第7話『元カノ、今カノ。』
問題を解き、分からないところは俺か彩花に質問し、時々休憩をする。
その繰り返しで渚と咲の課題を進めていった。もちろん、今後のことを考えて問題の内容を理解していきながら。
陽の光が茜色になり始めた午後5時過ぎに咲の課題が終わり、そして、日が暮れた午後6時半頃、渚の課題も終了した。
「渚先輩! 広瀬先輩! 課題お疲れ様でした!」
「うん! 直人と彩花ちゃん、サポートしてくれてありがとう!」
「2人ともありがとう。助かったわ。何かお礼させてね。これでちゃんと2学期をスタートできるわ。夏休みはもう残り3日だから、ゆっくりしようかな」
「私もそうしようかな。広瀬さんと一緒にでもいいから、2人に何かお礼をさせてもらおうかな」
2人からのお礼が何なのかは楽しみだけれど、まずは俺の体が縮んだ原因が課題の呪いの影響だったかどうかを知りたい。もしそうだとしたら、そろそろ元の体に戻ってもいい気がするんだけどな。
「そうだ、元の体に戻ったときに破れちゃいけないから、さっきの半ズボンとTシャツを着ようかな」
「じゃあ、その前に課題を頑張ったご褒美に私に抱きしめさせて!」
「あ、あたしも!」
あれ? さっき……俺と彩花が課題を手伝ったことにお礼をしたいって言っていたのに。でも、2人が課題に真剣に取り組んでいたことも事実だ。俺はいいけれど……彼女である彩花が許してくれるかな。
彩花の方に視線を向けると、彼女はにこっと笑って、
「直人先輩の体が小さくなっていますし、渚先輩も広瀬先輩も課題を頑張りましたから……許可します。でも、抱きしめるだけですからね! キスは厳禁です!」
俺の体が小さくなったことで、彩花も普段より寛容になっているな。おそらく、普段の姿だったら、抱きしめることも許さないか、許したとしても不機嫌そうな顔をしていそうだ。
「じゃあ、まずは私からでいい?」
「どうぞ、吉岡さん」
渚は俺のことをぎゅっと抱きしめる。その瞬間に、渚の懐かしい温かさと甘い匂いを感じる。体が小さくなってもそういった感覚は変わらないんだな。
「ありがとう、直人。課題を見てくれて」
「ちゃんと終わって良かったな」
「うん。あと……ワンピースを着てくれてありがとね。可愛かったよ」
ワンピースの方は、根負けして仕方なく着ただけなんだけど。まあ……気持ち悪がられるよりはよっぽどいいか。
渚が俺のことを話すと、すぐさまに咲が俺のことをぎゅっと抱きしめた。今か今かと待ち望んでいたんだな。咲の温もりや甘い匂いも懐かしい。
「吉岡さんほどじゃないけど、あたしの課題の面倒も見てくれてありがとね」
「いえいえ」
課題のお礼として抱きしめるなら、彩花の方が面倒を見たんだから、後で彼女にも抱きしめてやってほしいな。
「直人の温もりや匂い……体が小さくなっても変わらないんだね。一時的でも直人と付き合っていた頃を思い出すな……」
「……そうか」
咲と付き合っていた時期は俺が記憶喪失になっていた時期と重なる。それまでは気の強いイメージしかなかったけれど、あの時期があったことで咲の本当の姿を知ることができたような気がする。
「……そうでしたね。直人先輩にとって、広瀬先輩は元カノなんですよね」
「そ、そうなっちゃうね」
彩花の方を見てみると、彼女は口元では笑っているけど、物凄く目を鋭くさせながら俺達のことを見ているぞ。
「そっかぁ。よく考えたら、あたし……直人の元カノなんだ。ということは、直人はあたしの元カレ……きゃっ」
そんな黄色い声を出すと、咲は俺のことをさらに強く抱きしめる。
「はい! しゅーりょー!」
彩花のそんな声が聞こえたと思ったら、俺は咲から引き離されて、彩花にぎゅっと抱きしめられる。
「これ以上はダメだと判断しました。それに、これで小さな直人先輩ともお別れかもしれないので、私もぎゅっと抱きしめたいんです」
「ははっ、そっか。彼女としてぎゅっと抱きしめてね。彩花ちゃん」
「写真も撮ったし、あたしの夏の思い出の一つになったわ」
俺のことを小さくさせた奴はきっと、周りの人間にいい思い出を提供することになったとは想像しなかっただろうな。
「まったく……直人先輩は。かわいいって正義なのは事実でしょうけど、時には罪になってしまうのかもしれません。夏の終わりにそれを学びました」
「……そっか」
彩花は俺のことをくんくん嗅いだり、頬を摺り合わせたりしてきて……これぞ今カノなんだと2人に見せつけているのだろうか。
「はあっ、小さな直人先輩を堪能しました」
「……じゃあ、急いで着替えてきていいかな。いつ元の体に戻るか分からないから」
「分かりました」
俺は自分の部屋に戻り、ワンピースを脱いでブカブカのTシャツと半ズボンへと着替える。やっと落ち着いたな。
リビングに戻ると3人はちょっとがっかりしたご様子。そこまで俺のワンピース姿が良かったの……かな?
「3人の気持ちも分からなくないけど、元の姿が一番いいと思うんだ。今日のことは今年の夏の思い出にしてくれると嬉しい」
俺にとっても……忘れられない思い出になったな。こんな目にはもう二度と遭いたくない。
「さあ、そろそろ元に戻るかな? 戻れ!」
俺がそう言っても元に戻る気配が全く感じられない。よく漫画やアニメだと、急に体が熱くなる描写があるけど、実際には違うのかな。
そうだ、目が覚めたら体が小さくなったんだから、ここは目を瞑っていれば自然と元の体に――。
「あの、戻ってませんよ。直人先輩」
「見事に小さいままだよ」
「でも、より小さくなるってことはないわね、直人」
彩花、渚、咲は俺の体が小さくなったままである事実を口にする。
実際に自分の目で確かめてみると、腕や足が細いままで……洗面所に行って鏡を見ると小さい姿のままだった。
「どうして戻らないのでしょう?」
「う~ん……渚と咲の課題は今日手伝ったやつで全部終わったんだよな?」
「うん。数学以外にもあったら直人に手伝ってもらおうか思って、昨日の夜に確認したけれど、やってなかったのは今日手伝ってもらったプリントだけだよ」
「あたしも同じ。英語で最後」
渚と咲、やっていないやつを全部手伝ってもらおうっていう魂胆だったのか。ただ、2人とも課題がこれで全部終わったということは、
「俺か彩花の課題が終わっていないのかなぁ。もしかしたら、俺の体を小さくしたことに課題の呪いが無関係だった可能性もあるけど」
もしそうだとしたら、全然アテがなくなってしまうけど。
「もう一度、課題が終わっているかどうか確認しましょう。1人だと美緒としてしまう可能性があるので、直人先輩は渚先輩と、私は広瀬先輩と一緒に確認しましょう」
「それがいいな。じゃあ、渚、お願いするよ」
「うん、分かった」
「広瀬先輩、お願いします」
「うん」
俺は渚と一緒に俺の部屋へと向かう。
「そういえば、直人の部屋に来たことはあんまりないから緊張しちゃうな」
「そっか」
「でも、直人が小さくなってて良かった。きっと、元の姿だったら……呼吸することで精一杯だった気がするから」
「大げさだなぁ」
逆に俺が渚の部屋に行ったときは、そういった緊張はあまりしなかったけどな。俺の場合は美月っていう妹がいるし、実家にいた頃は美月と一緒に寝たことは数え切れないくらいにあったからそのせいなのかも。
「さっ、課題が終わっているか調べてみよう」
「うん。何だか多くない?」
「こっちのケースに入っているのは、期末試験を受けなかったから出た特別課題なんだ」
「なるほどね」
「まずは渚もやった夏休みの課題から」
渚と一緒に夏休みの課題を確認していくけれど、きちんと全ての課題が終わっていた。俺の課題を見ながら、渚も課題を終わらせていることを確認した。
「夏休みの課題はOKだね。それにしても、直人って字が綺麗だよね。前から思っていたことなんだけど」
「両親に読みやすい字を書くようにしつけられていたから。問題を間違えることがあるのは仕方ないけれど、答えが読めないことはどうしようもないからって」
「なるほどね。次は特別課題かぁ。どんな感じなんだろう?」
「夏休みの課題とそんなに変わらなかったよ」
だから、量は多かったけど、そこまでしんどくはなかったな。
プラケースから課題プリントを取り出そうとするけれど、手が滑って床の上に散らばってしまった。
「やっちゃった……」
しょうがない、こうなったら集めるついでにプリントを見ることにするか。
「あれ? 写真みたいなのがあるよ」
「えっ?」
確か、日本史の課題プリントに写真や絵が印刷されていたけど、それとは違うのかな。渚の指さすところを見ると……あれ、見たことのない写真だ。
写真を手に取ってみると、それには月原高校の制服を着た知らない女子生徒が写っていたのであった。
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