿だった……となれば渚が不思議な感覚になるのは仕方ないか。まあ、渚は一度、俺を女の子って言ったけどな。

「それにしても、直人が側にいるところで宿題する日が来るなんて。まあ、肝心の直人は体が小さくなって、女装しているけれど」

「体が小さくなったのは仕方ないとして、ワンピースを着ることになったのはお前のせいでもあるんだからな、咲」

「まあね。でも、似合ってるよ。とっても可愛い」

 笑顔で褒めてくれても全然嬉しくないんだけれど。本当に体が小さくて良かったよ。

「ワンピース、持ってきて正解だったよ」

「いいものを見させてもらったわ。ありがとう、吉岡さん。これ、本当に夢じゃないんだよね?」

 俺は今でもこれが夢であってほしいと思っているよ。

「ちょっと強めに頬を叩いてやろうか? 俺も夢じゃないかと思って自分で叩いてみたんだけど、凄く痛かったんだ」

「じゃあ、今は現実なのね。良かった、夢じゃなくて」

「……夢じゃなかったんだよなぁ」

 本当に起こってしまったことなんだよ、咲。周りの人間にとっては可愛い姿を見ることができていいと思っているようだけど。

「まったく、渚と咲は。体が小さくなったのがもし自分だったら嫌だなぁ、とかって考えないのか?」

 俺がそう問いかけると、渚と咲は真剣な表情をして考え込んでしまう。

「……考えてみたら、戸惑っちゃうかもしれない」

「でも、あたしが小さくなっても、きっと直人や吉岡さん、宮原さんに相談しに行っていたかも。旅行中の杏子にもメッセを送ってるかな」

「私も同じだと思う。頼りになりそうな人で真っ先に思いつくのは直人だもん」

「……そっか」

 もし……彩花か、渚か、咲のいずれかの体が小さくなってもこうして4人で一緒にいたのかもしれないな。ただ、俺は3人の誰かが小さくなっても、自分の趣味嗜好で服を着させたりはしないけど。

「プリンを作りました。夜に食べることができますよ」

「おっ、楽しみだ」

 桃色のエプロン姿の彩花も可愛いな。あのエプロンを身につけられてしまわないように気を付けなきゃ。今の3人ならやりかねない。

「ふふっ、直人先輩ったら本当に子供みたいです」

 そんなに嬉しそうな顔をしているのかな、俺。彩花の手作りプリンを夜に食べることができるのは楽しみだけれど。

「もう正午も過ぎているので、これからお昼ご飯を作りますね。お二人はきりのいいところで一旦終わらせてくださいね」

 そう言うと、彩花は再びキッチンへと戻っていった。

「ねえ、吉岡さん。ちょっと直人を借りてもいい? 分からないところがあって」

「うん、いいよ」

「……ふぅ。どれが分からない?」

 この後、咲が分からないと言った問題を終わらせて、咲の方は一旦終了。その間に渚は自力で問題を解いていて、その答えは合っていたので渚の方も一旦終わらせた。

 そして、彩花の作ってくれた昼食を4人で食べるけれど……渚と咲が何度も俺に料理を食べさせてくれた。体が小さくなったこともあり、それだけでお腹がいっぱいになってしまったのであった。

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