第47話『あさひかり』

 朝食は遥香さんと2人きりで食べた。昨晩のことがあったので、遥香さんは絢さんと顔を合わせにくいとのことだ。坂井さんにだけこのことを伝えて、朝食を食べる時間をずらしてもらった。朝食もバイキングなので、どのタイミングで会ってしまうか分からないし。

 そのおかげで、部屋に戻ってくるまで絢さん達とは一度も顔を合わさなかった。


「ごめんなさい、私の我が儘で……」

「いえ、気にしないでください。例え、恋人であっても……一緒に居辛いときもあるでしょう。そんな方と一緒に食事をしていたら、美味しいものも美味しくなくなってしまいます」

「……ありがとうございます」


 そう言うと、遥香さんは俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。これまでずっと不安だったんだろうな。


「ただ、いずれは絢さんと必ず向き合いましょうね。その時は俺もついていますので」

「……はい」


 遥香さんにそう言うけど、俺もきちんと彩花と向き合わないと。

 ただ、絢さん達から全然連絡がないことを考えると、向こうももしかしたら俺達と顔を合わせるのは気まずいと思っているのかも。

 ――プルルッ。

 俺のスマートフォンが鳴っている。

 発信者を確認すると『相良さん』となっていた。もしかして、何かいい策が思いついたのかな?


「もしもし、藍沢です」

『おはようございます、相良です』

「おはようございます。何かありましたでしょうか」

『……藍沢様達とこの現状を変えようと決めまして。そのために、昨晩、ある方に……このホテルにお越しいただくことになりました』

「そうですか。ちなみに、その方は?」

『……晴実ちゃんです』

「晴実ちゃん、というのは確か自殺した水代さんの妹さんですよね」


 確かに、この現状を打破できそうな人物ではある。相良さんも彼女のことを心配していたし。

 でも、お姉さんをいじめた人物がいるホテルに晴実さんを来させてしまうのは、ちょっと危険なのではないだろうか。ほぼ確実に、晴実さんがお姉さんの自殺に触れることになるだろうし。精神的に耐えることができるかどうかが心配だ。


『ええ。今日の午後に到着する予定です。晴実ちゃんが来ることについて、後ほどお話ししたいのですが』

「分かりました。俺達も相良さんに話したいことがありまして。昨晩のことなのですが……水代さんの霊が彩花と遥香さんの体に入り込んだんです」

『えっ、そうなのですか? 円加の霊が……』

「ええ。俺達に色々と想いを話してくれました。ただ、夜も遅かったのでお知らせしていませんでした。申し訳ないです」

『お気になさらないでください。では、そのことを含めて、後ほどお話をしましょう。こちらの都合で申し訳ないのですが、午前9時半にロビーでもよろしいでしょうか』

「分かりました」


 今は午前8時過ぎだから……あと、1時間半くらいあるか。


『あと、お手数をかけてしまいますが、このことを坂井様達にもお伝えしていただいても宜しいでしょうか。私、藍沢様の携帯番号しか存じておりませんので。部屋番号は分かっていますので、私の方から内線で掛けるのも手ですが……』

「そのくらいでしたら、俺の方から伝えます。午前9時半にロビーでお話をしましょう、ということですよね」

『その通りでございます』

「じゃあ、俺の方から坂井さん達に伝えます」

『ありがとうございます。宜しくお願いいたします』

「はい。では、失礼します」

『失礼いたします』


 相良さんの方から通話を切った。

 水代さんの妹である晴実さんをこのホテルに来させるのか。これは、今日……大きな動きがありそうだ。もしかしたら、今日中に何かしらの決着を付けるかもしれない。


「どなたからだったんですか? 水代さんの妹、と聞こえましたから電話を掛けてきたのは相良さんですか?」

「そうです。彼女、水代さんの妹さんをこのホテルに呼んだそうです。9時半になったらロビーで相良さんと色々話す約束をしました」

「そうですか。でも、妹さんを呼ぶなんて。何か考えがあるからだと思いますが。ただ、お姉さんのいじめの中心となった氷高さんがいますから……水代さんではなく、妹さんが氷高さんに何かしてしまうかもしれません」

「……その可能性も否定できませんね」


 ただ、先ほどの相良さんの話し方からして、晴実さんがここに来るのはもう決まったことだろう。今日の午後に到着する予定だと言っていたし。彼女の自宅の場所によっては、既に出発しているかもしれない。


「俺達で晴実さんを支えるしかないでしょうね」

「そうですね。それに、私達がいるからこそ相良さんは妹さんのことを呼んだのかもしれませんし。サポートしていきましょう」

「ええ。ちょっとこのことを坂井さん達にも伝えたいので、坂井さんに電話しますね」

「分かりました」


 俺は坂井さんのスマートフォンに電話を掛ける。さっき、部屋に戻ってきたときに彼へメールを送ったから、今頃、4人は朝食を食べていると思うけれど……電話に出てくれるかな。


『はい、坂井です』


 後でもう一度かけるか、と思ったところで坂井さんが電話に出てくれた。


「藍沢です。お食事中ですか?」

『ええ、そうですが……話していただいてかまいませんよ。何かありましたか?』

「ついさっき、相良さんから電話がありまして。彼女、昨日の夜……水代さんの妹さんにこのホテルへ来るように頼んだそうです。今日の午後に到着するそうですが」

『そうですか。水代さんのことをいじめた氷高さんがいるのに、随分と思い切ったことをしますね。ただ、彼女がいてこそ決着が付くことができると考えているんでしょうね』


 やっぱり、坂井さんもそう思うか。


「ええ。それで、俺達と話がしたいそうで、午前9時半にロビーに来て欲しいとのことです。その時にでも、水代さんの霊が2人の体に入り込んだことを相良さんに話そうと思っています」

『そうですね。水代さんも色々なことを言っていましたからね。分かりました。今、3人はデザートを取りに行っているんで、戻ってきたら3人に話しておきます。午前9時半にロビーですね』

「はい、そうです。宜しくお願いします」

『はい。ちなみに、遥香の様子はどうですか? やっぱり、今もあまり元気がないですか?』

「部屋に戻ってきたら、2人きりということもあって元気ですよ。彩花や絢さんの方はどうですか?」

『今朝になって彩花さんの方は元気になりましたよ。ただ、絢さんはやっぱり昨日の電話のことがあってか、時々、元気のない表情を見せますね。そこは彩花さんや奈央がサポートしてくれています』


 絢さんの元気がないというのは想像がついたけど、彩花が元気になったのはちょっと意外だ。一晩寝て気持ちがスッキリしたのかな。あとは、俺が伝えて欲しいと言ったお互い様という言葉が彩花にとっては良かったのかな。


「分かりました」

『はい。では、また後で』


 そう言って、坂井さんの方から通話を切った。彩花、絢さん、奈央さんには坂井さんから伝えてもらうことにしよう。


「どうでしたか?」

「4人は朝食を食べているところでした。ですが、坂井さんに話しておいたので大丈夫です」

「そうですか」


 遥香さん、笑顔を見せているけれども……さっきよりも元気がないな。午前9時半には絢さんと顔を合わせなければいけないからか。


「相良さんと話をするまであと1時間はあります。それまでは紅茶やコーヒーを飲んでのんびりしましょう」

「……そうですね」

「遥香さんは何を飲みますか?」

「……温かいストレートティーでお願いします。砂糖を入れてください」

「分かりました」


 俺は……温かいコーヒーでいいかな。さっきの朝食で紅茶を飲んだし。

 遥香さんのストレートティーと俺のコーヒーを淹れ、ベッドの横にあるテーブルまで持っていく。


「はい、砂糖入りのストレートティーです」

「ありがとうございます」


 遥香さんの目の前に置くと、すぐに彼女は一口飲んでくれた。


「……美味しいです」


 静かに笑みを浮かべながら、遥香さんはそう言った。その笑顔を絢さんにも見せることができれば、きっと仲直りできると思いますよ。

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